第16話 崩壊の調べ
誰かの話す声が聞こえたような気がしてハッと目を覚ます。
視界に映ったのは見慣れた天井。
「あら、起きたの?」
聞き慣れた優しい声が尋ねる。
声の方へ顔を向けると温かな笑みを浮かべた母と目が合った。
「あまり皆さんに迷惑をかけてはダメよ。山の祠に行って帰ってこないからどうしたのかってちょっとした騒ぎになっていたのよ。お昼寝するならせめて茂平様の所まで降りていらっしゃいな」
お昼寝?祠の所で?
赤く染まった地面と男たちを貪り食う神様を思い出し、恐怖のあまり全身から汗があふれ出る。
言わなくては
おねねと源蔵さん、そして
「おや、よかった」
ここにいるはずのない、いてほしくない男の声に俺はびくりと肩を震わせる。
「そん――」
俺が青い顔で口をパクパクさせながら母上の斜め後ろにいるその人の顔を凝視していると
「おや?怖い夢でも見たのですか?」
その人――村長は困ったような顔をしてハハハと笑った。
なぜ村長が家に?
そんな俺の疑問に答えるかのように母上が口を開く。
「こらこら。村長さんは祠の前で寝ていたあなたを家まで送ってくださったのよ。さ、お礼をお言い」
祠の前で寝ていた俺を…?村長が…?
自分の記憶と母が言っていること、村長のいつも通りの反応に混乱していると
「お二人、ちょっと」
戸口の方から男が顔を出した。
「あら?どうされました?」
母が立ちあがってそちらへ向かう。
「いやぁ……」
男は口をもごもごとさせながら俺をちらちらと見て、
「少し……大人だけで話さねばならないことが…。…実はおねねと源蔵が―――」
ぼそぼそと二人が何かを話している。
男の話を聞いている母の表情が曇る。
一通り話し終えたのか男が再び首をこちらに向け
「村長も少々。茂平様の所で今後のことなど……話さねばならないことが」
「分かった。二人は先に行っていてください。私は――」
村長がちらりとこちらに視線を送る。
「私は少し彼と話さなくてはならないことがありますので」
俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
本当に村長が俺を家まで運んだのならまずい。あの場で起こったことをずっと見ていたことがばれているのなら口封じのために何をされるか分からない。
「はは うえ」
外へ出ようとする母に、か細い声で呼びかけるが
「大丈夫よ、すぐに戻って来るからね。眠いならまだ寝ててもいいのよ」
と言い残して足早に出て行ってしまった。
家の中には俺と村長の二人きり。
村長は戸口の方まで行くと、顔だけ外に出して二人がいないのを確認して戸を閉めた。
部屋の中が一気に薄暗くなる。
険しい顔をしている村長がドカドカと大股でこちらに戻ってくる。
俺は村長から逃げるように床の上を這う。が、
「おい」
村長はドスの効いた低い声でそう言うなり、俺の頭をつかんで床に押し付けた。
もちろん子供の俺が大人の男の力に勝てるはずもなく、足を潰された蟻のようにジタバタと意味もなくもがくことしかできない。
「おい、お前、全て見ていたのか?」
初めて向けられる大人からの明確な敵意の眼差しに、俺は歯をガチガチと鳴らしながらヒーヒーと泣く。
村長はイライラした顔をしながら俺の髪を引っ張り、無理やり顔を起こさせる。
「おい、どうなのかと訊いているだろ⁉」
ガクガクとそのまま頭を揺すられ、俺の顔は恐怖の涙でぐちゃぐちゃになる。
泣き喚くだけで一向に返事をする気配のない俺にしびれを切らしたのか、村長は懐から取り出したものを突き付ける。
「あ いやだあぁぁああ」
それを見た俺はパニックになりジタバタと暴れる。
部屋に置いてあった壺が落ちて割れた音がしたが、構わず暴れる。それほどまでにそれは俺にとって恐ろしい物だった。
赤い紙と不思議な形に結んだ細長い紐のようなもの。
それは村長と男たちが儀式に使用していた物だった。
村長はそれらを俺の目と鼻の先まで近づけるとにやりと笑い
「母上とお腹の兄弟を死なせたくはないだろう?ん?お前が私の質問にきちんと、正直に答えれば私は彼らに危害を加えないと約束しよう。さあ、いいか?お前はすべて見ていたのか?」
村長の問いに俺は頭をぶんぶんと縦に振る。
「チッ。面倒な…。では次だ。私が戻ってきたとき、死体どころか血痕すらきれいさっぱり消え去ってたが……あれは誰の仕業だ?山の神か?あ?」
すべて消えていた?そんなの知らない!
俺は何度も首を横に振りながら「しらない しらない」と泣き喚く。
村長は「使えないやつめ」と言い放ち、
「では最後の質問だ。あの化け物はどこへ行った?儀式が上手く行っていれば奴は私の……。いや、それは今は確かめようがない…。さあ、言え!あの化け物はどこへ行った⁉」
「うぅぅ 門 閉める って どこかに」
その答えを聞いた村長は俺から手を離すとゆっくりと立ち上がり、
「ふっ ははは はははは」
笑い始めた。
「そうか、門へ行ったか。それは良かった。ふふっ ははは」
そのまま戸口の方へ行き戸を開ける。
そして目だけでこちらを見て
「賢い君なら分かっているだろうが、私のしたことについて他人に話せば全てを失うことになるぞ。覚えておくといい」
と言い、赤い紙と紐のような物を再び俺によく見せるようにしながら懐にしまい、家から出て行った。
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