そこで自分は材料不足のところから自分の日記を種にしてみたい。自分は二十九年の秋の初めから春の初めまで、しぶ村の小さなぼうおくに住んでいた。自分がかの望みを起こしたのもその時のこと、また秋から冬のことを今書くというのもそのわけである。

 ──「昨日も今日も南風強く吹き雲を送りつ雲を払いつ、雨降りみ降らずみ、日光雲間をもるるとき一時にきらめく、──」

 これが今の武蔵野の秋の初めである。林はまだ夏の緑のそのままでありながら空模様が夏とまったく変わってきて雨雲の南風につれて武蔵野の空低くしきりに雨を送るその晴間には日の光すいを帯びてかなたの林に落ちこなたのもりにかがやく。自分はしばしば思った、こんな日に武蔵野を大観することができたらいかに美しいことだろうかと。二日置いて九日の日記にも「風強く秋声にみつ、うん変幻たり」とある。ちょうどこのころはこんな天気が続いて大空と野との景色が間断なく変化してきわめて趣味深く自分は感じた。

 まずこれを今の武蔵野の秋の発端として、自分は冬の終わるころまでの日記を左に並べて、変化の大略と光景の要素とを示しておかんと思う。


 ──「朝、空曇り風死す、冷霧寒露、虫声しげし、天地の心なお目さめぬがごとし」

 ──「秋天ぬぐうがごとし、

 ──「明らかに林影黒し」

 ──「朝は深く、午後は晴る、夜に入りて雲の絶間の月さゆ。朝まだき霧の晴れぬ間に家をを歩み林をおとなう」

 ──「午後林を訪う。林の奥に座してし、し、し、す」

 ──「天高く気澄む、夕暮れに独りに立てば、天外の近く、国境をめぐる地平線上に黒し。星光一点、暮色ようやく到り、林影ようやく遠し」

 ──「月をんで散歩す、青煙地をい月光林に砕く」

 ──「天晴れ、風清く、露冷ややかなり。満目黄葉の中緑樹をじゆ。小鳥こずえてんず。。独り歩み黙思口吟し、足にまかせて近郊をめぐる」

 ──「夜更けぬ、戸外は林をわたるものすごし。滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」

 ──「昨夜の風雨にて木葉ほとんど揺落せり。もほとんど刈り取らる冬枯れのさびしき様となりぬ」

 ──「木葉いまだまったく落ちず。を望めば、心も消え入らんばかり懐かし」

 ──夜十時記す「屋外は風雨の声ものすごし。滴声相応ず。今日は終日たちこめて野や林や永久とこしえの夢に入りたらんごとく。午後犬を伴うて散歩す。林に入りもくす。犬眠る。林より出でて林に入る、落葉を浮かべて流る。おりおりしめやかに林を過ぎて落葉の上をわたりゆく音静かなり」

 ──「昨夜の風雨は今朝なごりなく晴れ、日うららかに昇りぬ。屋後の丘に立ちて望めば連山の上にそびゆ。風清く気澄めり。

 げに初冬の朝なるかな。

 おもに水あふれ、林影さかしまに映れり」

 ──「今朝霜、雪のごとく朝日にきらめきてみごとなり。しばらくして薄雲かかり日光寒し」

 ──「初めて降る」

 ──「夜更けぬ。風死し林黙す。雪しきりに降る。燈をかかげて戸外をうかがう、降雪火影にきらめきて舞う。ああ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば遠きかなたの林をわたる風の音す、はたして風声か」

 ──「今朝大雪、どうだなちぬ。

 夜更けぬ。梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒のこがらしなるかな。雪どけの滴声軒をめぐる」

 ──「美しき朝。空は片雲なく、地は霜柱白銀のごとくきらめく。小鳥梢に囀ず。しようとう針のごとし」

 ──「梅咲きぬ。月ようやく美なり」

 ──「夜十二時、月傾き風急に、雲わき、林鳴る」

 ──「夜十一時。屋外の風声をきく、たちまち遠くたちまち近し。春や襲いし、冬やのがれし」

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