サンタクロースのおくりもの
日乃本 出(ひのもと いずる)
サンタクロースのおくりもの
しんしんと降り続ける雪。町一帯に鳴り響くジングルベルの歌。時はまさに、クリスマスイヴ。
子供たちはサンタクロースが来てくれるのを願い、そして信じ、それぞれが欲しいプレゼントを紙に書き、それを靴下の上に置いて夢と希望に満ち満ちた表情を浮かべていた。
しかし、世の中、そんな恵まれた子供たちばかりとは限らない。
まさにその実例とも言うべき、貧乏な孤児院で暮らしている少女が、大きなため息をつきながら、諦めの色の強い表情を浮かべていた。
「サンタさん……いつになったらわたしのところにきてくれるのかな……」
去年も一昨年も、サンタは少女のもとに来ることはなかった。どうせ、今年も来てくれないんだろうなと思いつつも、願わないよりはマシだと、少女は自分の願いを紙に書く。
『サンタさんへ。美味しいものや綺麗な服がたくさん買えるくらい、お金持ちになりたいです』
少女にサンタが来ない理由は、この願いのせいではないかと思えるような気がするが、それはさておき願いは願い。
少女は願いを書いた紙を、つぎはぎだらけの靴下につけ、隙間風が吹きすさぶ部屋の中で、縮こまるようにして毛布にくるまった。
やがて少女がスヤスヤと眠りについた頃、孤児院の屋上に、シャンシャンシャン……という聖なる鈴の音と共に、空飛ぶトナカイとソリが近づいてきた。ついに、少女が待ちに待ったサンタの登場である。
「うむ。どうやらここから強い願いの力を感じるぞ」
サンタはうなずき、孤児院の屋上へと降り立った。
「むぅ、ここには煙突がないようだ」
サンタは煙突から入るもの。しかし、ないならば致し方ない。サンタは少女の寝ている部屋の窓から、まるで忍者の壁抜けのようにするりと部屋の中へと忍び込んだ。
「うんうん。よく眠っている」
安らかな寝息をたてる少女に、優しい微笑みを浮かべ、部屋の中を見回すサンタクロース。
「ううむ。どうやら、かなり困窮した家のようだ。すきま風はひどいし、暖炉も無ければストーブもない。きっと苦労しているのだろう。こういう恵まれない子供にプレゼントをあげることこそ、ワシの存在意義があるというものだ」
サンタクロースは、うんうんと頷きつつ、少女の枕もとへと忍び足で近寄った。少女の枕元には、つぎはぎだらけの靴下があり、その上には願い事が書かれているであろうメモ紙が添えられていた。
「さて、この少女のお願いはなんだろうね」
メモ紙を手に取り、それに目を通したところで、サンタクロースは渋面を作った。
「うん、これは困った。はたして、どうやって願いを叶えてあげたものか……」
真っ白なふさふさヒゲを手でもてあそびながら、どうしたもんかと考えるサンタクロース。
とりあえず、色々と袋から出して考えてみるかと、サンタクロースは背負っていた大きな袋を床に置き、それに腕をつっこんでゴソゴソとまさぐりはじめた。
サンタの袋は、魔法の袋。子供が願えば、袋からなんでも出てくるのだ。というわけで、サンタクロースは少女の願いを心で念じながら、袋から腕を引き抜いた。すると、サンタクロースの手には、いくつもの札束が握られていた。
「いくらなんでも、こんな現実的なプレゼントはいかん。それに、この程度の札束など、今のインフレ事情のなかでは、すぐに使い切ってしまう。とてもお金持ちになれるとはいえぬ」
なんとも世知辛いことだが、これが現実。仕方ないことである。
サンタクロースはため息をつき、札束を袋の中に押し込み、袋の中をまさぐりはじめた。そして、もう一度袋から手を引き抜くと、今度は手に大量のダイヤモンドが握られていた。
だが、サンタクロースは先ほどよりも大きなため息をついて、呟いた。
