ハナノナハ

しばしば

ハナノナハ

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■左右対称の部屋


 明るい部屋に、美しい少女二人がいる。

 黒髪をツインテールに結び、お揃いの服を着た双子。

 鏡に手をつくように、両掌を合わせて向かい合っている。二人の姿は万華鏡の作る幻影のようだ。


「お前は誰だ」


と片方が問いかけた。


「私は、左右谷そうたにいばら


 もう片方が答え、続けて、


「お前は誰だ?」


と問いを発した。


「私は、左右谷そうたになつめ


 問われた少女が答える。

 二人は無邪気な笑顔でを向き、片方ずつ声を発する。


「鏡に『お前は誰だ』と問い続けると」

「精神崩壊するというのは本当なのか」


 最後は二人の声が全く同じ波形を描いて重なった。


「双子が実験してみました」







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■ミラーメイズ


 クーパークは都会の片隅にある古い遊園地だ。

 その奥まった場所に位置する「ミラーメイズ」。

 要するに、壁が全て鏡の迷路のこと。

 アナログでクラシカルなアトラクションだが、シンプルであるがゆえに多くの人に好まれている。

 閉園後の、夜。

 パトカーのサイレンが聞こえる。

 ミラーメイズの中にセーラー服姿の少女が仰向けに倒れている。

 いばらか、なつめか……

 どちらかは判然としない。

 胸を滅多刺しにされ、顔の真ん中を縦に切り裂かれた無残な姿。

 残酷な死が訪れたあとでもなお、美しい少女の姿は可憐な花の実のように美しかった。

 サイレンの音がいくつも近づいて来る。

 燃える火のような紅い灯りが、迷路の入り口にいくつも引き寄せられて来る。

 その周りには、イバラの花とナツメの花が闇の中に寄り添いあって白く咲いている。







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■ミラーメイズの外


 遊園地ではすぐに警察が活動を始めた。

 数人の制服警官が「立入禁止」の黄色いテープを張る。

 ほぼ同時に機動捜査隊、略称「機捜キソウ」の刑事が臨場していた。

 彼らは常時覆面パトカーに乗って街を「密行」している。

 殺人とか強盗とかちょっとややこしそうな事件が起きると真っ先に駆けつけ初動に当たる、警察官としての将来を有望視されている青年たちの隊だ。




 所轄署である四方坂よもさか署の刑事、竜田たつた連雀れんじゃくが来たのはもう少しってから、鑑識作業の始まるタイミングだった。

 竜田はベテランに片足突っ込んだような年頃の男。

 連雀は逆にようやく仕事に慣れてきたぐらいの若手である。

 二人の視線の先で、鑑識や制服警官に向かって、


「まだ中にいるかもしれない。警戒して作業に当たってください」


 などと指示を出しているのは機捜の虎宮とらみや

 鑑識官と制服警官たちはミラーメイズの中に入っていった。

 竜田と連雀は機捜の二人に向かい、


四方坂よもさか署強行犯係の竜田です」

「同じく、連雀です」


と名乗った。相手も、


「機捜、虎宮とらみやです」

武谷たけやです」


 礼儀正しく名乗りをあげた。

 所轄の若手である連雀は機捜から雑な扱いをされることもあるけど、今回はそうイヤな思いもせずに済みそうだ。

 虎宮は落ち着かない様子で武谷に、


「俺もう一回、中見て来るから。武谷、引継ぎしといて」


と言い置いてミラーメイズの中に入って行く。

 所轄が来ればあとはヨロシクでいいのに。

 「変わった奴だな」と竜田は思った。

 残された武谷が言うには、


「防犯カメラの報告が今、届いたんです。被害者少女とその双子の姉妹は、閉園後の点検が終わった六時三十五分、二人同時にこのミラーメイズに入った。しかしどちらも出てくる姿が映っていない」

