第35話 互に思う

 空に浮かぶ月を見ながら俺は小さく息を吐いた。

 明日、みや姉はカミサマの元へ旅立つ。

 その背中には疫病から村を守り、そしてカミサマを説得するという重たい役目がのしかかっているのだ。

 どうして皆俺の前からいなくなってしまうのだろうか。おねね、源蔵さん、タキ、みや姉そして

 「ははうえ……」

 ああ、だめだ。

 瞳に浮かんできた涙がこぼれないように俺は月を見上げる。

 「俺が……俺が頑張らないと…」

 自室に戻り寝具の上に転がり目を閉じた。

 明日でみや姉とお別れ……明日で…

 泣くまいと思っていても目から涙が溢れ出す。

 少しでもいいから気を紛らわそうと俺は寝返りを打った。はらりと垂れた自身の白銀の髪が視界を遮る。

 「俺の…神様……」

 カミサマに食べられてしまった俺の神様。七歳までは俺のことを守ってくれるはずだった俺の神様。

 「俺の神様がいたら皆のことを助けられた?」

 自分の髪を一房つまんでみる。

 そういえば村長に跳ね返されたあの呪術。あの術自体はあまり強力なものではなかったらしいが、俺には守ってくれる神様がいない上に人を喰って堕ちた山の神様の加護も薄れているため効果が出やすかったらしい。

 誰に術をかけられたのかは当然茂平に言うことができなかった。

 結果、茂平は過去に自分が恨みを買ってしまった術師が茂平自身に呪術をかけたが、それが近くにいて加護が薄い俺の方に飛んでしまったと思ったらしい。

 「すみません。私のせいで……」

 そう言って自分の不甲斐なさに耐えるようにギリギリと拳を握る茂平を思い出す。

 俺がいなければ、茂さんもこんな思いをしなくてよかったのかな…

 申し訳ない気持ちに耐えられなくなる前に俺は瞳を閉じた。

 「ごめんなさい」

 誰にも届くことのないと分かっていながらもその言葉を静かに口にする。

 「ごめんなさい」

 その夜、俺は着物の袖を濡らしながら泣き疲れるようにして眠った。



 夜が明け目覚めた時には既に日が高いところまで昇っていた。

 慌てて顔を洗い茂平を探して部屋の襖を開いていくと

 「あら、御言様!」

 外の景色がよく見える部屋にみや姉がいた。

 みや姉は「お菓子、あるよ」と手招きする。

 少し躊躇いながら側に座るとみや姉が俺の頬を撫でた。

 「御言様、昨晩泣いてたの?」

 みや姉の言葉に俺はぎこちなく首を横に振ったが嘘がバレバレだったらしく、クスッと微笑まれてしまった。

 「お目目が腫れているからバレバレよ。私のために泣いてくれていたの?」

 少し嬉しそうに微笑むみや姉に俺はこくんと頷く。

 「御言様、優しいのね。ありがとう」

 違う、俺は優しくなんて…

 また泣きそうな顔をしてしまっていたのだろうか。みや姉が「ほら、御言様」と俺の頬をムニっと両手で挟んだ。

 「笑って。見送る人は笑って見送るの。そうすれば去って行く人も安心して行けるから。ね?」

 そう言ったみや姉も泣きそうな顔になっていることに気がついた俺はみや姉の両頬を同じように優しく包んだ。

 「みや姉…泣かないで」

 俺の声にみや姉がくしゃりと笑う。

 「御言様も ね」

 暖かな光に包まれたまま俺とみや姉は気が済むまで泣きながら笑った。

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