第11話 選択

 「御言様。御言様」

 誰かに肩を揺すられ目を開けると、隣の家に住んでいるお婆さんが目の前に座っていた。

 「あまり長く寝ていると家に帰ってから眠れなくなりますよぉ」

 しわがれた優しい声が薄暗い畳の上に静かに落ちる。

 どのくらい眠っていたのだろうか。

 部屋の隅で横になっていた俺は体を起こしてぐるりと辺りを見回した。

 ゆらゆらと動く小さな灯りの中、大人たちが円形に座って話し合いをしている。青白い顔がぼんやりと朱に照らされ、波をたてる水面のように次から次へとその表情を変えている。

 言わなくちゃ。おねねの最期のお願い。山の神様との約束。

 重たい空気の輪の中、こちらに背を向けじっと何も言わず座ったまま他の人の話を聞いている茂平を見つけた俺はゆっくりと立ち上がり、その隣に座って

 「あの」

 口を開いた。

 高く澄んだ声に大人たちの視線が集まる。

 皆、道に迷った子供のような不安げな顔をして口を噤んでいる。

 「実は…山の神様とおねねが―――」

 俺は洞窟に落ちてから茂平に助けられるまでのこと、そして先ほど見た夢のことを大人たちに話した。

 大人たちは途中で口を挟んだりすることなく真剣な表情で俺の言葉を聞いている。

 「それでおねねを山の祠の所に持ってきてって……。ごめんなさい、僕……」

 我慢していたのに、膝の上で硬く握った手の上にぽたぽたと涙が零れた。

 黙ってしまった俺の代わりに大人たちが次々と口を開く。

 「なるほど…。茂平様が最近物の怪の様子がおかしいと言っていたのは――」

 「完全に扉が開いたって、どういうこと?洞窟の扉って一体…」

 「絶対危険なものだろう。例えば…あの世とこの世の――」

 「…な、なぁ。おねねを贄にして山の神様にその扉を閉じてもらうっていうのは――」

 「何言ってるんだい!おねねは御言様を助けてもらったお礼に山の神様の所に行くんだよ。馬鹿なことを言うのはおよし!」

 「でもその扉が黄泉の国に繋がっているなら……」

 「これ以上被害が出るのは何としても避けないとなぁ」

 「うちの子がおねねみたいになったらと考えると……」

 「俺、少し外の空気吸ってくる」

 「あぁ」

 「なあ、村長。あんたはどう思う?」

 「………」

 始まったばかりの災厄。

 このまま何もせずにいたら一体どうなってしまうのだろうか。

 そんな不安が小望月が浮かぶ闇の中を駆け巡る。

 「…今日はもう遅いので、明日の朝、また話し合いましょう……」

 そう言った茂平の疲れた細い声は小さな炎のように揺れていた。



 少しずつ白んできた春風の吹く朝空の下、俺は茂平のいる神社へ向かって坂を駆け上がっていく。

 神社の赤い鳥居をくぐった先には既に村の大人たちが集まっていた。

 話し合いは終わってしまっていたようで、皆真剣な表情でおねねのことや村の今後についての話をしている。

 「今晩か」

 「最期くらいは源蔵となぁ」

 大人たちの中に茂平を見つけた俺はタタタとそちらへ駆け寄った。

 「茂さん!」

 俺の呼び声に茂平がはっと顔を上げる。

 「おや、御言君。おはようございます」

 そう言って笑った茂平の顔色が昨日より良くなっていることに少しほっとした。

 「ねえ、話終わっちゃったの?」

 茂平はしゃがんで視線を合わせるとこくりと頷いた。

 「はい。おねねは今日の夜に山の神様の所に連れて行くことになりました」

 「そっかぁ…。今はどこにいるの?」

 「今は自分の家にいますよ。お兄さんの源蔵さんが連れて帰りましたから…」

 「……うん。なら、よかった。僕、祠の所に行ってくるね!」

 そう言って茂平に手を振り、すっかり明るくなった空の下を俺は再び駆け出した。

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