第9話 小さく重たい

 突然のことに驚いたまま固まっている俺の後ろで山の神様が口を開く。

 『あぁ、可哀想に。もう限界みたいだね。ほら、御言。その子、早く楽にしてあげないと』

 俺はどうすればいいのか分からず、目の前で苦しそうに小さく呼吸しているおねねをじっと見つめる。

 ど、どうすれば…。神様の言う通りにするべきか…。でも、そうしたら村の人や源蔵さんは…。

 一人の独断で決めるにはあまりに重たい選択に泣きそうになっていると

 「御言君!どこですか!」

 聞き覚えのある声に俺はハッと顔を上げる。

 「茂さん…。茂さん!」

 声の聞こえた方に向かって俺は声を張り上げる。

 ガサガサと背の高い草をかき分ける音がこちらに近づいて来て

 「御言君!」

 草むらから出てきた茂平は俺の無事を確認して安心したのか、少し疲れた顔でにこりと笑った。

 その顔を見て見て俺はホッと息を吐く。

 よかった。茂さんがいればおねねも助けられるかもしれない。

 「茂さん!おねねが!」

 俺は地面に倒れたままのおねねを指さす。

 おねねに気が付いた茂平が俺の隣にしゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。

 「これはっ!」

 さすがの茂平もおねねの無残な姿を見て驚愕の表情を浮かべている。

 「ねぇ、おねね、助かる?」

 心配そうにそう尋ねる俺の顔を見た茂平は何も言わずに目を逸らし、そのまま無言でおねねを抱き上げると俺の手を握って村の方へ歩き出した。

 『御言。その子、祠の所に持ってきてね』

 山の神様の声に俺は後ろを振り返る。

 薄暗い茂みの中からこちらをじっと見つめる朱い顔が何だか怖かった。


 「おねね!」

 俺たちが村に着くなりそう言って一番に駆け寄ってきたのは源蔵だった。

 彼は茂平の抱きかかえる小さな背中を見てホッとした表情を浮かべ

 「よかったぁ。いったいどこに―――っ」

 おねねの顔を覗き込んで笑顔のまま固まった。

 両目を見開いて石のようになっている源蔵の横を茂平は俯きながらそのまま通り過ぎ、大人たちの集まっている方へ歩みを進める。

 その場に置いて行かれてしまった俺は、同じように夕暮れの中に立ち尽くしている源蔵の顔を見上げた。

 引きつった笑顔のままぶつぶつ独り言を言っている源蔵が、源蔵ではない別の人のように見えた俺は急いで茂平の背を追いかけた。


 「村長…」

 茂平の空虚な声なに村長が振り返る。

 「おお!おねね!」

 村長の嬉し気な大声に村の老若男女がぞろぞろと集まってくる。

 「見つかったか!」

 「本当、よかったわぁ〜」

 「おねね、どこにかくれんぼしてたの?」

 茂平は子供たちにおねねの顔が見えないよう、自分の着物で隠すようにして抱きなおすと、小声で村長と二言三言話して神社の方へ歩いて行った。

 顔を青くしている村長を見て何かを察した大人たちがサッと子供たちを自分の方へ抱き寄せる。

 状況がよく分からず不思議そうな顔をしている村の人たちに村長は大声で指示を出す。

 「子供のいる者はもう帰りなさい。そうでない者は話すことがあるから神社へ行くように。念のため、今晩は絶対に家の戸を開けないように。では」

 ぞろぞろと村の人たちが動き出す。

 ある者は自分の家へ。またある者は神社へ。

 俺は村の大人たちに連れられ、神社へ向かうことになった。

 

 神社に着くと茂平の家に案内された。

 道中、物の怪に襲われたりしないか心配していたが不思議なことに物の怪の一体も目にすることがなかった。

 この時間、いつもならたくさんいるはずなのに…

 やはりあの洞窟と関係があるのかもしれない…

 大人たちのやり取りを部屋の隅の方で聞きながらそんなことを考えているとだんだん瞼が重たくなってきた。

 俺は急激な睡魔の波に耐えられず、そのまま眠ってしまった。

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