第23話 壱の巫女

 次の日の朝、俺と茂平は村へ下りた。相変わらず雨は桶をひっくり返したようにザアザアと降っている。

 村の中央へ行くとそこには既に男が数名集まっていた。その中にいたそいつを見た俺はサッと茂平の後ろへ隠れるように移動した。

 「おはようございます、村長」

 何も知らない茂平が村長へ挨拶をする。

 こちらに気が付いた村長はニコリと笑うと

 「やあやあ茂平様。おはようございます。御言様も」

 俺の顔を見た。

 恐怖で口を開けずにいると茂平が俺の頭を撫でた。

 「ほら、挨拶はしっかりするように教えたでしょう?」

 茂平に促された俺は小さな声で「おはようございます…」と挨拶をした。

 そんな俺を見た村長が目を細める。おそらく俺に恐怖という縛りが効いていることに安心したのだろう。

 俺はサッと村長から目を逸らすと再び茂平の後ろに隠れた。

 「さて」

 村長は何事もなかったかのように集まった男たちに声をかける。

 「それでは巫女を迎えに参りましょうか」

 俺たちは村長に続くように村の境の河原に向かって歩き出した。



 巫女の住んでいる家は小さな小屋のような家だった。

 村長が戸を叩くと巫女の両親であろう男女が出てきた。

 「ようこそおいでくださいました。ささ、中に」

 女性に続いて俺たちも家の中へ入る。

 薄暗く、ところどころ雨漏りしている狭い家の奥に巫女はいた。

 長い黒髪を垂らした彼女は俺たちを見ると静かに頭を下げた。

 歳は同じくらいだろうか。きりっとした目元が印象的な彼女は何も言わずに俺たちを一瞥すると、自分と向かい合うように座っている両親の方へ顔を向け頷いた。

 両親は口元を少しだけ緩めると

 「それでは、よろしくお願いいたします」

 と頭を下げた。

 男たちが一斉に動き出す。

 少女の前に盃を置き、それに酒を注ぐ。そして魚や野菜など、少し豪華な料理を次々と並べた。

 それを見た少女の両親の喉がゴクリと鳴る。冷やりとした瞳を自分の目の前に置かれた食事に向ける少女。

 「では」

 村長がそう言うと少女と両親は目の前の食事に手を伸ばした。

 

 食事をしながら楽しそうに歓談する三人。

 「タキ、山の神様の所で幸せになるんだよ」

 「巫女に選ばれるなんて、よかったなぁ、よかったなぁ」

 そう言って目に涙を浮かべながら料理を食べる両親。

 それに対し、巫女であるタキという少女はあまり食事に手を付けることもなく「はい」「はい」と両親の言葉に頷くだけである。

 俺は複雑な感情を表に出さないように気を付けながら少女の方へ視線を向ける。

 膝の上に置かれた彼女の手はぶるぶると震えていた。


 食事が終わったのを確認し、男たちが空になった皿を片付ける。

 「じゃあタキ。いい子にね」

 「お父さんもお母さんもタキの幸せをずっと願っているよ」

 そう言って抱き合う三人に村長が声をかける。

 「それでは巫女様。参りましょう」

 タキは名残惜しそうに両親から離れると二人にゆっくりと深く頭を下げた。

 「お父様、お母様、今までお世話になりました」

 頭を上げたタキは俺たちと一緒に外に出た。男の一人が傘をさし、タキの頭上にかざす。

 俺たちは村の方へ歩き出す。

 途中、何度も後ろを振り返るタキであったが、家が完全に見えなくなってからはずっと足元に視線を落としていた。

 タキを連れた俺たちは山のふもとの神社へ帰って来た。

 そこで待っていた村の女たちがテキパキとタキを茂平の家の方へ連れて行く。

 「では後は」

 村長と男たちはタキの背中を見送ると村の方へ戻っていった。

 


 身を清め終わったタキは茂平の家の一室、この家で一番長めの良い部屋に通され女たちに真っ白な着物を着せられ化粧をされた。

 山の神様の元へ向かうのは夜中になるらしい。

 すべての準備が整った時には既に日が落ちていた。

 タキは一人、部屋から空を眺めていた。

 分厚い雲の隙間から月明りが細い糸のように垂れさがっている。

 「お父さん…お母さん…」

 そう呟いてギュっと拳を握る。

 泣いてはいけない。これは立派な役目なのだから。

 そう思っても両目からは涙が次々と零れ落ちる。

 嫌だなあ。家に帰りたい。誰か私を連れ出して

 スッ

 自分の背後で襖が開く音がした。

 驚きつつそちらへ視線を向ける。

 月明りに照らされた白。吸い込まれるような鮮やかな赤。

 そこには配膳具を持った少年が立っていた。


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