第22話 闇が降る夜

 ずぶぬれになった着物を着替え、夕食の準備に取り掛かる。

 三穀飯にたくあん、煮物に干しっ葉汁。

 今は食べるものにはあまり困っていないが神様捧げものをしなければこの冬は相当厳しいものになるだろう。しかも最近、物の怪たちを見る回数が増えた気がする。

 そんな中で物の怪を祓えなくなるなんて…

 ざあざあと降る冷たい雨の音がじわじわと広がり、体を這いあがり、俺を黒い沼の中へ誘い込んでくる。

 あの時ああしていればよかった。あの時も、あの時も、あの時も。

 深い後悔が両目からぽろぽろと溢れ出る。今更悔やんでも仕方ないと分かっていても、浮かんでは消える気泡のように思考は止まらない。

 「ふ うぅぅぅ」

 喉の奥から声が漏れ出る。足に力が入らなくなった俺は闇の中にしゃがみ込む。

 そのまましばらく泥中に身を預けていると

 「御言くん⁉」

 背後から声がして俺の肩を優しく掴んだ。

 「大丈夫ですか⁉どこか具合が悪いですか?」

 泣いて赤くなった目を向けると心配そうな顔をした茂平がそこにはいた。

 俺はずびっと鼻をすすってから首を横に振る。

 茂平はホッと息を吐くと俺の背中を大きな手のひらで撫でた。

 「ご飯の準備の続きは私がするので御言くんはお部屋で休んでいてください」

 そう言って自身の疲れを隠すように微笑む茂平の足元へ視線を落とす。

 「…茂さん、俺………」

 言葉に詰まった俺の顔を覗き込むように茂平が小首を傾げる。

 静かな短い沈黙の中、俺は口を開いた。

 「俺…俺、物の怪祓えなくなった!」

 わッと泣き出した俺を前に茂平は何も言えずに固まったまま目を見開いていた。



 夕飯後、俺は縁側に出てぼーっと外を眺めていた。

 相変わらず真っ暗な空からは雨が降っている。

 あの後、俺は今日起こったことを茂平に全て話した。物の怪を外で見かけたこと。それを祓おうとしたがなぜか祓えなかったこと。そして茂平の師匠と名乗る医者と話したこと。

 茂平は黙って俺の話を最後まで聞いた後

 「でも、それだけで済んでよかった」

 と涙声で俺の頭を撫でた。

 ひとしきり泣いて冷静になった俺は茂平に生贄のことについて尋ねた。俺のことよりもそちらのことの方が大変だと思っていたが、それについては意外とあっさり決まってしまったらしい。

 「エタの子を…」

 エタ。その呼び名は村の大人たちがコソコソと言っていたので薄っすらと聞いたことはあるのだが、実際にその人に会ったことはない。その人、いや、その人たちは村の境の河原に住んでいるらしい。

 俺が生まれる少し前、そこの夫婦に女の子が生まれたらしい。その子を生贄にするのだと。

 誰かを出さなくてはならないことは皆分かっている。これは仕方のない犠牲だ。むしろ山の神の元に行けるのだから、村人の役に立てるのだからと満場一致で決まったらしい。

 俺は目を閉じて名前も知らぬその少女に向かって頭を下げる。

 「………」

謝っても謝りきれない。

 「…………」

 ざあざあと響き続ける雨音は俺たちを深い、深い闇に染め続けた。

 

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