第33話 一枚上手

 「待て!」

 他の大人たちと同じように巫女の儀式の準備に向かおうとしているその人を呼び止める。

 「……はい?」

 くるりと振り返った村長は俺の方を見て面倒臭そうな表情を浮かべながら辺りを見回した。既に茂平を含めた大人達は村の方へ行ってしまっているため、この場には俺と村長しかいない。

 二人の距離は大人二人分くらいある。大丈夫。

 「お前、あの女の人に何かしたのか?」

 恐怖を押し殺した俺の問いに村長は大きく息を吐いた。

 「なぜそう思ったのかな?」

 そう言って一歩近づいてきた村長から離れるように後退りながら俺はあの時感じた違和感をぶつけてみる。

 「籖を作っている時にあの人が泣き叫ばなかったらお前は不正できなかったはずだ。それにあの人があんなに激しく取り乱していなかったら籖を最後に引くのはお前だった」

 「あ~私が術を使ったとでも思っているのか?」

 村長はニヤリと笑うと

 「別に、ここに来る道中で少し雑談をしただけだ。「あなたの娘が巫女になる夢を見た」な~んてちょっと不安を煽れば人間なんて術を使わずとも思い通りに動かせるからな」

 楽しそうにケラケラと笑っていた村長が俺を指差して目を細める。

 「お前もそうだろう?私の言葉に縛られて。可哀想になぁ~」

 図星を突かれた俺は言い返すこともできず、ただ拳をぎゅっと握りしめ村長を睨みつけた。

 そんな俺を見た村長は「ほほ~う」と驚いたような顔をして顎をなでると

 「そんな目ができるようになったとは…。いやはや、子供の成長には驚かされる」

 嬉しそうにニヤニヤと笑いながら俺の方に歩いてくる。

 「っ!来るな!」

 俺は袖に入れていた人型の呪符を取り出し自分の前にかざした。

 村長は呪符を見て首を傾げると焦りと恐怖で青くなっている俺を嘲笑うかのようにフンと鼻を鳴らし両手を広げ、さらににじり寄ってくる。

 「どうした?使わないのか?ん?」

 呪符を持った手が恐怖で震える。茂平が自室に隠すように置いているお札の中からこっそり持ってきたものだからどのような効果があるのかも分からない。もしかしたら人を殺してしまえるものかもしれない。でも…

 俺は覚悟を決めその呪符を真っ二つに破いた。それと同時に村長の懐からパキンと乾いた音がした。

 「?カハッ!っぐ!?」

 突然襲ってきた鋭い痛みに胸を押さえうずくまる。

 な なんで 俺に  ?

 ヒューヒューと乱れた呼吸をする俺の目の前に村長がしゃがみ込んだ。

 「あ~あ~。私が何の対策もせずに君の所に行くわけがないだろ?茂平に何を教えてもらっているのかと思っていたが…」

 村長は俺の手から破れた呪符を抜き取ると

 「ん~やはり私には分からないなぁ。今度奴に聞いてみるとするか」

 袖に入れ立ち上がった。

 「それにしても本当に効果があるなんてなぁ。少しばかり奮発して正解だった」

 懐から取り出したそれを嬉しそうに眺めている村長を見上げる。

 見覚えのある模様と文字が書かれた木札。あれは…呪術を跳ね返すためのお札だ。

 「な ぜ  そんな もの を」

 俺の問いに村長の口の端がニーッと上がった。

 「いや、私にもこの手のものに詳しい知り合いがいてね。まぁあちらからすればこっちはただのお得意様なのだが…」

 「ゲホ ゴホッ ゴホッ!」

 「あぁあぁ、苦しそうだな。私に歯向かうからそうなるのだ」

 そう言うと村長は俺に背を向け村の方に歩いて行く。

 「っぐぅっ カハッ」

 せめてその村長の知り合いとやらについて少しでも聞き出さなくてはと思うが乱れた呼吸と焼けるような胸の痛みのせいで声が出ない。

 村長は地面に伏せたままの俺を振り返り

 「今回のことも誰かに言うなよ。言えば…分かっているな?」

 冷たく笑い、去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る