「一人は包丁で刺殺されたと聞きました。もう一人も中にいる可能性がある、ということですね」


と竜田が確認し、


「マルヨウの情報は?」


と訊いた。

 マルヨウ、は容疑者のことを指す。


「地域課が引き続き防犯カメラを確認中です。マルヨウも中かもしれません。行方不明の少女を連れている可能性があります」


と武谷が答えた。

 竜田は、周りの白い花たちになんとなく気を取られながらもう一つ質問をした。


「その双子の姉妹、名前は?」







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■左右対称の部屋


 いばらなつめが部屋の真ん中で向かい合っている。


「ねえ、いばら

「なあに、なつめ

「一緒に行こうよ、留学」


 なつめは右手をいばらの左手と合わせ指を絡める。

 二人でバレエのアチチュード。

 片足を上げるポーズ。

 綺麗な対称形が作られる。

 幼いころからもう十年以上繰り返した所作だ。

 息をするように自然に、二人の体は全くの対称に動くことができる。


「でも私は選ばれなかったから。無理」

「私、いばらと同じになる様に踊っただけだよ?」

なつめの方が才能あったってことでしょ」

「終わったみたいに言わないで」

なつめ


 そう呼んでいばらが問いかける。


「お前は誰だ」

「……お前は誰だ」


 鸚鵡返しになつめが言葉を返した。

 いばらは少し笑った。


なつめは私のこと、鏡みたいに見てた?」

「みんなはそう言うけど、私は違う」


 なつめは右手を伸ばしていばらの左胸を触る。


「鏡の心臓はこっち側には、ない」





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■ミラーメイズの外


 連雀のスマホで、ユーチューブの枠付きの動画が現れる。


「お前は誰だ」

「私は左右谷そうたにいばら。お前は誰だ」

「私は左右谷そうたになつめ…」


 武谷が画面を示して言う。


「遊園地のオーナー、左右谷そうたに朋昌ともあきの孫です」

「双子、鏡みたいなシンクロ率ですね。閉園後って簡単に入れるものなんですか?」


と連雀。


「彼女たち、カードキーを持ってました。ここは自由な遊び場になっていた。約十年前に事故で両親を亡くしてから、ずっと」


と武谷。

 画面の中では二人の会話が続いている。


「続ける、っていつまでやればいいの?」

「わっかんない。精神崩壊するまで?」


 竜田が武谷に尋ねた。


「動画は家で撮影してたんですかね」

「それは、まだ確認していませんが」

「左右対称の部屋。これが生活空間だとしたら、病的なものを感じるな」


 スマホ画面の中では会話は終わり、「お前は誰だ」という一人の声だけが繰り返し聞こえるようになっていた。


「何が面白いのか全然わからんが」


 竜田は少し苛立って、


「姿形はわかった。探すぞ」


とミラーメイズに入っていく。

 連雀は竜田に従いつつ、その背に向かって声をかけた。


「最後どうなるか気になりません?」

「最後、ああなったわけだが」


と武谷が横槍を入れ、連雀と並んで歩きながら渋い顔で死体のある方を指さす。






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■ミラーメイズ


 暗い。

 壁と天井が全て鏡。

 照明や装飾が万華鏡みたいに反射する。

 竜田と連雀と武谷、遺体の周りの鑑識作業を一瞥してから、迷路を進む。


「これ、キツイですね。気が散って」


 連雀は小声だが呆れたような口ぶりだ。

 竜田が言うには、


「推理小説にありそうだ。鏡迷路の殺人」

「小説か。ゲームだったら、隠し通路や隠し部屋なんかが設定されてる場所です」


 連雀はそういうのが好きな性分で、この厄介な状況に逆に気分が乗ってきたようだった。

 武谷は、


「虎宮も同じこと言ってます。さっき関係者に尋ねた範囲では、そういう類は誰も知らないようでしたが」


と追加情報を所轄刑事に告げてから、


「私は虎宮を探して合流します」


と一人だけ違う方向へ消えた。


「応援、遅いな。ニコチン補給してから来りゃよかった」

「竜田さん、禁煙してませんでした? やめるのやめた、ってやつですか」

「余計な話すんな。気が散る」


 小声で雑談しながら歩いて、二人は暗がりの向こうにある壁に違和感を抱き足を止めた。

 連雀が眉をひそめた。


「なんだ、あれ……」






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■左右対称の部屋


 いばらなつめが部屋の中央に並んで寝転がっている。

 綺麗な対称形はここでもまだ保たれていた。

 いばらだけが、本を手にしている。


「鏡映反転。鏡の前で人間が左右反転を認知するのはなぜなのか。光学的には左右は反転しないにも関わらず…」

「ねえいばら。彼氏がいるって、どんな感じ?」

「忙しい」

「そうなの?」

「色んなとこ行ったり、色んな物買ったり」

「楽しそう」

「ん~。でも…なつめと行きたかった」

いばら。お前は誰だ」

「お前は誰だ」

