第52話 垣間見
「お母様…」
一人残された小梅は満月を眺めながら呟いた。
清めの儀が終わった巫女は他人との接触が禁止されているため、ここには父である三郎太でさえも来ることができない。
もうお母様は山の神様の元へ行ってしまっただろうか。
あちらでまた会えると頭では分かっていても、死への恐怖は消えてくれない。
小梅は御言が家に来たあの日に家族で話し合い、決めたことを思い出してぎゅっと自分の手を握った。
「お母様、お父様…」
大丈夫。私には二人がついているわ。
ふと月明かりが陰ったような気がして小梅は顔を上げるが、そこには先ほどまでと何も変わらない美しい満月が浮かんでいるだけである。
私、今、ひとりぼっちだわ。
急に寂しくなった小梅は立ち上がり、部屋の襖をゆっくりと開いてきょろきょろと辺りを見回した。
そして人の気配がないことを確認してから小梅はそろりと部屋を抜け出した。
家から出てはいけないとは茂平に言われていたが、部屋から出るなとは一度も言われていない。
小梅はこの家に住んでいる誰かを探すように、しかしその人に部屋から出たことが気付かれないように忍び足で家の中を歩いた。
とさっ
小さな物音が聞こえた気がした小梅は驚きながらそちらの方へ目を向ける。
あっちの部屋からだわ
探している人がそこにいるかもしれないと、小梅の心は鞠のように跳ねた。
走って向かいたい気持ちを抑え、一歩、また一歩、ゆっくり、静かに音のした部屋へ向かう。
そうしてたどり着いた部屋の襖はきれいに閉じられていた。
小梅は姿勢を低くして爪の先で襖をほんの少しだけ開ける。
綺麗な白銀の髪が乱れることも構わず畳の上に転がっているその人に小梅は目を奪われる。
いつもはあんなにしっかりしているあの人も、家ではこんなふうに子供のように気を抜くこともあるのかと知ってほんの少し親近感が湧いた。
一度でいいから話してみたい。
一度でいいから八千代ちゃんじゃなくて私のこともその赤く優しい瞳で見てほしい。
一度でいいから…
「み、御言様」
思い切ってその名前を呼んでみると彼は弾かれたように勢いよく起き上がり、驚いた顔をこちらに向けた。
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