第30話 神様 カミサマ

 強い衝撃に突き飛ばされた俺はころころと地面を転がる。

 視界は真っ白。そして音も聞こえない。

 何…が?

 起きあがろうとするがどこに地面があるのか分からない。

 は  はう え?

 そう呼んでみるが声が出ているのかさえ分からない。

 しばらく動けずにいると次第に視界と音が戻ってきた。

 「ははうえ!」

 動けるようになった俺は慌てて母上の姿を探す。

 少し先の方に横たわっている人影を見つけた俺はフラフラとそちらに駆け寄る。

 「母上、大じょ――」

 母上の肩を掴んでその顔を覗き込んだ俺は絶句した。

 「は はは うえ?」

 開かれた目に光はなく顔の左側を通るように枝のような細い火傷の痕ができている。

 「は ははうえ?ははうえ?」

 名前を呼びながら肩を揺すってみるが母上は人形のようにガクガクと力なく揺れるだけで、だんだんと冷たくなっていく。俺は震えた。

 知っている。俺は、この冷たさを、知っている。

 「母上! ははうえ!いやだ、なんで…なんで……」

 うまく呼吸ができない。血の気が引いて目の前の光景が、音が、遠くなっていく。

 「はあぁ はあ あ」

 視線をあげてみると遠くに見えるの村の方から誰かがこちらに向かって走って来ているのが見えた。

 俺はどうしたらいいのか分からず母上を抱きしめたまま地面にへたり込み、縋るような小さな声で

 「か かみさま…たすけて   ははうえを たすけて」

 何度も繰り返し呟く。

 「たすけて 誰か」

 『ウウウウ ウウウウウウウ』

 突然、近くで獣のような低く恐ろしい唸り声が聞こえた。

 俺は怯えながらも顔を上げる。

 朱い面のような顔。その口元からはダラダラと涎が垂れている。

 「か かみさま?」

 そう言うと神様は母上に顔を近づけその大きな口を開いた。

 「っ!?だめっ!」

 咄嗟に母上を庇うように覆い被さる。

 だめだ。こいつはあの優しい神様じゃない!こいつは…こいつは、人を喰うバケモノだ!

 恐怖にガチガチと歯を鳴らしながらも母上を守り続ける俺の背にバケモノの涎がだらりと垂れてきた。ひんやりとした液体が背中を濡らす。

 喰われる  喰われる喰われる喰われる!

 そう思ったが一向にバケモノの牙が襲ってくることはない。

 『ウー ウウウ ウー』

 先ほどより小さくなった唸り声に俺は恐る恐る顔を上げる。

 『タベモノ タベモノ ツギハ エキびョう…が……?』

 そこまで言うと神様は驚いたように勢いよく首を上げて辺りを見回した。そして俺の姿を見つけると

 『おや?御言、そんなに震えてどうし――――』

 腕の中を見た神様が焦ったように後ずさる。

 『え? あ  ちが ちがうんだ御言  わたし 私は』

 「うるさい!!!」

 激しい怒りの声をぶつけられた神様は少し怯んだような動きをすると、泣きじゃくる俺に向かって顔の布を伸ばしてきた。

 『み、御言……私は――』

 「もう…いい」

 伸ばしかけた布が俺に触れる前にピタリと止まる。

 「もういい。もう……どこか行け」

 『御言、私は―』

 「どっか行けよ!!!!」

 神様は俺の声にびくりと体を震わせると今にも消えてしまいそうなほど小さな声で『すまない すまない』と言いどこかへ去って行った。

 

 許せない


 ゆるせない ゆるせない ゆるせないゆるせない!!!

 俺は血が滲むのもかまわず唇をきつく噛み締める。 

 どうして母上が。どうして俺ばかり

 すっかり冷たくなってしまった母上の体に顔を埋めて大声で泣きじゃくる。

 どうして どうして 守るって 言ったばかりなのに

 「御言様!」

 村の方から走ってきていたその人が息を切らしながら駆け寄ってくる。

 「ものすごく大きな雷が落ちたので心配…で」

 俺の腕の中を見た彼女はふらっと後ろに倒れそうになりながらもなんとか踏みとどまり、愕然とした表情を浮かべた。

 「み みやねえ」

 俺はみや姉を見上げ顔を引き攣らせながら

 「どうしよう、俺………どうしよう」

 大声で泣いた。

 

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