第4話 やがて来る災厄
「それにしても、本当に山の神様はいらっしゃったんですね。雪ウサギが宙に浮いて消えた時には私もびっくりしました」
雪の残った坂を下りながら茂平が口を開いた。
俺は俯いたまま何も答えない。
雪ウサギ……
また泣きそうになっている俺に気が付いた茂平は立ち止まると足元の雪を集めて丸く固めた。
そして小さな石をはめ込み、そこら辺に生えていた草をちぎり取って雪に刺した。
「ほら、御言君。雪ウサギです。村に戻ったらその子のお友達を作ってあげてください。ね?」
茂平がにこりと笑って雪ウサギを俺に差し出した。
俺はその不格好な雪ウサギを大切に、崩れていなくなってしまわないように手に乗せて再び村へと歩き出した。
村に戻った俺は茂平に連れられ、先に下りて行った男たちの元へ向かった。
男たちは村長の指示で村中から質の良い食べ物を集めているようだ。
じゃが芋や白菜、魚に米。
冬を乗り越えるために保存していた食料だ。
「今、村で出せる食べ物はこれだけだ。さあ。これを持って山の神様の所へ参ろう」
ぞろぞろとこちらへ向かって歩いてくる男たちを見た俺は茂平の顔を見上げた。
茂平は困ったような顔をして俺の方へ目を向けると
「どうやらまた上に登らないといけないようですね」
と言って笑った。
俺たちは再び元来た道を歩いていく。今度は神様への捧げ物を持って。
歩き疲れた俺は茂平におぶってもらい上へ向かう。
茂平に作ってもらった雪ウサギもすっかり溶けてしまい、手の中には目と耳しか残っていない。
俺はそれを落としてしまわないようにぎゅっと握った。
村に戻ったら新しく作り直そう。ウサギさん、お友達がいっぱいいた方がいいかな。
そんなことを考えていると茂平の歩みが止まった。
茂平の肩越しに祠の上に立っている神様が見える。
「神様…」
俺の呟きを聞いた茂平は男たちに目配せをした。
男たちは祠の前に行くと、食べ物を祠の前に全て置いて両手を地面につき深く頭を下げた。
「山の神様、我々が汗水を垂らして育てたものでございます。どうぞ、お受け取りください」
山の神様は首をぐい~っと下げて捧げられた食べ物をじーっと見つめ、大きく口を開けた。
ばくん
目の前の食べ物を次々に平らげていく山の神様。
男たちは自分たちの目の前から消えていく捧げものを見て目を丸くしたり、感極まって涙を流したりしている。
やがて全てを食べ終わった山の神様は満足げに顔の布をひらひらと震わせた。
『御言。彼らにとても美味しかったと伝えてくれるかい?』
俺は神様の言葉に頷くと、茂平の背中から降りて男たちの元へ向かった。
「あ、あの。とても美味しかったそうです」
そう言うと男たちはほっとした表情をして再び祠に向かって頭を下げた。
『御言』
神様から呼びかけられた俺は祠の方へ目を向ける。
『食べ物のお礼に彼らに教えてあげて。もうすぐ災厄の波がこの村までやって来ると。気を付けるように伝えて』
「災厄?」
俺は神様の言葉に首を傾げる。
「さ、災厄?御言様、災厄とは何ですか?」
俺の口から出た言葉を聞いた男たちの瞳に動揺の色が浮かぶ。
俺は男たちの方に向き直り、口を開いた。
「山の神様が食べ物のお礼に教えてくださったんです。もうすぐこの村に災厄が来ると…」
俺の言葉に男たちは焦ったように顔を見合わせる。
「災厄だと?一体何が起こるというのだ…」
「わ、我々はどうしたらいいのだ…」
「み、御言様!山の神様にどうすれば災厄を防ぐことができるかお伺いしてはいただけませんか!」
男の言葉に俺は山の神様をちらりと見た。
山の神様は首を横に振っている。
俺も神様の真似をするように首を横に振った。
男たちは残念そうな、不安そうな顔をして
「……ありがとうございます」
と言って再び頭を下げた。
そんな大人の様子を見て不安な顔をしていると、山の神様が顔の布をしゅるしゅると伸ばして俺の頭をそっと撫でた。
『それじゃあ御言。また頼みごとがある時は言うね』
そう言い残して山の神様はいなくなってしまった。
帰りの空気は青い空とは裏腹に、とても重たかった。
俺たちは山の神様の言った災厄に対する不安を抱きながら白い雪の残る坂を下って村へ戻った。
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