第32話 籤引き

 「茂さん!」

 勢いよく襖を開いて部屋に転がり込んできた俺に驚いている茂平にお告げの書かれた紙を見せた。

 『北より来たる疫病、人々を襲う』

 『人の子捧げれば再び村は守られる』

 手渡された紙を見ながら俺の話を聞いていた茂平の表情がみるみる曇っていく。

 「どうしよう茂さん」

 茂平は慌てふためく俺を座らせ手を握り

「大丈夫だからここで待っていなさい」

 と言い走って村まで降りて行った。

 

 しばらくすると村の大人たちがぞろぞろとやってきた。皆、恐れや不安の表情を浮かべている。

 「御言くん、詳しい話をもう一度話してもらってもいいですか?」

 茂平に促された俺はカミサマからのお告げが書かれた紙を見せながら起こったことについて大人たちに話した。

 そして最後に

 「カミサマは再び巫女を欲しています」

 俺がそう言うと大人たちは溢れ出す水のように一斉に口を開いた。

 「どうすんだ、他に巫女にやってもいい奴はいないぞ」

 「こうなれば誰かの娘を出すしか…」

 「うちは嫌よ!大切に育ててきたんですもの!」

 「おらの所も嫌に決まってる」

 「ならどうするんだよ!」

 ざわざわと言い合う声に怒気が帯び始めたその時

 パン パン

 乾いた音が二つ響いた。

 その場にいた全員の視線が一箇所に集まる。

 村長だ。俺は動揺を悟られないように努めて平静を装った。

 「皆さん思うことは同じでしょう。山の神様の巫女になることはとてもありがたい役目ですが私もまだ娘を失いたくはありません。どうでしょう、誰を巫女に出すかを神自身に選んでいただくというのは」

 村長の提案に大人たちのざわめきが引いていく。

 「そうだな、山の神様に選んでもらえば…」

 「それで決まれば恨みっこなしだな」

 皆の意見が一致したのを確認して村長が再び口を開いた。

 「では籤を作りますね。御言様」

 突然名前を呼ばれた俺はびくりと肩を揺らす。

 「紙と筆を持ってきてはもらえませんか?それと籖は私が代表して作りますので私が不正をしていないかの監視役をお願いします」

 笑顔を向けられた俺はぎこちなく頷いて自室に戻った。

 あいつ、何を考えているんだ?不正をするにしても大勢の前で作るのだからそんなことはできないだろうし…

 俺は筆と紙を持って皆の元に戻る。

 「それじゃあ、作りましょうかね」

 紙と筆を受け取った村長が籖を作り始めると皆、緊張した面持ちでその様子を眺めた。

 バツ バツ バツ

 そう書いた紙をちぎって一つずつ折りたたんでいく。

 バツ バツ マル

 今のところ村長が不正をする様子はない。

 バツ バツ バツ

 静かな緊張感の中

 「ああああぁぁぁぁあああ!」

 高い叫び声が空気を切り裂いた。

 全員の視線が声の主である女性に集まる。

 「う、うちの娘が巫女になることになったらどうしよう。娘に何て言えば…!」

 目に涙を浮かべながらしゃがみ込んだ女性に皆、声をかけられずにいる。

 そんな中、女性に視線を向けていない人が一人いることに俺だけが気がついた。

 隣にいるその人をチラッと見ると

 「!」

 着物の袖にマルと書かれた紙をそっと忍ばせたその人と目があった。

 ニヤリと細められたその目に「分かっているよな?」と言われた気がした俺は青い顔でこくこくと小さく頷く。それを見た村長はフンと小さく鼻を鳴らすと

 「さて」

 人当たりの良い笑顔を浮かべ立ち上がり、折り畳まれた紙を風呂敷の上に置いた。

 「皆さん、準備ができましたよ」

 俺は目だけで籖の数を数える。人数分ぴったりだ。

 「では順番に引いていきましょうか」

 村長がそう言うと大人たちがぞろぞろと籖の前に一列に並んだ。

 一人目が籖を引く。

 バツ

 「バツだ!よかったぁ」

 紙に書かれた文字を見て安堵の声をあげた一人目を見て、その後ろに並んでいる人たちに緊張が走る。

 二人目

 「バツだわ!」

 三人目

 「バツだぁ」

 その次もバツ、その次もバツ。

 引いた人たちは笑顔になり、残った人たちの顔はどんどん険しくなっていく。

 そして村長の番が来た。

 残された籖は二枚。一枚は村長の、もう一枚は取り乱し泣いていた女性のものだ。

 「私の番ですね」

 そう言うと村長は皆に背を向け袖から手を出し籖を二枚取ってから一枚戻した。

 村長と目があった。

 籤を引いた時、既に手のひらに隠し持っていた籖と置いてあった籤をすり替えたのを見てしまった俺への牽制だろう。

 村長は先ほど袖に隠したバツと書かれた紙の一つを開いて大げさに思えるくらい悲しそうな顔をして

 「私は…バツでした」

 皆に見えるように紙を開いた。と同時に女性の震えた声が響く。

 「うそ…うそよ!」

 女の人は残された一枚の紙を震える手で開いた。

 マル

 そう書かれているのを見た女性は

 「い いやーーーーーーっ!!!」

 頭を抱えて地面に伏せた。

 「ど、どうして…どうしてうちの子が!!」

 絶望に打ちひしがれる女性に聞こえないような小さな声で大人達が話し始める。

 「よかった、うちじゃなくてよかった」

 「あそこの家は三姉妹だからな。誰を巫女にするんだろうか」 

 「三人いるんだから一人くらい減っても…」

 自分たちではなくてよかったという声が充満していく。

 そんな中、一人泣き叫ぶ女性に村長が優しく話しかけた。

 「とりあえず一度家に帰って娘さん達に報告を。巫女という有難い役目を引き受ければ確実に山の神様のもとに行くことができるので、もしかしたら自ら行きたがるかもしれませんし…」

 女性は村長の言葉に頷くと皆に背を向けトボトボと家の方へ歩いて行った。

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