第20話 なぜ?

 次の日、茂平は早朝から村へ降りて行った。

 おそらく昨晩俺が話したこと――――つまり災厄とそれを防ぐための生贄について伝えに行ったのだろう。

 多くの神様は生贄として若くて美しい女性を望むことが多いと前に茂さんから聞いたことがある。

 きっとこの村からも誰かが差し出されるのだろう。

 嫌だ

 布団に横になったまま外の景色を眺める。今日も大きな雨粒が青々とした木々をより一層青く染めている。

 自然による災いは人間の力だけではなかなか止められないと茂さんは言っていた。ゆえに神の力を頼るしかないのだと。

 今回は神様の方から人間を助けることを提案してくださったから良かったらしい。

 「普通であれば生贄などを捧げても神様の救いを得られることは滅多にないんですよ」

 茂平は複雑な表情をしてそう言った。

 俺に力があれば何か変わったかもしれないのに。

 そう。例えば神を思い通りに―――

 そこまで考えかけた俺は頭を振る。

 いや、それではあの忌まわしい男と同じだ。

 大きくため息をついて布団から起き上がる。

 多少体は痛むものの少し話したり歩くくらいならできるようになっていた俺はそのまま縁側まで出た。

 雨音や蛙の声がより一層近くで聞こえる。

 ここなら余計なことを考えずにすみそうだ。そう思い座ろうとした時

 

 ばちっ


 雨音に混ざって何か聞こえた。

 音のした方を見てみると、小さな物の怪が敷地を囲むように張られた結界に行く手を阻まれその場に立ち尽くしていた。

 そうだ。俺は俺にできることをしないと。

 座るのを止めて自分の部屋に戻る。そして何枚かお札を作ると傘を片手に外に出た。

 相変わらずその黒い影はその場にいた。

 八寸ほどの小さな物の怪。このくらいの大きさ、力のものなら今までに何度も祓ってきた。

 俺はいつもと同じように物の怪祓いのお札を口元にかざして呪文を述べ、そいつに向かって札を飛ばした。

 お札は見事物の怪に当たり、その小さな体に巻き付いた。

 一発成功。

 以前よりうまく飛ばすことができるようになったことに俺は小さくガッツポーズをつくった。

 あとは物の怪が消滅したのを確かめるだけ。

 「あれ?」

 いつも通りならばジュゥウと音をたてながら消滅するはずだが物の怪が消える気配は一向にない。

 おかしい

 俺は縁側から再び部屋に戻り、次は清めの塩を手に戻った。

 呪文を口にしながら塩をそいつに投げつける。が、やはり消える気配はない。それどころか物の怪に巻き付いていたお札が雨に濡れて剥がれ落ちた。

 最悪の考えが頭をよぎった俺は傘を投げ捨て走って部屋に戻る。

 そして今までに作ってきた物の怪祓いのお札を全部持って外に出た。

 先ほどと同じようにお札を構え物の怪に向かって飛ばす。 

 当たった。が、何も起こらない。

 「なんで…なんでっ!」

 何度も何度も同じことを繰り返す。が、結果はすべて同じだった。

 

 俺は雨の中、一人で立ち尽くす。

 逃げてしまった物の怪のいた場所には湿ってふにゃふにゃになった無数のお札。

 「どう……しよう」

 あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。

 なぜ?なぜ物の怪が祓えなくなった?

 「なんで……なんでだよ‼」

 「はて、なぜでしょうねぇ?」

 真後ろから鈴のように澄んだ声が聞こえ、俺はびっくりして思わずその場から飛びのいた。

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