第27話 掌中の珠
冷たく長い冬が過ぎ、暖かな春がやってきた。
「ふ ふぎゃーー!」
「あらら!八千代、起きちゃったの?」
よいよいよーい、と言いながら生まれたばかりの妹をあやす母上。
俺はそんな和やかな光景に目を細める。
タキが巫女になってから半年以上が過ぎた。
当時はとても暗い空気が漂っていた村も今は元の穏やかさを取り戻している。
妹が生まれてから俺は週に一回、自分の家に帰るようになった。もちろん母上の手伝いをしたり可愛い妹の様子を見に行くためでもある。だがそれ以外にもやらなくてはならないことがある。
俺は戸口に貼り付けたお手製のお札に触れ、それから同じく妹のために作ったお手製の産着の背守りがきちんとついているか確かめた。うん、どちらも大丈夫そうだ。
ここ最近、物の怪が民家の近くまでやってくるようになった。奴らは家の中に入りはしないものの中を覗くような動きをしたり外にいる村人の後ろをのそのそとついて行ったりと、ほんの少しだが知性があるかのような行動をし始めた。
茂平が片っ端から見かけた物の怪を祓ってくれてはいるものの、数はあまり減っていないような気がする。
ほんとう、雑草みたいな奴らだ。摘んでも摘んでもどんどん現れる。
妹の柔らかい頬をぷにぷにと触っていると母上が俺の頬にツンと触れた。
どうやら自分でも気がつかないうちに険しい表情をしていたらしい。母上が困ったように微笑んでいる。
「うぅ びゃーーーー!」
突然、妹が大きく泣き出した。どうやら俺の顰めっ面が怖かったらしい。
「わわっ!ごめんって!ほら!」
俺は慌てて妹のお気に入りのおもちゃである抱き人形を手に取った。
「や、八千代~泣かないで~」
声に合わせて人形をぴょこぴょこと動かすと妹は先ほどまでの大泣きが嘘のようにキャッキャと笑い始めた。
「あらあら御言様、すっかり八千代ちゃんをあやすのが上手になりましたねぇ」
「ほんとほんと!すっかりお兄ちゃんになって」
「ついこの前まで御言様があやされる側だったのに」
「「「ねぇ~」」」
いつのまに来ていたのだろうか。近所のおばさんたちが戸口からひょっこりと顔を出してニコニコと俺のことを見ていた。
「そうなんですよ、もうすっかりお兄ちゃんになっちゃって~」
母上まで一緒になってニコニコと笑う。
自分よりも小さく柔らかい妹を見ているとつい世話を焼きたくなってしまうだけで別に良いお兄ちゃんでいようと思ったことがなかった俺は思わぬところで褒められ、嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなるのを誤魔化すように再び妹の頬をムニムニと触り始めた。
思っていることが透け透けだったのか、大人たちは顔を見合わせてさらにニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「そうだ!ねえ、八千代ちゃんのことは私らが見とくから御言様とお散歩にでも行ってきたら?」
おばさんの一人が母上に言った。するとほかのおばさんたちも
「そうね!気分転換にもなるでしょうし」
「御言様だってまだまだお母様に甘えたいお年頃だしね~。ね、御言様」
「い、いや、俺は別に!」
母上に甘えるなんてそんな恥ずかしいこともう出来ない!
俺はおばさんの言葉に動揺を隠せず、わたわたと手を動かす。
「そうね。たまには御言お兄ちゃんのことも甘やかしてあげないとね」
そう言うと母上は妹を抱えておばさんたちの方へ歩いていく。そしておばさんの一人に妹を預けた。
腕の中でふにゃふにゃと笑う妹におばさんたちから「あんらまぁ~」と黄色い歓声が上がる。
「は、母上ぇ~」
情けない声を上げる俺に母上が手招きする。
「ほら御言。行きましょう」
優しく微笑む母上と俺に向かって頷いているおばさんたち。
「んぅ~」
気恥ずかしさとそれを上回る嬉しさに声を漏らしつつも俺は差し出された母上の手を取った。
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