答えはブルームーン

蛇部竜

答えはブルームーン

 「このカクテル滅茶苦茶美味しい!」

桃山麗華モモヤマレイカは同僚の蒼井月アオイツキに仕事終わりに飲みに誘われ彼女の行きつけのバーに行くことになった。

バーは繫華街の外れにポツンとあり中もそこまで広くはなかったがオーセンティックで雰囲気は良かった。

席はカウンター席が6つ。テーブル席が1つ。

店内には背の高い40代くらいの馬面の男性の店長マスターだけがいた。

2人はカウンター席に座り、月は紙袋を椅子の横に置いた。

麗華はおそらくその紙袋の中にプレゼントが入っていて後で渡してくれるんだろうと内心ニヤニヤした。

麗華はマスターにお任せでカクテルを作ってもらい、月は炭酸水とナッツを注文した。

麗華は明日結婚式を控えていた。

麗華の結婚相手はあるパーティで知り合ったとある御曹司で由緒正しい家柄の人物だった。

そんな人と結婚が決まった麗華はかなり浮かれていた。

麗華は長い髪に端正な顔立ちをしており社内でも人気があった。

唯一、社内で付き合いがあった同性が月だった。

月の容姿は麗華とは逆に髪は短めでどこか地味な様子だった。

社内では麗華の引き立て役と揶揄されることも少なくはなかった。

麗華は従順な月を気に入っていたのかどこに行くにも連れまわしていた。

そんな月が珍しく自分から飲みに誘ってきたのだ。

最初は断ろうとした。

しかしどうしても前日祝いをしたいとのことだったので無下に断るのも悪いと思い少しだけ付き合おうと思った。

だがそのバーで出されるお酒が余りにも美味しくついついお酒が予想以上に進んでしまった。

二人がバーに着いたのが18時半。現在時刻は20時半。

麗華は一時間弱で帰るつもりだったがついつい長居をしてしまっていた。

麗華がお酒を飲んでいる間、月は殆どナッツをチビチビと摘まみ炭酸水を飲むだけで酔った麗華の惚気ノロケ話を淡々と聞いていた。

その間、一切お酒は注文しなかった。

「いやー、今日は誘ってくれてありがとね、ツッキー!

こんなに美味しい酒、結婚前に飲めるなんてサイコーだわ!」

「それは良かった。」

麗華はそこそこ酔いが回り始めていた。

その時、お客が着たのを知らせる入り口のベルが鳴った。

麗華や月と同じくらいの20代後半を思わせる男性が入ってきた。

「いらっしゃいませ。」

マスターが軽く会釈をする。

「マスター、また来ちゃったよ。」

来たのはこのバーの常連、緑川ミドリカワだった。

緑川は麗華と月が座っている席の間1つを開けてカウンター席に座り、マスターの後ろに並べてあるボトル棚をまじまじと見る。

「う~ん、今日は何、飲もっかな・・・。」

緑川が飲む酒を考えている間も麗華は月に一方的に話を続けていた。

「・・・それでね、ホント未来の旦那ケイスケさんと出会えたのはアンタのおかげと思ったのよ。

もうホント、アンタは運命の女神!

だから!」

そう麗華が言った瞬間とき・・・。

「マスター!」

少し怒気がこもったように月が大きな声を出した。

緑川はその大きな声で少し驚いて月の方へ向いた。

「・・・ブルームーン、お願いします。」

月がこの店に来て2時間。

始めてカクテルを注文した。

「・・・かしこまりました。」

マスターがボトル棚からドライジンとヴァイオレットリキュールとレモンシロップを取り出した。

「ブルームーン?『青い月』? アンタの名前じゃん。」

麗華が少し小馬鹿にするように揶揄した。

マスターがジンを30㎖、リキュールとシロップを15㎖、シェイカーの中に入れていく。

そこに詰めれるだけ氷をいれ蓋をしシェイカーを振る。

ある程度、振り終わったらカクテルグラスにカクテルを注いでいく。

カクテルグラスに美しい紫色の液体が溢れた。

「お待たせしました。ブルームーンです。」

ブルームーンのカクテルが月の前に置かれる。

「・・・ふ~ん、『ブルームーン』って言ってるけど色は紫なんだ。」

麗華が月のカクテルグラスをまじまじと見る。

「ヴァイオレットリキュールが入ってるからね。

酸味があって美味しいわよ。」

月は出されたカクテルをグイっと一気に飲み干した。

(あのカクテル、美味そうだな・・・。)

隣で見ていた緑川もブルームーンのことが気になり始めた。

「マスター、俺も・・・。」

緑川が注文しようとした時、緑川の携帯が鳴った。

確認すると緑川の上司から着信がきていた。

「え~、なんだよ・・・。

マスター、ごめん、一旦外出る!」

緑川は通話に出た。

「ハイ、もしもし・・・、ハイ、ハイ・・・」

緑川は店の迷惑にならないよう一旦、外にハケた。

「そういえばさ、私もちょっと聞いてもらいたいことがあったんだ。」

緑川が店から出たタイミングで今度は月から麗華に話しかけた。

「ん?何何?」

麗華は顔が紅潮し少し呂律も怪しくなってきていた。

「・・・昔話なんだけどね、聞いてくれる?」

「昔話ィ~?何?元カレの話とか?

