第48話 バケモノ

 村の子供達の帰りを見届けて、家に帰って来た一人と一体と一匹。

 「茂さんただいま」

 「おかえりなさい、御言くん」

 ひょこっと自室から顔を覗かせた茂平の言葉に俺はちょっとだけ顔を顰める。

 「茂さん、俺、もう十歳だから御言ってつけなくていいよ」

 俺がそう言うと茂平は少し眉尻を下げて

 「すみません、どうにも癖で」

 と笑った。

 「もう」

 不満を口にしながら俺は茂平の部屋に入り襖を閉める。いつの間にいたのか、お市さんも部屋の隅に正座している。

 「それで、今日はどうでしたか?」

 「問題なかったよ。結界の綻びもなし。物の怪は…相変わらず。今日は気持ち悪いやつに追いかけられた。茂さんの方は?」

 俺の問いに茂平が届いた手紙をひらひらとさせながら小さくため息をつく。

 「今回も駄目でしたね。遠方の寺に打診してみたのですが、そんなに強力な力のある存在がいるのならこちらが欲しいくらいだという返事が来ました」

 茂平が力のある存在を探す旅に出てからはや三年。一向に見つかる気配のないその存在をなんとかして探し出そうと茂平は試行錯誤していた。知り合いの知り合いの、またその知り合いにまで聞き込みをしたり、こうして大きなお寺や術者に手紙を送ったりしているが返ってくる手紙の内容はどれもこれも芳しくないものばかり。

 「さすがにもう自分の足で探す以外無さそうな感じです」

 がくりと肩を落とす茂平を励ますように俺は明るい声で

 「茂さん、大丈夫だよ!ほら、ここ最近は物の怪に襲われても小豆と連携して上手くやり過ごせているし、それに危険な場所の空気感も少しは分かるようになってきたから。ね?」

 「そう、ですね。…あといくつか返事の来ていない所もあるので、まだ諦めてはいけませんね。ありがとう、御言くん」

 ムッと頬を膨らませた俺を見て茂平が「ありがとう、御言」と笑いながらではあるが言い直してくれたのを聞いて満足した俺はタタタと自室へ戻った。

 


 「お辞めください!お辞めください!」

 誰かの声が聞こえた気がして俺は目を覚ました。辺りを見回してみるが夜闇の中には誰の姿も見えず、草木の揺れる音さえしない。

 夢だったのだろうと思い俺は再び目を閉じて眠りについた。

 

 「お辞めください!お辞めください!」

 白い着物を着た女が山の祠の扉を押さえながら叫んでいる。彼女の後ろには少女が二人、震えながら互いの手を握って祠の方を見ていた。

 「これ以上はいけません!お辞めください!」

 女が押さえている扉がガタガタと音を立てて開こうとする。なんとなく、祠の中にいるであろう何かが怒り狂っているような気がした俺はあの扉を開けてはいけないと思い、女性を手伝おうと一歩足を踏み出した。

 が、バンっという大きな音と共に祠の扉が勢いよく開いた。扉を押さえていた女は短い叫び声をあげて弾き飛ばされる。地面を転がる彼女と目が合った気がした。

 「ごめん なさい」

 小さく震えた声がやけに耳に残っていた。


 

 目を覚ますと外はまだ闇に包まれていた。

 いつもより少し早く起きてしまった俺は外に出てそのまま井戸に向かい顔を洗うことにした。

 外に出ると雨が降りそうな空模様。ジメジメとした空気が肌に張り付いてくる。

 嫌な天気だなと思いながら顔を洗って部屋に戻り、紙を引っ張り出してお札を作り始めた。物の怪の動きを鈍らせるお札に村の結界の修復に使うお札。

 さて、次は…

 新しく紙を取ろうと腰を少し浮かせたその時

 『ウウウウ ウー』

 背後から低い唸り声が聞こえた。

 心の深い部分についた傷がガンガンと警鐘を鳴らす。

 母上の空っぽになった瞳、そしてそれを喰らおうとするバケモノ。

 俺は腰を浮かせたまま動くことができなかった。冷たい汗が顎を伝って作ったばかりのお札の上にぽたりと落ちる。

 『ウー ウウウー』

 怒気を含んだような声と共に後ろから白い布のようなものが伸びて、俺の首にゆるりと巻きついてきた。締め上げられるのではないかという恐怖が全身を支配するが、やはり指一本すら動かすことができない。

 『クワセロ クワセロ』

 ぼたぼたと液体の垂れる音が背中を撫でる。

 『ハラガヘッタ フタツクワセロ チギッテクワセロ』

 首に巻きついているものとは別の布が俺の手から筆を奪い取り、机に広げてある紙に何かを書きだした。俺は目だけでそれを見る。何かの設計図のようなものが五つとその中央に描かれた手足、頭をそれぞれに縄で繋がれた人間。

 これ は

 震えながらその図を見ていると

 『チギッテ クルンデ クワセロ クワセロ ノコリハ ケッカイ ムラ マモル』

 カミサマは筆と俺の首から布を離すと『ウー』と言って風のようにどこかへ消えた。

 「っはあっ!?はあっ」

 一気に緊張感が解けた俺は肩を上下させながら腰を抜かしてその場に座り込み、自分の首が繋がっていることを確かめるように両手で首元に触れる。よかった、千切られてない。

 呼吸を整えてからカミサマが描いた図へ目を向ける。

 (『チギッテ クルンデ クワセロ クワセロ』)

 これを使ってカミサマと同じことをしろと?四肢を割いて布に包んで…

 今まで巫女になった二人の苦痛に歪んだ最期の表情が目の前に広がり、喉の奥がヒュッと冷たくなるのを感じながら俺はふらふらと立ち上がった。

 まずは茂さんに報告して、それからこの図の物を作るのと同時進行で巫女の選出と儀式の準備を…

 今までの経験から俺が取るべき行動は分かっている。

 乱れる心とは逆に、やけに冷静な頭で俺は考える。

 二人巫女を出さなくてはならないから、一人は泥人形のお市さんだとして、もう一人は…やはり籤で選ぶ方がいいか。今回は村長に仕込みをされないように俺か茂さんが作るべきだ。でも…

 もう物心のついた自分の妹は巫女の候補に入っている。

 「八千代…」

 もし彼女が巫女として選ばれたら…。

 そんな最悪の考えを振り払うように俺は勢いよく襖を開いた。

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