第14話 表と裏、裏と表
村長の言葉がイヤにはっきりと耳に響く。
お ねね
げんぞ さん
おねね げんぞう さん
祠の前に横たわる塊の名前。
おねね
神様の所に残ると言って優しい笑顔を浮かべたあの子。
源蔵さん
先立った両親の代わりによく働き、妹のおねねのことを一番の宝物だと言って照れたように笑っていた彼。
どうして
どうして?
どうして村長たちは二人のことを捧げものと言っている?
どうして村長たちはまだ昼間なのにおねねをこの場所に連れてきている?
どうして
どうしてどうして
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして??????????
そんな疑問を反芻し続ける。
『なぜ?』
神様の純粋な疑問の声が響いた。
『なぜお前たちはそこまでして己の願いを叶えようとする?』
殺しをした人間は山の神様に迎えに来てもらえず、魂の帰るべき場所に帰れなくなる。そしてその魂は永久に村をさまよう影になってしまう。
むかし昔から村に伝わる教えの一つ。子供が親から聞かされる教えの一つ。
村長や他の男たちも知っているはずだ。なのに…なぜ
「なぜ…ですか」
村長が不思議そうな顔をしてその問いに答える。
「そんなこと、決まっているではないですか。全てはこの村の存続――未来のためですよ」
答えを聞いた神様は何も言わずにじっと村長を見つめている。その時、神様が何を思い、考えていたのか、今でも俺には分からない。
長い沈黙にしびれを切らしたのか、村長が大きくため息をついて口を開いた。
「さて、我らが山の神よ。長話をしている暇などないのです。我々からの供え物、受け取ってくださりますね?私とあなた様、村を守りたいという思いは同じなのですから」
さあ、と村長が急かすように呼びかける。
薄い沈黙の後、神様はその頭を横に振り
『いや、やはり私は自身の空腹を満たすために供え物を……何の罪もない子らの魂を、思いを喰う気はない。二人は私が帰るべき場所へ連れて行く。お前たちは私の前から失せろ。早急に』
肌を刺すようなひりついた空気の中、村長は落胆した表情を浮かべ
「なるほど。この村を守る神だとしても、所詮はただの神。あなた様も村の安寧などより、不条理にさえも挑み、成長する人間の様が見たいと…」
小さく呟き着物の懐から何かを取り出した。
それは二枚の赤い紙のようだった。見ていると何だか不安な気持ちになってくる。
神様もそれから何かを感じ取ったのか村長から距離を取るように、一歩後ろへ下がった。
村長は取り出したその紙をおねねと源蔵の上に乗せ、さらにその上に不思議な形に結んだ細長い紐のようなものを乗せ横たわる二人から離れた。
「しかしながら私もそう簡単に引き下がるわけにはいかないのです。あなた様にこの村を守る意思がないというのであれば、こちらも奥の手を使わざるを得ません」
村長がそう言うと、ただ会話を聞いていただけだった男たちも懐から赤い紙を取り出し次々と二人の上に置いていく。
何ともない、というふうな表情の村長とは違い、男たちの顔には恐怖の色が浮かんでいる。
全員が赤い紙を置いたのを確認すると「さて」と村長は男たちに向かって優しく微笑んだ。
「さあ皆さん。私の教えたとおりに」
村長の言葉を聞いた男たちはびくびくしながらも地面に横たわるおねねと源蔵を手際よく取り囲んだ。そして
「~~~~~」
何かを歌い始めた。
と同時に神様の全身の布がブワワッと逆立った。
『う? うう うううウウウゥゥウウ』
聞いたことのないような恐ろしく、低い声で唸り始めた神様を見て俺は恐怖のあまり腰が抜けた。全身に鳥肌が立つ。
男たちは恐怖で半泣きになりながらも歌うことを止めない。
『ウーーーウウウーーウーーーー』
あれは俺の知っている神様なのか?
自分の知っているあの聡明な神様からは程遠い、腹を空かせた野生の獣のような荒々しい雰囲気。
面のような赤い顔の下の方…口からはダラダラと涎が滝のように垂れ、いつも優しく揺れていた鬣もバサバサと荒々しく揺れている。
何とかしなくてはならないのは分かる。絶対にこのままではいけない気がする。だが恐怖で動くことができない。
俺が草むらの中で小さな体をさらに小さくしていると
「は ははははははは!」
驚きと喜びの混ざったような恐ろしい笑い声が響いた。
見てみると村長が腹を抱えて笑っている。
「いやはや、これほどまでに効果があるとは!《神をも従えさせる儀式》!いや、なんと素晴らしい!」
村長は拍手をしながらひとしきり笑うと
「さあ神よ!これらの捧げものと引き換えに、開いた門を閉じてください!」
神様のいる祠の方に向かって大声で叫んだ。
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