21:58〜見覚えのない写真〜

九重ツクモ

21:58〜見覚えのない写真〜

 

 SNSに写真をアップしようと、スマホのフォルダを開いた。


 さっきまで高校の友だちと原宿に行って帰ってきた所だ。リナとカナデとは中学から一緒で、ずっと仲が良い。

 高校3年生。受験期だというのに放課後遊んでいられるのは、既に3人とも推薦や総合型選抜で大学が決まっているからだ。

 受験勉強で忙しい同級生たちを尻目に、ここぞとばかりに遊んでばかりいる。



 どの写真をアップしようか選びながら、どんどん画面をスワイプしていく。


 このクレープめっちゃ美味しかったよね〜。

 おそろで買ったピアス、可愛すぎ!

 あっやば私、変な顔してる!!


 楽しかった記憶を呼び戻しながら、自室の床にうつ伏せになって鼻歌を歌う。

 胸の下にはお気に入りの花柄のクッション。ショートパンツから出した足の先には、最近買ったピンクのネイル。

 毎日が楽しくして仕方がない。

 私の人生は、順風満帆だ。



 私はこれまで、挫折というものを味わったことがない。

 それなりにお金のある家に生まれて、お父さんとお母さんはとても仲が良いし、一人娘の私を本当に可愛がってくれる。中高と私立に行って、大学だってそこそこ良いとこに決まった。テニス部でそれなりにいい成績を残したし、まあまあ顔が整ってるから彼氏だって途切れたことがない。


 正直、人生に四苦八苦してる人を見ると不思議で仕方がない。

 何がそんなに難しいんだろ?

 何にそんなに躓いてるのかな?

 って。

 別に馬鹿にしたり見下したりなんてしてないよ? 単純に不思議なだけ。何でだろう? って。

 私にとって人生は、イージーモードなのに。



 その原因の一つは、私の強運にあるかもしれない。

 何故かいつも、全て私に都合の良いようにことが運ぶのだ。


 売店で人気な揚げあんぱんはいつ行っても最後の一つで手に入ったり、急いでる時は一度も信号に引っ掛からなかったり、誰かを好きになるとその人に彼女が居てもすぐ別れてチャンスが来たり。

 居眠り運転したトラックが、ギリギリ私を避けて横転したこともある。

 なんだか幸運の女神に愛されすぎてる感じ。

 まあでも運も実力のうちって言うし。結局自分自身の力ってことだよね。



「ん?」


 ついつい過去の写真まで見始めてしまい、鼻歌まじりにスワイプを続けていると、身に覚えのない写真が目に入った。

 何も写っていないけれど、全体的に何だか赤っぽい。

 ちょうど写真にビネット加工をした様に、中心が明るくて円状に暗くなり、角の方は真っ黒だ。


 写真の撮影時刻を見ると、3日前。

 1月26日の21時58分。

 いつもなら、ちょうどお風呂に入るくらいの時間だ。


 まあ、なんか間違って撮ったんでしょ。

 カメラに指を付けた状態で撮っちゃったとか。

 そんな感じじゃない?


 特に深くは考えず、すぐにその写真を削除して、私は何枚か写真をSNSにアップした。

 すぐにいいねとコメントが付く。

『めっちゃかわい〜!』『美少女!』

 今回の加工はかなり上手く出来たから、私超絶可愛いもんね。当然かな。

 そんなことを考えていたら、すぐにその写真ことは忘れてしまった。




 ◇



「え、なんで?」


 次の日。

 昼休みに彼氏のサトルと教室でご飯を食べていた時だ。


 サトルは一般入試を受けるから、放課後は勉強で忙しい。

 その分、昼休みは必ず一緒にご飯を食べることにしている。

 卒業まで残り2ヶ月。

 出来ることなら同じ大学に行きたかったけど、なかなかそう上手くもいかない。

 やりたいことも違うし、推薦で決められるならその方がずっといいもん。

 もうすぐサトルの入試で学校でも会えなくなるから、せめてそれまでは毎日一緒に居たい。

 今日も売店で買ったパンを食べながら、昨日の写真を見せて話していた。


 すると、削除したはずのあの写真が目に入ったのだ。



「どした?」

「あ、なんか昨日消したはずの写真が元に戻っちゃてて」

「消し忘れたんじゃね?」

「え〜そうなんことないと思うけどな〜」


 そう言いながら、私は再度写真を消そうとした。


「あれ」


 ふと、写真に違和感を覚える。

 昨日の写真と何かが違うような。

 なんだろう、右側の影が、何だか歪?