「ゲシュタルト崩壊、した? 私たちももう塊が解けてバラバラに認識されるのかな」


 ゲシュタルト崩壊というのは、ひとまとまりとして認識されるべきものが、ずっと見ているうちにバラバラのパーツとしてしか捉えられなくなってしまう認知の現象のこと。

 双子、として永遠のひとまとまりであるかのように見られることの多いいばらなつめだけれども。

 いつかそれぞれ家を巣立ち、個々として離れていくに違いない。

 だからいばらはこう答えた。


「最初から、皮膚の外は全部他人だよ」






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■ミラーメイズ


 竜田と連雀が向かう鏡。

 左にいる連雀が鏡の中では右に、右にいる竜田は鏡の中では左に写っている。

 この鏡には、左右が百八十度回転した、「正像」が写っている。

 連雀が左手を振ってみると、鏡の中の連雀の右の手が動いた。

 反転鏡、という種類の鏡なのだ。

 あまり見かけない種類だが、大きい家具屋なんかに行けば手に入れられるぐらいの代物。

 連雀は手を下ろした。


「なんか、気持ち悪いですね」

「でもこっちの方が見え方なんだろ。正像と鏡像の、の方。鏡が好きな奴は、正しい像の方が違和感あるんだろうけどな」

「別にオレ、そんなに鏡見ませんけど」


 連雀が心外だという顔をしてから、


「ここは…袋小路の行き止まり、か」


と鏡に近寄った。

 竜田も連雀もしげしげと仕組みを見る。

 気になってしまって天井や床なども見る。


「あの『お前は誰だ』って言うの、流行ってんの?」


と竜田は尋ね、


「中学生の流行までは把握してないなあ」


と連雀が答えた。


「さっきのユーチューブの感じだと、精神崩壊うんぬんいうのは、それなりに広く認知されている話なんだろ」


 竜田は改めて、真面目に考えこんでいるようだった。


「ああいう都市伝説的な話は、結構一理ある。大体鏡に向かって話そうっていう時点でもうメンタルがヤバいだろ。ふざけてやってるみたいに見せてても、闇が滲み出てるんだよ」

「まあ確かに。そう言われると、何とも返しようがないですが」


とあまり病んでもない連雀が適当な相槌を返した。

 それから竜田は鏡の隙間を覗き込みながら、こんな思い出話をした。


「昔映画で、ああいうの見たんだよなあ」

「映画、俺が知ってるやつですか?」

「タクシードライバー」

「知らないやつだった」

「ロバート・デ・ニーロだよ」

「その名前は知ってます。最後どうなるんですか」

「人を殺して英雄になる」


 にわかに速足で近づいてくる者がいて、二人は身構えた。

 虎宮と武谷だった。

 虎宮が鋭い声で二人に呼びかけた。


「四方坂の人。そこは……」





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■左右対称の部屋


 いばらなつめ

 胎児の様な姿勢で互い違いに寝転がっている。


「正像の前に立つと皆、罪を突き付けられたような反応をしてから、笑うの」

「お前は誰だ」

「お前は誰だ」

「二人で手を携えて生きていけると思ってたよ、ずっと」

「お父さんもお母さんも、そういう風に望んでたんじゃないのかな」


 二人は同時に回想する。

 仲良くお留守番しててね。

 たった一人だけ残された家族。

 お父さんとお母さんの願いを、守りたい。

 バレエのこと。好きな男の子のこと。

 選んで欲しかったのに、この子がいるから、私はダメだったの。

 どうしてかなあ。おんなじDNAだよ?

 ずっとずっと、ひとまとまりで、いたかった、はず。

 双子の一人が、もう一人に向かって包丁を振り上げる。

 死に選ばれるのはどちら?

 二人の声が全く同じ波形を描いて重なった。


「最後は一人しか選ばれないのに」






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■ミラーメイズ


 反転鏡が扉の様に開いた。

 階段が見えた。

 刑事たち四人は黙って顔を見合わせる。

 竜田が真っ先に階段を降りていく。






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■左右対称の部屋


 双子の片割れが背を向けて立っている。

 足音を忍ばせ竜田が来て、それに続いて連雀が来る。

 見えているのは細い少女の背だけ。

 でも他に誰かいるかもしれない。

 緊張の圧の中で竜田が声を掛けた。


「左右谷さん。いばらさん…それともなつめさんですか」


 少女が振り返った。

 顔も服も乾いた血で汚れている。

 そして、


「お前は誰だ」


と。

 少女の口元から響いたのは感情のない、幼い声だった。


「警察です」


と竜田の声。

 しばらくの間、沈黙。

 繊細な絵画のようにただ静まっていた少女の目元が、動いた。

 あの「精神崩壊実験」の動画と同じ無邪気な笑みを浮かべて、双子の片割れは口を開く。


「私は────」









■■■

■終

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