第26話 神様の言う通り
高く柔らかな声。
「タキ?」
聞き間違えるはずがない。あの声はタキの声だ。
「タキ!」
もう一度その名前を呼ぶが返って来る声はない。
『大丈夫』
代わりに神様の声が闇に響く。
『タキにはこの村を守ってもらうよ』
そう言うと六つの小さな塊になったタキを美しい模様の布がくるくると包みだした。
赤や金、銀の美しい刺繡が月明りに照らされ水面のようにきらりと輝く。そしてすっぽりと布に包まれたタキが祠の前に並べられた。
『頭はカシラギとの境に、腕はテシロとの境の二か所に、足はアシヅキとの境の二か所にそれぞれ埋める。それらを桶の血でつなぐ。白い布を血で濡らして埋めた場所に置いておく。言うとおりにすれば村は守られる。』
神様の言葉に男たちは嗚咽を漏らしながら頭を下げる。
男たちが小さくなったタキをそっと抱えた。ある者はそれをじっと見つめ、またある者は悲しそうな顔をしてそっとそれを撫で、またある者は恐ろしい物に触れるようにガタガタと歯を鳴らした。
祠の前にはタキの胴と捧げられた食べ物。突然それらがふわりと宙に浮いた。
次は何が起こるのかと全員の恐れの視線がそちらに集まる。
『これらは私がもらうね。捧げものは受け取らなくては。ねえ?受け取らなくては』
カタリと音をたてて祠の扉が少し開いた。その奥には闇が広がるばかりである。
「あ」
宙に浮いていたものがするりと祠の中に吸い込まれていった。そして扉がカタリと音をたてて再び閉じる。
『美味しい 美味しい 食べ物 食べ物』
神様の嬉しそうな声と共に祠の中からバリバリという音が漏れ出てきた。
『美味しい 美味しい』
むしゃむしゃ バリバリ
祠の扉の下の方からタラリと赤い液体が垂れた。
俺たちは静かにそれを見つめる。
考えてはいけない。中で何が起きているのか、考えてはいけない。
そんな空気が空間を支配していた。
「……――」
そんな中、茂平が虫の声のように小さな声で何かを言った。
それを聞いた男たちはハッとした顔をすると儀式で使用した物を担ぎ、早足で村へと続く道の方へ歩いていく。
「御言くん……」
俺も茂平に背中を押されながら歩き出す。
広場を出てからも神様の『美味しい 美味しい』という声が山の葉を揺らしていた。
村へ下りた俺たちは神様に言われた通り、白い布を用意してそれを血で赤く染めた。そしてカシラギの方へ向かって歩いた。
真っ暗な夜の世界を包む重たい沈黙。
カシラギに到着した俺たちは近くに合った木の傍に穴を掘ってそこにタキの頭を埋めた。そして木に赤く染まった布を結びつける。
テシロとの境へ俺たちは歩いていく。カシラギからタラタラと線を引くように桶に溜まったタキの血を垂らしながら。
そして同じように腕の片方を埋め、次の場所へ。次の場所へ。
そうして村を囲むように出来上がった結界は確かな効果を発揮した。
夏、雨は相変わらず降り続け作物は枯れ果てた。そして例年よりも短い秋が過ぎ、やって来た冬。ついに蓄えていた食料も底をつき食べるものが無くなった。だが山の神様が住む山には例年より多くのどんぐりやキノコが生えており、俺たち村人はそれらを食べて無事に冬を越すことができた。
だが村の外では多くの餓死者が出たらしい。ある者は他の村へ行くと言い、それきり帰って来なかったらしい。またある者たちは口減らしのために子を殺め、村のはずれや村の境に大きな穴を掘ってそこに埋めたという。
冬が終わり春が来た。
この年から俺たちの村では神様への感謝と巫女であるタキの魂を慰めるために小さな祭りが行われることになった。
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