 まるで何かが右端に写り込んでいるような。

 よく見れば、撮影日も1月26日じゃない。

 昨日1月29日の21時58分。

 どおりで写真の並びが違う訳だ。


「え、なに怖っ! 昨日消したのと違うやつなんだけど! また同じ時間に撮れてんだけど!」

「は〜? 偶然じゃね?」

「そっかなぁ……」


 薄気味悪さを感じながらも、私はまた写真を削除した。

 気にはなるけれど、サトルとの時間は大切だ。

 意識的に写真のことは、頭から追い出した。



 ◇



 午後の授業を受けて、放課後はスタヴァでバイトだった。

 初めてのバイトで始めたスタヴァは、もう2年続けている。

 なんか空気が合ってるっていうか。

 バイト仲間もいい人たちだし、居心地がいい。

 本当は嫌な先輩が居たけど、急な引っ越しだとかで私が入ってすぐ辞めていった。本当ラッキー。

 それ以来、ここは平和だ。


 でも今日は、すごく忙しくてクタクタ。

 ゆっくりお風呂に入って、もう寝ようとしていた時だ。



 カシャッ



 何かの音がした。

 まるでカメラのシャッター音みたいな。

 キョロキョロと部屋を見回してみても、特に不審なものはない。

 窓もきっちりカーテンが閉まってるし。

 気のせいかな、と思って、ベッドに置いてあったスマホを開いた。


「えっ何!?」


 ロック画面を外したら、またあの写真が出てきた。

 赤っぽい画面に、円状に周囲が暗い。

 けど、今回は明らかに何か写ってる。

 右側からぽこりと突き出て見えるのは……もしかして、手?


