転校生はサイコパス

人生

 君がヴィラン




 ある日、僕は屋上に呼び出された。


 ……自慢じゃないけど、むしろ恥ずかしいことだけど、僕はいじめられている。


 同じクラスのV良くんたちグループだ。僕は彼らによく食べ物を奢らされたり、買いに行かされたり、時には彼らのストレス発散を助けるサンドバッグになったりしていた。


 そんな鬱屈とした日々に変化があったのは、クラスに転校生がやってきたことだ。


 彼――S子くんは変わっていた。


「ボクも混ぜてくれないか?」


 そう言って、パシリに使われていた僕に同伴したのがはじまり。


「焼きそばパン三つと、コーラとソーダと……あとなんだっけ……」


「困ったときは野菜ジュースにしよう。健康にいいよ」


「いや、でも……」


「ボクが代わりに買ってきてあげるよ!」


 S子くんは強引だった。買い物を済ませると、ビビる僕を引き連れてV良くんたちのもとに戻っていった。


「頼まれた品だよ! そしてこれは領収書」


「あぁん? 俺はコーラっつったよなぁ!?」


 声を荒げての、いつもの威嚇行為。僕なんかはビビって顔も上げられなかったのに、S子くんは目をばっきばきに見開いて、


「え? 買ってきてあげたんだから文句は言いっこなしじゃないか! もっかい行ってもいいけど、またおんなじものを買ってくるよボクたちは! むろん、料金は君たちに払ってもらうが!」


 もうなんというか、恐いもの知らずというか、僕には彼の方が恐ろしくて仕方がなかった。


 だけど、僕は彼から聞いたんだ。いじめられるのが恐くないのかという僕の問いに、彼は言った。


「何を恐れることがある!? 彼らは別にヤクザでもなければギャングでもない。ボクらと同じ十代の少年だ! それに彼らは特別マッチョな訳でもなければスポーツマンでもない。親がリッチな訳でもなければ、権力者でもない。顔がコワくて性格が悪いだけで、ガチで戦えばワンチャンあるような相手だぞ?」


「で、でも……相手は三人だよ?」


「三人ならなおさらだ。三人にボコられるのはさすがにツラいが、そうすれば証拠が残る。残らないようならつくるまで――明らかに暴行を受けたという痕が残れば、それはいじめを想起させる! というか君だってスマホの一つや二つは持ってるだろう? それを使っていじめの現場を録音なり録画なりすればいいんだ。いつだって攻守は逆転できる。ネットに晒すぞって一言で、相手を自殺寸前にまで追い込む力が現代っ子にはあるんだぜ?」


 心にナイフを持っている――彼はいつだって、自分が相手に致命傷を負わせられると、反撃できると確信している。だから、何も恐くないのだ。


 僕にはとうてい真似できない……。考えもしなかった。


「それに、学校生活なんてくだらない――とまでは言わないが、ボクには人生の目的がある。精進すべき目標がある。それだけを見据えているから、他は全て些事に過ぎないんだ。むしろ、いじめなんかに時間を無駄にしてる彼らが哀れなくらいだよ」


「…………」


 彼のそのある意味では勇気のある行動によって――いじめの矛先は僕からS子くんに向き、僕はつかの間の平穏を取り戻した。




 だけど、それはいっときだった。僕の平和な日々はそう長くは続かなかった。

 それもそのはず、どんなにいたぶってもばっきばきの目を変えないS子くんに嫌気がさしたV良くんたちは、僕へのいじめを再開したのだ。S子くんの目を盗むように。


 そして、僕は屋上に呼び出された。


 ……そこにはなんと、S子くんの姿もあった。


「なんでお前がここにいるんだよ」


 それはV良くんにとっても想定外だったらしい。S子くんは「簡単なことさ」と、立てた人差し指をわざとらしく振ってみせてから、


「最近、君たちのボクへのアプローチがなくなってるもんだから、狙いを彼に戻したのかと思ってね」


 なんなんだよこいつ……、とV良くんの取り巻きも若干ひいていた。そんな彼らに構わず、S子くんは言う。


「ボクはドMなのでたいていのことに負けはしないが――君たちも、さすがにこのボクにいじめられるのに嫌気がさしたことだろう」


 いつの間にか立場が逆転していた。


「そこで、ボクがどうしてこうも君たちに構うのか、その理由をお教えしよう」


 誰もが息をのんでいた。この狂人にも何か目的があったのか。


「ボクはね、漫画を描いているんだ。だけどいつも、キャラクターにリアリティが足りないと酷評される。そこで、君たち典型的いじめっ子といじめられっ子を研究させてもらっていたんだ」


 誰もが言葉をなくしていた。この変人は何を言っている?


「そこで、提案だ。V良くん、ボクと一緒に漫画を描かないか?」


 いったいどういう話の流れなんだ!?


