第25話 儀式

 男たちが輿を地面に降ろし、桶に入れていた捧げものを祠の前に敷いた白い布の上に並べていく。

 どうやら神様の声は俺にしか聞こえていなかったらしい。神様が喜んでいるせいだろうか、肌に触れる空気がゆらゆらと揺れている。


 すべての準備が整った。

 茂平が錫杖をシャンシャンと二度鳴らすと、巫女が祠の前まで歩くための道を作るように並んだ男たちが一斉に歌い始めた。

 松明の赤い光に照らされたタキが輿から降り、ゆっくりと祠の方へ進んでいく。

 厳かな雰囲気の中、俺は歩みを進めるタキの横顔をじっと目で追いかけた。硬く閉じられた薄桃色の唇が小さく震えている。

 タキが祠の前で立ち止まるのと同時に男たちの歌が止まる。

 静寂の中、神様の声が響いた。

 『約束、守ったね。私も、守ろう』

 突然聞こえた神様の声に驚いているタキの体がふわりと宙に浮いた。祠の中から伸びた布のようなものがタキの体に巻き付いているのが俺には見えた。

 首、両手、両足そして胴に巻き付いた布。タキにはそれが見えているようで不思議そうに自身の両手両足をきょろきょろと眺めている。

 『御言』

 神様に名前を呼ばれた俺はハッと顔を上げる。祠の中にいる神様と目があったような気がした。

 『御言、その桶を持っておいで』

 祠の奥から伸びた布が捧げものを入れていた空の桶を指し示す。

 俺は神様の言う通りにその桶を持って祠の前へ進んだ。

 宙に浮いたままのタキと目が合った。

 不安そうな顔をしているタキを少しでも安心させたくて俺は大丈夫、と目で伝えた。タキの表情が少し和らいだような気がする。

 『じゃあ、それをここに』

 白い布はタキの真下の地面を指し示している。

 俺は桶を置いて元の位置へ戻った。神様が何をしようとしているのか、それは俺にもタキにも、村の男たちにも分からなかった。

 『では始めよう』

 神様の声が薄闇の中に響くと同時に

 「ぎっ あああああ!」

 耳を劈くような甲高い叫び声が空を貫いた。

 俺たちは息をすることすらも忘れ、目を見開いて目の前で起こっているその光景を見ていた。

 四肢と頭を別々の方向に引っ張られ絶叫する少女。メリメリという嫌な音が少女から聞こえてくる。

 目玉が零れ落ちるのではないかというほどに見開かれた少女の血走った目が俺の姿を捉えた。

 「みこ  さま   た   て   ころ   て」

 少女の口が動いた。

 その言葉を読み取った俺は祠に向かって叫ぶ。

 「神様!首を!意識を落として!」

 俺の言葉の意味を理解したのか少女を引っ張る布が止まった。そして

 

 ごきッ

 

 少女の頭部が物凄い速さで一回転した。

 少女の体から一気に力が抜ける。

 そして再び白い布に引っ張られ嫌な音をたて始めた。

 少女の履いていた草履がずるりと足から離れ、赤い液体を湛えた桶にポチャリと落ちてしぶきを上げた。

 やってしまった

 咄嗟に出てしまった自分の発言に俺は眩暈を起こした。恐怖に染まったタキの目が焼き付いて離れない。

 ぶちっぶち と不快な音が鳴り響く。

 やってしまったやってしまったやってしまった!いや、でも、もうあの状態では助けたところで…。でも…でもっ!


 ぶつん!


 何かが切れる音がして俺は我に返る。

 宙に浮いた六つの塊。桶に流れる赤い液体。鉄のようなにおい。

 「お おええぇぇぇええ」

 誰かが吐いた。

 それを皮切りに嗚咽や叫び声があちこちから響く。

 俺は石のように固まったまま目の前の光景にただ立ち尽くす。


 (――――よ)


 何かが聞こえた気がした。それは男たちも同じようで皆がキョロキョロと空を仰ぎ見る。


 (大丈夫だよ)


 混沌とした場を包みこむように澄んだ声が響いた。

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