「たしかに、これならお金持ちにはなれるだろうが、いったいどこでこのダイヤモンドを手に入れたのだと、少女はあらぬ疑いを人々から向けられてしまうだろう。純粋なこの少女は、ワシからもらったのだと人々に訴えるだろうが、人々がそれを信じることなど考えられぬ。きっと、この少女の保護者でさえ信じぬだろう」
人を信じられぬ社会。まったく、嘆かわしいことだ。サンタクロースは悲しそうにダイヤモンドを袋の中へと戻した。
「さて……どうしたものかのぉ……」
サンタクロースは、うぅ~むと唸り声をあげるほど、必死に思案をした。
しかし、どうにも少女の願いを叶える方法が思いつかぬ。だが、だからといって少女の願いを叶えないなど、サンタクロースのプライドと存在意義が許さぬ。悩みに悩んだあげく、サンタクロースは決断した。
「こうなれば、最後の手段じゃ」
そう言うが否や、サンタクロースは寝ている少女の頭に袋の口をかぶせた。すると、少女は一瞬にして袋の中へと吸い込まれてしまった。
「いささか強引ではあるが、これしか方法はないからね」
サンタクロースは、もぬけの殻となった安っぽいベッドに向かってつぶやくと、少女の入った袋を背負って、部屋の外へと出ていった。そしてソリに乗り、トナカイの手綱を持って、雪の降る空へと繰り出して行った。
「……う~~~ん」
もぞもぞと少女が身体を動かしながら目を覚ますと、少女の全身に明らかな違和感の波が襲ってきた。
いつもの硬いベッドとは比べ物にならない、身体が沈み込んでしまうほどのフカフカ感。まるで、御姫様が寝るようなベッドで寝ているみたい。あら、まだ夢でも見ているのかしら。
目をこすりながら身体を起こし、パッチリと目を開く少女。そして、辺りに広がる光景を見て、思わず口ずさんだ。
「……うん、きっと、まだ夢を見てるんだ」
少女が寝ていた場所は、いつもの飾り気のない寂しい部屋ではなく、中世貴族も真っ青なほどの豪華な調度品に囲まれたベッドルームだったのだ。
自分のほおをつねってみる少女。痛い。夢のはずなのに、目が覚めない。おかしいわ。もう一度つねってみる。とっても痛い。でも、目が覚めない。おかしいな。どうして目が覚めないのかしら。
何度かほおをつねったところで、少女の心の中に、信じがたい一つの結論がふつふつとわいてきた。
ひょっとすると、夢じゃないのかしら。
少女がきょろきょろと辺りを見回していると、寝ていたベッドの枕元に、トナカイの形をした手紙が置かれていることに気づいた。それを手にとり開いてみる。
『お嬢ちゃんへ――お嬢ちゃんの願い、たしかにかなえてあげましたよ。サンタクロース』
これを見た少女は大喜び。
「すごいっ! ついにわたしにもサンタさんが来てくれたんだっ! ということは、これは夢じゃないんだぁっ!」
きゃっ! きゃっ! とベッドの上で、ぼよんっ! ぼよんっ! と飛び跳ねながら喜ぶ少女。すると、部屋のドアがガチャリと開き、そこから一人の少年が現れた。
少年の姿を見て、少女は顔をしかめた。
でっぷりした体格。見るからに脂ぎった顔。じっとしているだけでも、ぜえぜえと肩で息する姿は、まるで手足の生えたダルマのようだ。
いったい、誰なのかしら。わたしのステキなお部屋には似合わない子だわ。
憮然とした様子で、少女は少年へと声をかけた。
「ねえ、あなた、どなた?」
すると、少年は濁った瞳をらんらんと輝かせて絶叫した。
「わぁ~~~い! サンタさんが僕の願いをかなえてくれたんだ!! お金ならパパがいくらでも払ってくれるから、僕にステキなお嫁さんをくださいって願いを、サンタさんがかなえてくれたんだぁ!!」
少女は、とてつもなく嫌な予感がした。
サンタクロースのおくりもの 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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