「君はすんごくタチが悪い。教師の目を盗んでの暴行、普段は平均的な優等生ヅラをすることで特別目をつけられることも、目をかけられることもないという擬態っぷり。そして被害者をいたぶりつつも、コトが露見しないよう相手のギリギリを見極めていじめている……。まさしくヴィランだ! 君の思考は悪役そのものだよ! ボクはそんな君の悪役感を作品に活かしたいんだ! ぜひヴィラン担当アドバイザーになってくれないか!?」


「ふざけんな!?」


 V良くんの反応はもう、とっさに出たものでしかなかった。反射的だった。叫んだ自分ですらも驚いているかのような――というかもう、状況が呑み込めていないのだ。


「そう言うだろうと思ってね――ここで一つ、ゲームをしよう。ボクが勝てば君は漫画を描く、君が勝てばボクは君たちから手を引こう」


「何を勝手に……」


「おやぁ? ビビってるのかなぁ? ボクに負けるのが恐いのかなぁ?」


「ああっ!? ビビってねーし!」


「じゃあ承諾したということでいいね!?」


 S子くんはV良くんに食って掛からんばかりの勢いで、


「ゲームとは言ったが、要はタイマンだ! ボクと君との一騎打ち! 相手をノックアウトした方が勝ちだ!」


 ……その時、僕は気付いた。


 この勝負、どちらにしてもV良くんに勝ち目はない――仮にS子くんが負けても、その様子はどこかで撮影されているに違いないのだから!


「いいぜ、ぶっ殺してやるよ!」


 おかしな状況とあおられた怒りからか、V良くんは完全に頭に血がのぼってしまっていた。取り巻きたちが後ろに下がるなか、握った両の拳を胸の前で構え、V良くんはファイテングポーズをとる。今にも殴り掛かりそうな勢いだ!


「かかってき――ぐぼぉっ!?」


 V良くんの拳がS子くんの腹部に突き刺さった。S子くんの身体が折れ曲がる――が、


「痛ッ!?」


 声を上げたのは、V良くんの方だった。


 目を剥き視線を向ける先、彼の拳からは血が流れていた。


「ハハハハ……こんなこともあろうかと、」


 S子くんは制服のシャツをたくし上げる――露わになった腹部には、大量の画鋲がテープのようなものでびっしりと――


「卑怯だぞ、テメェ!?」


「勝負を仕掛けるんだ、相応の準備をしていて当然だろう。ストリートファイトじゃないんだぜ?」


 ……分かっていたのだ。V良くんは「証拠」を残さないよう、目立たないところに攻撃する。腹パンだ。S子くんはそれを見越して、事前に対策をしていたのだ!


「このっ!」


 ならば顔面を、とばかりにV良くんは大ぶりの拳を振るう。それは分かりやすい軌道を描いていた。僕にだって避けられそうな力任せの一撃。しかしV良くんはそれをかわそうとはしなかった。


 片手で受け止める。


「痛ぁっ!?」


 再びV良くんが叫んだ。傷ついた拳に、さらなるダメージが加わっていた。


「もちろん、手のひらにも画鋲を仕込んである! そして喰らえ、掌底!」


 容赦がなかった。画鋲のついた手のひらを相手の胸に打ち込む。


 V良くんはよろめいていたのもあって、奇跡的にその凶撃をかわすことが出来た。


「てめぇ……この……!」


「負けを認めるかい?」


「お前ら、やっちまえ……!」


 V良くんが怒鳴った。後ろの取り巻き二人はすぐには自分たちが呼ばれていると気づかなかったようだが、我に返ったようにS子くんに殴り掛かった。先の展開を見て、若干の警戒があったためだろう。彼らの動きは遅かった。


「仕方ないな。そっちがそのつもりなら、ボクも武器を使わせてもらう――」


 S子くんは制服のポケットに両手を突っ込むと、抜きざまに取り巻き二人の顔面にその手を叩きつけた。


 生卵だった。


「いっ、」「ッ!?」


 硬いタマゴがその鼻っ面に叩きつけられ、飛び出した中身が二人の顔面をどろどろにする。


「生はキツいかい!? なら調味料をやろう!」


 濡れた両手を血振るいでもするように振るってから、S子くんは再度ポケットに手を入れ――片手にワサビのチューブ、もう片方には唐辛子のビン!


 タマゴに目をやられた二人はまさに無防備! トッピングの餌食は確定だ!


「ぎゃあああああ!?」「うああああああ!?」


「君たちのその苦しみっぷり、いい画だよ。これがリアルな反応なんだね……」


 状況は完全にS子くんのペースだった。


「分かったか? これが漫画の力だ。ボクは画面の構成、つまりコマ割りを熟知している。君たちがどのような行動に出るか、それにどう対処すべきか、全て事前に想定済みだ。漫画は小説と違って、物語を考え抜いた上でしかかたちに出来ないからね!」


「く……」


「力が欲しいか? ボクに勝てる力が? なら漫画を学べ! ボクとともに最強のバトル漫画を描こう!」


「だ、だれが……」


「今はなんとでも言うがいい。でも君は必ずボクの仲間になる。……だって昨日の敵が明日の友になる展開は少年漫画の王道だからね!」


 S子くんはそう言って高らかに笑うと、凄惨な現場をあとにした。もちろん、陰に隠していたスマホを回収するのも忘れない。


 僕は慌ててS子くんの後を追った。あの場に残っていては、どんな八つ当たりをするか分かったものじゃない。


「S子くん……!」


「なんだい?」


「僕も、力が欲しい……! 僕に漫画を教えてください!」


「そうだね、君には漫画が必要だ。あとで渡そう、それを腹に仕込んでおくといい」


「おなかに……?」


「そう、腹パン対策さ」



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転校生はサイコパス 人生 @hitoiki

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