「いや!!」


 思わず手放してしまい、スマホはベッドにぽふんと落ちた。

 小さな手が、まるで握り拳を作っているかのように見えるシルエット。

 スマホが誤作動を起こしたにしたって、こんな風には写らないだろう。

 だって、カメラ側を下にして置いてあったのだ。

 仮に誤作動だったとしたら、真っ暗な写真になっていたはず。

 撮影時刻は、また21時58分。


 私はどうしようもなく怖くなって、慌ててお母さんの部屋に駆け込んだ。


「お母さんっ!」

「なに、どうしたの?」


 お母さんはまだ起きていた。

 ベッドで本を読んでいたみたい。


 お父さんは単身赴任で長野に居て、週末しか帰ってこない。

 だから平日はお母さんと二人。

 もうすぐ18なんだし口にすることはないけれど、本当は少しだけ寂しい。


 でも今日ばかりは、お母さんと二人で良かったと思う。

 お父さんに怖がってる姿を見せると、からかわれるからね。


「……今日、一緒に寝てもいい?」

「ええっ!? あんたどういう風の吹回しなのよ!」

「ちょっと……心霊動画見て怖くなって」


 つい嘘をついた。

 なんで本当のことを言えなかったのか、自分でもよく分からない。

 こんなに怖がってるなんて恥ずかしいと思ったからなのか。

 なんとなく、本当になんとなく、お母さんには言いたくなかった。


「もうばかねえ。怖いなら見なきゃいいのに。別にいいわよ。いらっしゃい」


 そう言ってお母さんは布団をめくった。

 元々お父さんと一緒に寝ていたクイーンサイズのベッドだから、二人で寝ても余裕なのだ。


「うん。ごめんね、ありがとう」

「いいえ。どうぞどうぞ」


 私は電気を消して、いそいそとお母さんの隣に横になる。

 今になって何だか恥ずかしくなってきた。

 この年齢でお母さんと一緒に寝るなんて。

 どこか、体がむずむずするような感覚を覚える。


「あんたとこんな風に寝るのなんて、もう何年ぶりかしらね」

「さあ……小学生以来じゃない?」

「そうかもね。本当に、大きくなったわねえ」


 そう言ってお母さんは私の頭を撫でた。

 完全に子供扱い。

 普段なら「やめてよ!」って言う所だけど、今回は本当に子供みたいなことをしてしまっているのだから仕方ない。

 気恥ずかしいけれど、そのままにされていた。


「あともうちょっとね、誕生日」


 ちらりとスマホの画面を見て、お母さんが言った。

 そう、明日は私の誕生日なのだ。


「もくすぐで18だねー」

「だねえ。本当に、ここまで大きくなってくれるなんて……。

 あんたが生まれた時は難産でさ。前駆陣痛って言って、生まれる5日前からお腹が痛かったのよ。でも一回おさまっちゃって。

 本番が始まったと思ったら2日もかかったんだから! 本当、うんうん唸って結局生まれたのが31日の22時前だもの。いやぁ〜大変だったわー」

「へー。初めて聞いた」

「そうね。……あんたが生まれた時のことは、あんまり話してなかったから」


 そこで一度、お母さんは黙り込んだ。

 まるで何かを言い淀んでいるかのような。


「……今まで言ってなかったんだけど、実は、あんたには妹が居たのよ」

「えっ!?」

「双子だったの。本当はね。妹の方は、生まれる時亡くなってしまったけれど」


 私はあまりの衝撃に言葉を失った。

 妹……? 私が、双子だった……?


「とても悲しかったけれどね。あの子の分まで、あんたを愛してやらなきゃって、お母さんもお父さんも思ったのよ。

 あんたが変に気を病むんじゃないかって今まで言ってなかったけど、もう18になるんだものね」


 お母さんはそう言って、再度私の頭を撫でた。


「ありがとう。生きていてくれて。あんたはお母さんとお父さんの宝よ」


 とても愛おしそうに目を細めて、お母さんはにこりと笑った。


 私は何だかどうしようもない気持ちになった。

 視界がにじむ。

 やっぱり、私はお母さんとお父さんにすごく愛されてるんだ。


 何だかくすぐったいような気分になり、私はお母さんの肩に額を寄せた。

 胸にどんどんと温かいものが広がる。

 満たされた気持ち。愛されているという実感。

 お母さんの胸の中で、ひっそりと涙をこぼした。




 こぽり。



 一瞬、小さな水音が耳を掠めた。気がした。

 一体どこから?


 ふと、さっきの写真が思い浮かぶ。


 あの画像。

 何かに似ていないだろうか。

 あそこに写っていた、あの、手。

 あの小さな手は……。


「ッお母さん!!」


 たまらず、顔を上げてお母さんの顔を覗き込む。

 すると、既にお母さんは寝息を立てて眠っていた。


「お母さん……」


 私はしばらくお母さんの顔を眺めてから、ぎゅっと抱きついた。

 お母さんが少し苦しそうな声を漏らす。

 耳を胸に付けて、お母さんの心臓の音を聞く。

 トクトク。トクトク。

 その音を聞いていたら、少し心が落ち着いた。


 大丈夫。

 ただの偶然。空目だよ。

 あの写真に意味なんかない。

 何度も何度も自分に言い聞かせる。


 そしていつしか、眠りについた。



 ◇




 翌日、学校に行ったら、みんなが次々に誕生日のお祝いをしてくれた。


 サトルは受験勉強で大変だっていうのに、香水のプレゼントまでくれたのだ。

 バッチリ私の好みの匂い。

 そういう言葉にできないような好みを分かってくれるのって、本当に嬉しい。

 愛されてるなって思う。

 リナとカナデは私の好きなブランドの限定版ネイルとシャドーをくれた。

 私が何をもらって喜ぶのか、本当によく分かってる。

 校則が厳しいから、本当は見つかったら没収されるけれど、私は一度もそんな目に遭ったことはない。

 やっぱり私はツイてる。


 他にもいろんな人に「誕生日おめでとう」を言ってもらって、ホントに私は幸せ者だ。



 昨日の写真は夜のうちに消して、それ以来朝は何もない。

 それでも、忘れるのは難しい。

 心当たりのようなものもある。

 けれど、だから何だって言うんだ。

 私は幸せだし、すごく恵まれていて、なんの憂もない。

 仮にあれが心霊現象みたいなものだったとしても、きっと私を脅かすものではないはずだ。

 だってそうじゃなきゃ、これだけの幸運を手にすることはなかっただろうから。

 もしかしたら妹は、私を祝福してくれているのかもしれない。

 私はそう結論付けたのだった。



 ◇



 放課後。

 リナとカナデにカラオケに連れて行かれ、サプライズでケーキを出してもらった。

 みんなでワイワイしながら歌って食べて、終始笑っていたと思う。

 良き友だちを持ったな。

 柄にもなくそんな風に思った。



 散々歌って、リナとカナデと別れた頃には、既に21時を超えていた。

 やばッ! 帰ったらお母さんが誕生日祝ってくれるって言ってたのに!


