第40話 日陰、日向
次の日、すっかり元気になった小豆を連れて俺は散歩に出かけた。昨晩やってきた奴はやはり昔、あの洞窟で見たぼろぼろの着物に乱れた黒髪をした女だった。日が昇ってから障子を開くと長い黒髪が刀で斬られたように散らばっていたからだ。
茂平からしばらくは村の外や人のいない所には行かないようにと口酸っぱく言われた俺は、いつもの遊び場まで行かず村の近くにある子供の溜まり場に向かった。
村の子供達と遊ぶのはいつぶりだろうか。
いろいろなことが立て続けに起こったり茂平の元で毎日勉学に励んでいた俺にとっては同年代の子との交流はすごく久しぶりで、少し緊張しつつも軽い足取りで目的地に向かって歩いていく。
溜まり場に着くと村の子供達が追いかけっこをしたり蹴鞠をして楽しそうに笑い声を上げながら遊んでいた。
見ない間に背丈も顔つきもしっかりたふうに感じる子供らの中によく見知った顔を見つけた俺は彼らの元へ駆け寄り「ねえ、」と声をかけてみる。
だが、一緒に遊んでもいい?と尋ねる前に彼らは驚いた顔をして俺に頭を下げてきた。
「み、御言様、こんにちは。まさかこんな場所にいらっしゃるとは思ってなくて―――――」
少年たちの言葉に俺は口を開いたまま固まった。なぜ…なぜ彼らは俺に対して敬語を使っているのだろう?ちょっと前まではよく一緒に遊んでいた友達だというのに。
「み、御言様?」
相槌一つせずに彼らを凝視している俺の顔色を窺うようにおずおずと顔を上げた彼らへ「あ…うん……」と間の抜けた返事を返す。
もう俺は――御言様は皆と対等であることはできないと実感させられ、続けようと思っていた言葉を喉の奥で握りつぶし、練習して上手く作れるようになった笑顔を張り付けると彼らはほっとしたような顔をした。
「すみません。ちょっとみんなに尋ねたいことがあって来たのですが……驚かせてしまいましたよね」
村の皆に頼りにされている茂平を真似て優しくその場限りの嘘を言うと少年たちはブンブンと首を横に振る。
「いえいえ!御言様のおかげで僕たちが安心して生活できているとお父さ―――あっ、父上から聞いていますので!」
「そうです!御言く―様にはすっごく感謝しているので全然大丈夫だ―――です!」
慣れない言葉遣いに苦戦するかつての友と何でもいいからもう少しだけ話したかった俺は笑顔が崩れないように気をつけながら適当にそれっぽいことを訊いてみることにした。
「お気遣いありがとうございます。ではお尋ねなのですが最近困ったことや不思議なことはありませんか?なかったらなかったで全然いいんですけど…」
「変わったこと?うーん…」
「あっ!村長さんの所に知らない人がたまに来る…とか?」
「村長の所に?」
思わぬ収穫が得られそうだと思った俺は平然を装ってさらに尋ねる。
「その人ってどんな人でしたか?えっと…男性か女性かとか、どんな背格好をしていたとか」
「え?どんな人かって………あれ?どんな人だったっけ?」
少年は不思議そうに首を傾げて長考した後
「すみません。なんでか思い出せなくって…」
と申し訳なさそうに肩をすくめた。彼を励ますように「きっと普通の人だったから印象に残らなかったんですよ」と声をかけたが、俺は浮かび上がったとある可能性に内心顔を顰めていた。
村長は呪術などに詳しい知り合いがいると言っていた。きっとこの少年が見たその人がそうなのだろう。おそらく彼に対して記憶に残らないようにする術をかけたのか、もしくは姿が認識しにくくなるような術を自分自身にかけたのか…。どちらにしても相手は相当な実力者なのだろう。到底今の俺では太刀打ちできない。無理に確認しようとしても返り討ちに合うか確実に逃げられる。
ため息をつきたくなるのを我慢して礼を言うと少年は「お役に立てたなら何よりです!じゃあ、僕たちはこれで」と笑って元の遊びに戻って行った。
俺のことなどもう眼中にないのか、再び楽しそうに笑い合う彼らへ伸ばしかけた手を戻して静かにその場を去る。
「クーン」と心配そうに顔を見上げる小豆へ目を向けることもせず、俺はそのまま家に帰った。
小豆におやつをあげて自室に向かい、あるだけの着物を引っ張り出してそれを全て頭の上から被り、静かで小さな闇の中で俺は泣いた。
俺の唯一になってしまった友が「クーン」と鳴きながら着物の山の周りを回っている気配がしたが、結局俺は晩御飯の時間になるまでそこから一歩も出なかった。
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