第43話 今帰り来む

 それから三日過ぎた。俺は泥人形のいなくなった家で小豆と二人でのんびりと過ごしていた。

 茂平の師匠である医者のおかげで奴の印が完全に消えたことが分かりほっとしたのはいいが、医者が壊してしまった泥人形…。茂平本人にも壊されたことがなんとなく分かるようになっていると言ってはいたが誰が壊したのかまでは分かっていないだろう。

 「茂さん、大慌てかも…」

 医者が壊したとはいえ、彼を止めることができなかった俺にも少なからず非があるだろう。

 「小豆~、茂さん大丈夫かなぁ」

 蝉の鳴き声を聞きながらひんやりとした畳の上に寝転がる小豆の背中をちょいちょいと撫でていると

 「!」

 突然小豆が立ち上がった。

 「ワンッ!」

 「あ!小豆!」

 走って外に出て行った小豆を追いかけ、俺も入道雲が聳え立つ青空の下へ足を踏み出す。

 「小豆!」

 俺が追いつけないほどの速さで家の敷地から出て階段を降りていく小豆。

 「こ~ま~め~」

 吹き出す汗を拭いながら階段まで向かうと、下の方で小豆が尻尾を振りながらぐるぐると誰かの足元を回っている。

 あの人は…

 「茂さんっ!」

 人影は俺の姿を見ると、遠くからでも分かるくらいホッとしたように肩を下ろして膝に手をついた。やはり心配させてしまっていたらしい。

 茂平を迎えるために俺も急いで階段を下りた。



 「ほんっと、あの人は昔から!」

 家に戻り、一息つきながら俺の話を聞いていた茂平が呆れと怒りの混ざった表情で頭を掻いた。

 うん、やはりかなり心配させてしまっていたらしい。

 「でも、ほんと、御言くんが無事でよかったです」

 俺の肩を掴んで大きく息を吐いた茂平の目の下にはクマができている。きっと泥人形が壊されたと分かってから、寝る間も惜しんで大急ぎで山を越えて帰ってきたのだろう。

 「ご、ごめんなさい」

 俺が謝ると、ぼろぼろの茂平はフと笑みを浮かべそのまま後ろにふらっと後ろに倒れてしまった。

 「し、茂さん!?」

 慌てて茂平の顔を覗き込むようにして呼吸を確かめる。すやすやと穏やかな寝息をたてる茂平に少し驚きつつも、俺はきちんと無事に生きて帰ってきてくれたことに安心して胸を撫で下ろした。



 結局茂平が目覚めたのは次の日の早朝だった。

 昨日の話の続きをしながら朝食を食べていると茂平がそういえば、と口を開いた。

 「師匠が何かの壺を渡してきたと昨日言ってましたよね?見せてもらってもいいですか?」

 朝食を終えた俺は自室に置いていた小さい壺を持ってきて茂平に渡す。

 「これ、中には何が入っているとか言われましたか?」

 茂平の問いに俺は首を横に振る。

 「泥人形の材料とだけしか…。あ、あと食べ物を要求されたらこれをあげてみたら面白いかもと…。たぶん泥人形にして神様に巫女として捧げたらいいってことだと思います」

 俺の言葉を聞いた茂平の眉がぴくりと動いた。

 「…なるほど」

 そう言うと茂平は壺を閉じる紐を解いていく。

 「御言くん、泥人形の材料について少し話しておきましょうか」

 「はい」

 「泥人形は清められた水と生き物の骨を材料として作ることができます。今回私が作ったものは爪や髪、血などしか使っていないので、できることがかなり制限されている上に泥人形…というかほぼ泥の塊の脆い物でした」

 ――きちんとした泥人形を作るならばこれらの材料に加えて

 「名前がある、もしくはあった。そして生前にどんな性格や行動をしていたかを知っている、この二つがあると、より材料となったモノに泥人形を近づけることができます」

 紐が解かれ中身が露わになった壺を茂平が俺に手渡す。覗いてみると陶器のように白くて小さな砕かれた骨がその中に入っていた。

 「これは…何の骨?」

 俺がそう尋ねると茂平首を横に振り立ち上がった。

 「かなり細かく砕かれているので私にも分かりません。ですがそれを材料にして泥人形を作れば…元々何だったのかは分かります」

 「…」

 「師匠がそれを使って作るように言っていたんですよね…?それなら…きっと…」

 壺を手に俺も立ち上がる。これが元々何だったとしても…カミサマに巫女の代わりに捧げられるモノなら

 「茂さん」

 生きている人ではないのだから大丈夫。きっと 大丈夫

 

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