第41話 ふりさけ見れば

 「御言くん」

  茂平に肩を叩かれた俺は寝ぼけ眼を擦りながら体を起こす。

  大きく欠伸をすると夜明け前の澄んだ空気が目覚めを促すように胸いっぱいに流れ込んできた。

 「どうしたの茂さん」

  ぼんやりとした目で声の方を見るとそこには二人の茂平がいた。一人はいつもの格好の茂平、もう一人は今から旅にでも出るかのような格好の茂平だ。

 わけの分からない状況のおかげで一気に目が覚めた俺は驚きながらも旅姿の茂平に尋ねる。

 「なんで茂さんが二人いるの?夢?」

 「夢ではないですね。こっちのいつもの格好の私は術で作った泥人形です。それよりよくこっちが本物だと分かりましたね」

 「だって…」

 俺は二人の茂平の瞳を交互に見て答える。

 「だって泥人形の茂さんは昔の…雪うさぎを作ってくれた時の茂さんみたいでなんか……胡散臭い」

 「胡散臭い?」

 茂平はきょとんとした後、俺の答えが可笑しかったのかくすくすと笑い出した。

 「御言くん、あの時私のこと胡散臭いと思っていたんですね」

 「あっ!……はい」

 自分の失言に気がついて言い逃れできないと悟った俺が素直に頷くと、茂平はいたずらをする子供のように笑いながら「今も胡散臭いですか?」と少し首を傾ける。

 「いや、全然!今はすごく――」

 本人を前にこの言葉を口にするのは少し恥ずかしいが俺は思い切って口を開く。

 「今はすごく、尊敬しています」

 そう言うと茂平は意外そうな顔をしてから、照れているのか、眉を下げて微笑んだ。なんだかこちらまで恥ずかしくなってきた俺は話を戻すために一つ咳払いをした。

 「えっと…それでどうして茂さんは旅姿なの?どこか行くの?」

 「御言くん、一昨日の晩のこと、覚えてますね?」

 真面目な顔をしてそう言った茂平の言葉に俺は頷く。もちろん忘れるわけがない、あんな恐ろしい体験。

 「あの時やって来た奴は普通の物の怪ではありません。おそらく神を世話する格の高いナニカが堕ちたものです」

 神の世話を…

 「なんでそんな存在があんなふうな…恐ろしい化け物になったんだろう」

 「それは私にも分かりません…。ですが神に見放され、この現世の近くに捨てられたのであろうことは察しがつきます」

 それでですね、と茂平が重たそうに口を開く。

 「私程度の力では奴を祓うことなど到底できません。もし奴が御言くんに何かしてきて、それを小豆が肩代わりしたとしても沢山お釣りがくるくらいには厄介な存在なんです」

 俺が思っている以上に奴は危険な存在だったらしい。もしかしたら茂平の師匠が作った数珠が無ければあの晩、全員死んでいたかもしれないと理解した俺は恐怖した。冷たい汗が背中をなぞる。

 「ですので私はもっと力のある存在を探すためにしばらく家を空けます。私がいない間はこっちの泥人形が村の人に怪しまれないように私のふりをしてくれるので。それにこれには私の一部を使ってあるので万が一、壊れるような何かが起こればおそらく風の知らせ程度には私にも分かるはずです」

 茂平がそう言うと泥人形が俺に向かってにこりと笑った。人間のような見た目なのにどこか違和感のあるそれが少し怖く思ったが、俺は茂平を心配させまいとその泥人形に笑い返す。

 「私はこれから昔の縁を辿ってみますので次ここに帰ってくるのは二、三ヶ月後くらいになるかと思います」

 こんなに長期間茂平が家を空けるのは初めてなので少し不安だが、俺も自分に出来ることをしなくてはと覚悟を決める。

 「分かった。茂さん、気をつけてね」

 「はい、御言くんも。無茶は厳禁ですよ」

 茂平のことを見送るために外に出るとちょうど山の向こう側から白い朝日が伸びてきた。

 「じゃあ」とまだ薄暗い階段を下って行く茂平の背中に向かって俺は叫ぶ。

 「茂さん!帰って来たら俺にも泥人形の作り方、教えてね!絶対だよ!」

 俺の声に茂平が手を振って答える。

 「どうか無事に」

 村を包んでいく柔らかな光に俺の小さな祈りが照らされた。

 

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