第3話 雪ウサギ


 「ねえ、見て!」

 俺は手に乗せた小さな雪ウサギを大人たちに見せた。

 「おお~!可愛らしいウサギですね~」

 「おめめがまん丸で可愛いですね〜」

 大人たちの言葉に俺は満面の笑みを浮かべる。

 「あらま〜」

 一人の男が俺の前にしゃがみ込んだ。

 「御言様、おててが真っ赤ですよ。ほら。ウサギさんは一旦下におろして、おててを貸してください」

 そう言うと男は自分の大きな両手を俺に差し出した。

 足元に雪ウサギを置いて、男と同じように両手を前につき出すと、男の大きな手が真っ赤になった俺の手をぎゅっと優しく包み込んだ。

 凍ってしまったかのように冷たかった手に、男の温かい体温が伝わってくる。

 「うひゃ~!雪みたいに冷たいじゃないですか!また風邪をひいてしまいますよ」

 男はケラケラと笑いながら俺の手を温め続ける。

 それにつられて俺もえへへ、と寒さで赤く染まった頬を緩ませた。

 「御言君。これは?」

 別の男の声に尋ねられた俺は首を傾げてそちらを見た。

 茂平が足元に置いていたはずの雪ウサギを手に乗せて、耳である緑の葉をツンツンと触っている。

 「あっ!だめ!」

 俺は慌てて茂平の手から小さな雪ウサギを取り返した。

 茂平は驚いた顔をした後、にこりと笑って

 「すみません。壊したりはしませんから大丈夫ですよ。それで…その耳の葉はどこで見つけたんです?」

 と尋ねた。

 雪ウサギが壊れていないか念入りに確かめていた俺は、茂平にじとっとした目を向けて答える。

 「葉っぱ…探してたら、山から落ちてきた……」

 「山から?」

 茂平が不思議そうに首を傾げて山の上を見つめる。

 「どれ。俺にも見せてくだせぇ」

 男の一人が雪ウサギを覗き込んだ。

 「おや!この葉!桜の葉じゃねぇですか!」

 他の大人たちも雪ウサギの耳を見て驚きの声を上げる。

 「本当だ!なんでこんな冬に…?しかもこんなに緑で綺麗だ」

 「桜の木の葉はもうとっくに全部落ちているはずなのに」

 「山の神様が御言様のために落としてくださったんだ!」

 山の神様が!

 大人たちの言葉を聞いた俺は嬉しくなってニッと笑った。

 やっぱり山の神様は見ていてくださっているんだ!

 俺は雪ウサギの頭を優しく撫でた。

 「もしかしたら山の神様が呼んでいらっしゃるのかもしれません。さあ皆さん、行きましょうか」

 男たちは茂平の言葉に頷くと、俺の手を握って再び祠へ歩き出した。

 


 「す、すごい!なんてことだ」

 祠に到着した俺たちは驚きに目を丸くしている。

 祠のある広場には全く雪が積もっていなかった。

 それどころか春に咲くはずの花も咲いている。

 「花が咲くにはまだ寒いというのに…」

 男の一人がポツリと呟いた。

 

 『御言』


 暖かい風と共に俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 夢の中で聞いたあの柔らかい声だ。

 俺は祠へ近づいてみる。

 

 しゅるしゅる


 祠の屋根の上に柔らかな布の繭が表れた。

 それは一定の大きさまで膨らむと、やがてしゅるしゅると解けた。

 「あ!」

 俺はその姿を見て目を輝かせる。

 「山の神様だぁ!」

 タタタと駆け寄る俺を見た山の神様は、俺と視線の高さを合わせるようにその面のような朱い顔をぐい~っと下げた。

 「見てください!雪ウサギ!あっ!この葉っぱって神様が?」

 山の神様は俺の手に乗った小さな雪ウサギを布で絡めるようにして取ると、じっと見つめて

 『そうだよ。この葉っぱ。私が落としたものだよ』

 そう言って鼻のような部分で雪ウサギをツンとつついた。

 『御言。これ、もらってもいいかい?』

 「はい!」

 俺は笑顔で大きく頷く。

 神様も少し笑ったような気がした。

 『では、いただきます』

 

 ばくん


 「え?」

 俺は驚いて目を丸くする。

 目の前にはらりはらりと白く小さい欠片が落ちた。

 神様は布で口元を拭うとぺろりと舌のようなものを出すと

 『美味しいね。御言。私はお腹が減っているんだ。何か他に食べられるものを持ってきてくれないかい?』

 俺は地面に落ちた雪ウサギをの白い欠片を唖然と見つめて固まる。

 「あ   あぅ うぅ」

 視界がどんどんぼやけていく。

 やがてぽたぽたと地面に小さく丸い模様が現れた。

 「わあぁぁぁああ」

 大声で泣き出した俺の頬を柔らかい布がそっと撫でた。

 『御言。食べ物。美味しい食べ物。持ってきて。私が頼んだことは何でもすると約束しただろう?御言』

 神様がじ~っと俺の顔を見つめる。

 「み、御言様。山の神様は何と仰っているのですか?」

 後ろから男のびくびくした声が聞こえた。

 『御言以外の人間には私は見えないし、声も聞こえてないんだよ。さ、御言。食べ物を持ってくるように彼らに言って』

 泣き続ける俺の肩を掴んだ神様は、そのままくるりと男たちの方へ俺を向けた。

 男たちは全員、地面に両手と膝をついて俺の方を見ている。

 山の神様と男たちから見つめられた俺は、空になった手をギュッと握って途切れ途切れに口を開いた。

 「……山の神様は…お腹が減ったから…食べ物が…美味しい食べ物が、欲しいと……」

 俺は恐る恐る肩越しに神様の方を見た。

 なんだか少し微笑んでいるように見える。

 「食べ物ですか!すぐにお持ちします!」

 言葉を聞いた男たちは嬉しそうな顔をして急いで立ち上がると村へ続く坂を駆け下りて行ってしまった。

 祠の広場に取り残された俺は神様の方を振り返った。が、そこにはすでに山の神様の姿はなかった。

 「……」

 俺はしゃがみ込んで雪ウサギだったものを手で集める。

 また視界がぐにゃっと歪んだ。

 「御言君」

 そう呼びかけた声に、俺は驚いた顔をして坂の方を振り返る。

 てっきり男たちと一緒に村まで下りて行ったと思っていた茂平がこちらを見て微笑んでいた。

 「さあ、帰りましょうか。雪ウサギはまた作りましょう」

 俺は着物の袖でごしごしと目元を拭うと、小さく頷いてから差し出された大きな手を握った。

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