第29話 胡蝶の夢

 「ほっ!えいっ!」

 俺は追いかけていた蝶を手のひらで包み込むようにして捕まえた。指の隙間から手の中をのぞいてみると黄色の蝶が翅をパタパタと動かしている。

 俺は嬉々として母上の元に駆け寄り

 「母上、はいっ!」

 目の前で手を開いた。黄色の蝶は俺の手から離れ青い空へ飛び立って行く。

 蝶が飛んでいくのを見送ってから母上が俺の頭を撫でた。

 「ありがとう。綺麗な蝶々だったわね。これは母からのお返しよ」

 そう言って手渡されたのは花束だった。桃色や黄色、白の花がとても可愛らしい。

 「わ~!ありがとうございます母上!」

 花束に鼻を近づけてその匂いを胸いっぱいに吸い込む。

 「いい匂い~。そうだ!八千代にも持って帰ってあげよ!」

 俺は貰った花束を落とさないように帯に挟んで再び花畑を駆け回り、なるべく大きくて綺麗な花を探してそれを摘み取っていく。

 「できた!」

 両手でしっかりと花束を持って笑顔でこちらを見ている母上の元へ戻った。

 「まあ!綺麗ね!早く八千代に持って行ってあげましょうね」

 俺は花束を片手にしっかりと握り、反対の手で母上の手を握る。

 「八千代、喜んでくれるかな?」

 「お兄ちゃんが一生懸命集めてくれたんですもの。きっと喜んでくれるわ」

 「えへへ」

 そんな話をしながら青空の下を歩いて行く。

 この時間が続けばずっと母上に甘えられるのにという思いと、早く妹にお土産を渡したいという思いが交差する。もっと母上と遊びたかったなぁと思いながらも妹の喜ぶ笑顔を想像すると自然と歩調が速くなってしまう。

 「   」

 ゆっくりと足を止めた母上から名前を呼ばれ、俺も歩みを止める。

 「せっかくだし、ね。ほら」

 そう言うと母上は両手を広げた。今度は俺も躊躇うことなくその腕の中に飛び込む。

 俺を抱きかかえた母上が少し寂しそうな顔で

 「次こうして抱っこしてあげられるのはいつになるかしらねぇ」

 頬を寄せた。

 「なら、次帰ってきたら時も…抱っこして?」

 少し照れながらもそう言うと母上はふふっと笑って「もちろんよ!」と頷いた。

 「何度だって抱っこしてあげるわ。お歌も歌ってあげるし面白いお話だってしてあげる」

 だからね、と母上が続ける。

 「毎日よく笑って、ご飯もしっかり食べて、大きくなるのよ」

 「うん!お勉強もちゃんとして皆んなのことを守れるようになる!」

 「ええ!母上も応援しているわ」

 暖かな春の風が俺たちを包み込む。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、遠くに村が見えてきた。

 「母上」

 そう言うと母上は名残惜しそうに地面に俺を降ろした。そしてぎゅっと抱きしめて頭を撫で

 「さ、帰りましょ」

 微笑んで俺の手を優しく握った。

 「うん!」

 俺は帯に差している母上から貰った花束を撫でてから再び歩き出す。



 と同時に俺たちは白く眩しい光に射抜かれた。

 

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