 そう思って慌てて帰り道を走った。

 駅前から線路沿いに少し行って、右に逸れる。

 すると一気に人通りがまばらな住宅街だ。

 家に明かりがついてるし真っ暗ということはないけど、それでもどことなく心細い。

 嘘。あの写真のことがあるから、正直かなり怖い。

 早く早くと気が急きながら走っていく。



 カシャ



 ポケットの中から、シャッター音がする。

 まさか、また……?

 思わず立ち止まり、恐る恐るポケットの中からスマホを取り出した。


「ヒッ!!!」


 声にならない悲鳴が漏れてしまった。


 相変わらず赤っぽい画面に、円状に暗いのは一緒。

 けれど今度は、はっきりと手のひらが写っていた。

 それに右から半分にかけて、何か丸いものが画面を占めている。

 これは……たぶん、頭。

 逆光で撮ったかのように全体が暗いシルエットでしかないけれど、左を向いた横顔が写っていのだ。


 間違いない。

 これは、胎児の写真だ。


「なんなの!?」


 いくら私を脅かすものではないと言ったって、恐怖を感じない訳じゃない。

 はっきりと見えないことが、余計にひたひたと忍び寄るような不気味さを感じる。

 私は半泣きになってスマホを握りしめながら、もっと全速力で走る。

 早く、早く家に帰らなきゃ。



 カシャ



 またシャッター音。

 嘘でしょ!? こんなに連続で来たことなんてなかったのに!!


 見ない方がいいのではと思いながら、それでも好奇心の方が優ってしまった。

 再度、スマホの画面を覗き込む。



 すると、

 両目を見開いた胎児が、私を見つめていた。



「いやぁ!!!!」


 思わずスマホを放り投げる。

 ガシャッと音を立てスマホが道路に落ちて、画面が割れた。



『かえして』


 どこからともなく、声が聞こえてくる。

 まるで、小さな子供のような高い声。



『かえして』


「な、何を……何を返せって言うの!?」


 私はどこにいるかも分からない声の主に向かって叫んだ。

 完全に腰が抜け、全身がぶるぶると震えているのを感じる。

 今にも涙がこぼれそうだ。



『わたしからとったしあわせ、かえして』


「私が取った……? な、何を言ってるの……?」


『おねえちゃんがとったの、わたしから。しあわせ、こううん、ぜんぶ』



 暗闇に、声が響く。


 声が徐々に近づいてくる。

 けれど位置が全く掴めない。

 この声がどこから聞こえてくるのか。



『わたしのぶんまで、ぜんぶとった。だからうまれかわれない』


「それってどういう……」


 人の幸運の量は、決まっていると聞いたことがある。

 だからこそ、人にはみな運が良い時と悪い時があって、「大きな悲劇の後には必ず幸運がやってくる」などと言うのだと。


 私はずっと幸運に恵まれてきた。

 損をしたことなんて、一度もない。

 これまでは、私の幸運の量が人より多いのだと思っていた。

 けれど、もし。

 もし、私が2人分の幸運を使っていたのだとしたら……。



『だから、かえしてもらうね』



 急にワッ声が近づいたかと思うと、何かが顔に張り付いた。

 私はパニックになって必死に引き剥がそうとするけれど、あまりの強さにビクともしない。


 なんなのこれ!? なんなのよ!!?


 この感触。形。

 もしかして、胎児?



「ッキャーーーーーーー!!!!」





 激しい嫌悪感と恐怖を最後に、

 私の意識は途絶えた。











 むくり。


 路上に倒れた少女が、起き上がる。

 まるで自身の体を確かめるように、手のひらを握っては開いてを繰り返す。

 時刻は、21時58分。


「プレゼントありがとう、お姉ちゃん」




 そして少女は「ハッピーバースデー」の歌を口ずさみながら、軽やかに歩き出した。


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