第21話 医者と名乗る男
「あははは。面白い子だ」
ヒラヒラの付いた笠をかぶった背の高い男がケラケラと楽しそうに笑っている。
この人は…
見覚えのある姿に俺は少しだけ緊張を解く。
それを見た医者はクスリと笑うと俺に小さな木箱を手渡してきた。
「いやはや、大変なことになりましたねぇ。あ、それ、お薬です。茂平がいなかったので」
俺は受け取ったその箱を少しだけ開けてみた。
「うっ⁉」
鼻をつく匂いに顔をゆがめる俺を見て医者が再び楽しそうに笑いだす。
何なんだ、この人は。
顔に出ていたのだろうか。俺の心を読んだかのように医者が口を開いた。
「私は茂平の…師匠?ですよぉ。ところで君、先ほど「なんで」と言っていましたね?なんでだと思います?」
茂さんの師匠だと名乗る医者は「はいっ」と俺に答えるように手で促してきた。
「なぜって……」
なぜなのか全然分からない。そもそも物の怪を祓えなくなっただけなのか、他の術も使えなくなっているのかすら分かっていないのだ。そんなこと訊かれても
「他のは使えると思いますけどねぇ」
驚いた俺は目を見開いて医者を見上げた。
笠のヒラヒラの隙間から覗く透き通るような青色がこちらを見ていた。
「え…あの…」
二度も心の声に答えるような発言をされた俺は狼狽えた。だが医者は別にどうこう言うわけでもなくただじっと俺の返答を待っている。
「あの、もしかして俺の心―――」
「違うでしょう?」
医者は俺の顔の前に人差し指をたてて俺の言葉を遮ると、その青い瞳をすっと細めた。
「今はその話ではないでしょう?」
俺は医者の圧に口を閉ざし、再び問いの答えについて考える。
物の怪を祓う力だけが無くなった…。なぜその力だけが無くなったのだろう。俺は何かしただろうか?例えば神様を祓おうと…
「あ」
した。あの雨の日、俺が手を伸ばしたのは物の怪祓いのお札だった。でもそれだけ?たったそれだけで?
「まぁそれだけあちらさんも君のことを警戒していたのでは?」
「俺のことを?神様が?」
医者はきょとんとしている俺の白銀の髪を一房つまんで
「君、結構力が強いみたいですし。本当は全部奪うつもりだったんでしょうけれど君の神様が抵抗したので一つしか取れなかったみたいですね」
そう言って短くなった髪の先を俺に見せた。
山の神様以外にも神様っていたんだ…。というか
「その話と俺の髪、何か関係があるんですか?」
俺の問いに医者は「ややっ!なんと!」と大げさに驚いて見せると困ったように少し肩をすくめた。
「ヒトの子は七つになるまでは神がついているんですよ。しかし君の神様はその白銀の髪と共に食べられて消滅寸前の状態。これも時間の問題でしょうが。さらに山の神が堕ちたことによって君の山神の加護は少ーしずつ薄れています」
つまりは…と医者がまっすぐ俺を見つめ
「君、二十くらいで死ぬと思いますよ?」
何のためらいもなく言い放った。
突然の宣告に俺は息をのむ。
そうか…あと十数年で……
でも元はとうに失っていたはずの命なのだ。ならば今更寿命が短くなったところでどうともない。重要なことは
「あと数十年で村の…皆の平和を取り戻せると思いますか?」
俺はすべてを見透かすかのような青い瞳に問いかける。
すると医者は面白いものを見た、という風に目元を細めると
「さて、どうでしょうねぇ?君の頑張り次第じゃないですか?」
と言ってくるりと俺に背を向け
「私はこの村のヒトがどうなろうと構わないので手伝う気はないですけれどねぇ?」
と言い音もなく歩き出した。
俺は去り行くその背中に問いかける。
「でも茂さんの師匠なんですよね?茂さんに何か起こるかもしれないのに放っておくんですか?」
ずるいことだと思いながらも俺はそう口にした。
俺の問いに医者が肩越しにこちらをちらりと見て口を開く。
「はい。別に彼がどうなろうと構いませんよ。説明するのが面倒だったので師匠だと名乗っただけで私は別に茂平の師匠ではありませんからねぇ。まあ、彼がどう思っているのかは知りませんが」
そして再び歩き出し
「それに、ヒトの子ひとり消えたところでという感じですしねぇ」
と言い、降りそそぐ雨粒を手に滑らせた。
大きな水の粒が細い指先から離れ、水たまりに落ちて消える。
その粒がひときわ大きな波紋を作ったのを見てから、俺は医者の方へ視線を戻す。が、そこにはただ雨が降り注ぐ大きな水たまりがあるだけであった。
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