第55話 あやとり
小梅が妹にして欲しいと言ってきてからしばらく経った。
最初のうちはいまいち距離感が分からなかったが、今はきちんと兄のように振る舞えるようになった。表面上は。
小梅に優しく微笑みかける時も、その頭を撫でてあげる時も、一緒に遊んであげる時も、俺は心の中で常に自分を制し続けた。
心まで仲良くするな。これ以上彼女に情を持ってはいけない。所詮は八千代の代わりに巫女になる神への捧げ物なのだから、と。
そのおかげか俺の心は参の巫女が旅立った日から特に変わることもないまま、小梅とは適度に仲良くすることができていた。
ただ一つ、俺には不満があった。
あやとりだ。
小梅は毎日のようにあやとりをしようとせがんできた。村の子供達の間でそれが流行っていたことは知っているし、遊び方も知っている。
ただ、あやとりには終わりがないため小梅の気が済むまで遊びに付き合わなくてはならなかった。
俺には他にもやらなくてはならないことがあるのにと思い「今日はここまでにしよう」と言っても小梅は「最期だから…もうちょっとだけ」と泣きそうな目で訴えてくるため毎度、毎度、結局俺は彼女と遊んで過ごさなくてはならなかった。
「小梅ちゃん、今日はもう寝よう。ね?」
俺は重たくなっていく瞼を無理に開きながら小梅を見た。
外にはすっかり月がのぼり、部屋の中には行灯の光が灯っている。
結界の管理や村の人から頼まれた仕事、修行に勉学。そして空いた時間には小梅の遊び相手。休む間もない忙しい毎日に俺はかなり疲れていた。
「もう寝るの?もう少しだけいいでしょ?御言お兄ちゃん」
あやとりを手に持ったまま小梅が声を潤ませる。
今日もか…と思いながらも俺は何とかして小梅を寝かせようと口を動かした。
「俺、今日は疲れたからもう寝たいな…。小梅ちゃんも早く寝ないと。ほら、お月様ももう寝ようって言ってるよ」
「……でも私、まだ眠くないよ」
「…お兄ちゃんはもう眠たいから今日はもう寝よう。ね?」
疲れもあって苛立ちそうになるのを抑えながら俺は小梅を寝具まで誘導し、横にならせて頭を撫でた。
「続きはまた明日。おやすみ小梅ちゃん」
そう言って部屋を出ようとした時、背後から
「もうすぐ、満月だね」
と呟く声が聞こえたが、俺は言葉を返すこともなく聞こえていないふりをして部屋を出た。
夢を見た。それは懐かしい匂いのする優しい夢。
「小梅、あやとりして遊びましょ」
見慣れた風景の中、お母様が赤色の紐を取り出して私に呼びかける。
私は元気よく返事をしてお母様の元に向かった。
つり橋、田んぼ、川…
赤い紐は次々と形を変え、二人の間に美しい模様を作り上げる。
「小梅」
紐を見つめながらお母様が私の名前を呼んだ。
「あやとり、好き?」
その問いに私が大きく頷くと、お母様は少し優しく笑って手元に視線を落とした。
「あやとりっていうのはね、おまじないなのよ」
おまじない?
私の問いにお母様が頷く。
「あやとりには終わりがないでしょう?この遊びをしている間はね、二人の間に無限の空間…神様がいる空間が出来上がるのよ」
山の神様のいる所みたいな場所ってこと?
「そうよ。あやとりをしている人の魂はこの紐で作られた神聖な空間の中で絡み合うの。そして長い時間あやとりを続けているとね、魂はより深く絡み合うの」
それじゃあ今、私の魂とお母様の魂はこの紐の間で絡み合っているってこと?
「そうよ」
魂が絡み合ったらどうなるの?
私の言葉にお母様がにこりと微笑む。
「魂が深く、深く、絡み合うとね、死んでしまった後も一緒にいることができるのよ」
ほんと!?ならいっぱいあやとりしないと!あっ!お父様も一緒に!
「ええ、だからね小梅。もし小梅に好きな人ができたらその人とたくさんあやとりしたらいいわ。そしたら小梅がお婆さんになって山の神様の所に行かなくてはならなくなっても、ずっとその好きな人と一緒にいることができるようになるから。ね?」
うん!あっ、でも先に私が山の神様の所に行っちゃったら旦那様が来た時、お昼寝しててお迎えに行けないかも…
「ふふっ、小梅はお昼寝好きだからねぇ。でも大丈夫よ。旦那様と一緒に神様のところに行くおまじないもあるのよ」
そうなの!?私、一人で行くのは寂しいから旦那様とがいい!
「なら教えてあげるわね。まずはその紐を二つに切って――」
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