白い獣
それがどのくらいのあいだであったか、ハッキリわからないけれど、やがて、ふと正気づいて眼をひらいてみると、早苗さんは、
ヒョイと気がつくと、眼の前に太い鉄の棒が何本も何本も
あの檻にちがいない。気を失う前に見せられた、あの若い男のとじこめてあった檻にちがいない。では、ここには彼女一人ではないのだ。若い美しい男が、彼もまたまっぱだかにされて、どこかそのへんにいるはずだ。
早苗さんは、そこまで思い出すと、顔を上げて、あたりを見廻す勇気が
彼女は赤くなるどころか、もうまっ青になって、サッと身を起こすと、くくり猿みたいにちぢこまって、隅っこの方へあとずさりをして行った。そして、眼をそらすように、そらすようにしていても、なにぶん狭い檻の中だ、自然に眼界にはいってくるのを防ぐわけにはいかない。彼女はとうとうそれを見てしまった。まっぱだかの男を見てしまった。
エデンの園のアダムとイブみたいな二人が、地底の
「お嬢さん、ご気分はどうですか?」
突如として、朗々としたバスの声が響いた。青年が物をいっているのだ。
早苗さんは、ハッとして、涙をはらうために眼をしばたたいて、青年の顔を眺めた。
すぐ眼の前に、油で
「黒トカゲ」は彼女をこの青年の花嫁になぞらえたではないか。青年はそういうつもりでいるのではないかしら。と考えると、その相手が、そして、自分までが、けだもののようにまっぱだかで、逃げようにも逃げられぬ
「いや、お嬢さん、決してご心配なさることはありません。僕はこんなふうをしていても野蛮人じゃないのですから」
青年は言いにくそうに、どもりながらそんなことをいった。彼の方でもひどく恥かしがっているのだ。早苗さんはそれを聞いて、ホッと胸をなでおろす気持だった。
やがて、彼らは、だんだんお互いの気心がわかっていくにつれて、身の上話をはじめたり、女賊の気違いめいた所業を呪ったり、よそ眼には仲のよい雌雄の白い動物ででもあるように寄りそって、ヒソヒソ話をつづけるのであった。
そうしているあいだに、いつか夜が明けたとみえて、穴蔵の底にも、人のざわめくけはいが感じられ、やがて「黒トカゲ」の部下の荒くれ男どもが、つながるようにして、檻の中の新来の客を見物に押しよせてきた。
早苗さんが、この無作法な見物たちに、どのような恥かしい思いをさせられたか、青年がいかに野獣のように怒号したか、賊の男どもがどんな烈しい侮辱の言葉を口にしたか、それは読者諸君のご想像にまかせるとして、そうして地下室に泊まっている四、五人の部下のものが、ガヤガヤやっているところへ、例のモールス信号みたいな合図の音がかすかに聞こえて、やがて一人の船員風の男が、何かただならぬ気色で穴蔵の中へはいって来た
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