私、そういう話好きよ、話して話して。」

テンションがどんどんあがる麗華に対して月はずっと冷静だった。

「・・・じゃあ話すね。『ある人』の話なんだけどね。

仮にその人を・・・、そうね『B』としましょうか。」

「ん?『B』?『A』じゃなくて?」

「・・・Bよ。そのBは一人兄弟がいたの。

双子の弟。そうね、その弟を『R』ってしましょうか。」

「ちょ、ちょっと待って、なんかスペルがややこしいわね、次は『R』?」

麗華は酔いが回っているのか月の話を若干、混乱気味で整理していた。

月はそんな麗華の様子を無視して話を続けた。

「BとRはね、すっごく仲の良い兄弟だったんだけどね、ある日両親が離婚して離れ離れになるの。

『B』は父親の方に『R』は母親の方へ引き取られたの。」

「ハァ・・・Bが父親でRが母親ね・・・ってこの話、何なの?」

「・・・まぁとりあえず聞いてよ。

まぁそれで離れ離れになったBとRなんだけど元々仲が良かったから1ヶ月に一回は会っていたの。」

「・・・ふ~ん。」

麗華はさっそく興味が無くなってきたのか適当な相槌を打って再び残っている酒を飲み始めた。

「そんな感じで大人になるまで仲良かった二人なんだけど、二人が高校生の時に一度些細な事で喧嘩してね、しばらく会わない数年が会ったの。

次に会ったのは大学を卒業してからだった。

久々に会いたいってRから連絡が来たの。

理由と内容はRが近々結婚するかもってことだったの。」

「へぇ~、そりゃおめでたいわね。

あ、マスター、なんか適当にカクテルちょーだい。」

麗華はもう話半分に聞いており新たに飲み物を注文した。

そんな麗華の様子に苛立ちもせず月は再び淡々と話を続けていった。

「・・・Rの結婚相手は『P』っていう人だった。」

「今度は『P』ィ~? ややこしいなぁ。

Bと母音が被んのよ。

だいたい『P』ってなんの略?

あ、ひょっとしてピッグの頭文字?

その人、よっぽど豚みたいな奴だったとか?」

麗華がゲラゲラと下品に笑い出した。

「・・・そうね確かに卑しい豚みたいな奴かもね。」

月がボソっと答えた。

その口調にはハッキリと怒りが込められていた。

「Rは近々、BにPを会わせたいと言っていたわ。

Bは凄く楽しみにしていたの。

・・・だけど結局BはPと会うことは無かったわ。

RとPは別れることになったの。

Pの浮気でね。

・・・でもPは様々な手を使って悪いのはRってことに仕立て上げたの。」

「フ~ン・・・。」

麗華のお酒の飲むスピードが少しゆっくりになった。

「Rは何も悪いことしてないのに色んな所から責められたわ。

元々Rも気が強い方ではなかったから、それでどんどん心が病んでいったわ。

そして・・・その数年後には自ら命を絶ったわ。」

「あっそうなんだ・・・。」

麗華は先程まで酔いで紅潮し熱くなっていた顔が冷えていく感じがした。

「・・・それからしばらくしてBはとある会社に就職したの。

そこで運命なのかわからないけどBはPと職場が一緒になるの。

BはRからPの写真を見ていたからわかったの。

けどPの方は苗字が違うBの事をRの兄弟とは気づかなかった。

・・・Bは復讐を決意した。

そこでBはネットを検索して復讐代行業者を探し当てたの。

その人はBにある復讐プランを立ててくれたの。

Pと表向きは仲良くなって幸せの絶頂の時に陥れたらどうだって。」

麗華はどんどんと酔いが冷めていく感じがした。

「BはそれからPに積極的に仲良くなろうと近づいた。

まぁPは女王様気質だからおべっかとか使えばすぐに機嫌よくなってBとつるむようになったわ。

Pが恋愛相談してきたときはその相手と上手くいくように様々な労力を使ったわ。

・・・全てはPに復讐するため。

その為ならBはどんな事も我慢したの。

そして遂にPの結婚が決まった。

相手は良家の御曹司。

Pはとても喜んだわ。

でもBはもっと喜んだ。

それはPが結婚するからじゃない。

Pを地獄に叩き落す準備が出来たから・・・。」

バン!と麗華が机を叩いた。

「私、帰る!」

何か慌てた様子で麗華は立ち上がり帰ろうとした。

しかし・・・。

「あれ・・・?」

麗華は力が抜け店の床に倒れこんでしまった。

「あらら・・・

酔いのせいではない。

酔いならとっくに冷めている。

しかし体が動かなかった。

次第に意識も朦朧としてきた。

「ここは私が払っておくわ。

としてね。」

月は麗華の肩を担いだ。

「マスター、御馳走様。」

月はマスターに紙袋を渡した。

マスターが中を確認するとそこには大量の札束が入っていた。

「・・・ありがとうございました。

お連れ様が動けなさそうなので。」

「・・・そう、ありがとう。」

月は麗華を背負い、店を出た。

入れ違いで緑川が帰ってきた。

「・・・ったく説教なら会社にいるときにしろっつーの。

マスター、ごめんね。

あれ?さっきのお姉さん達帰ったの?」

「先ほど、入れ違いで・・・。」

「あー、そうなんだ。

あ!そういえばさマスター、さっきの短い髪のお姉さんが注文してたカクテルなんだっけ?」

「『ブルームーン』・・・でございますか?」

「そうそう、それ!

ちょっと気になってさ、飲んでみたいんだよ。

それ作ってくれない?」

「かしこまりました。」

マスターが再びブルームーンを作る用意をし、数分後、完成されたブルームーンが緑川の前に置かれた。

「うわ~、綺麗だな。

ねぇ、マスター、今度さこのバーにちょっと気になってる女の子、連れてこようと思うんだけどさ、そん時にこのカクテル、また作ってくれない?」

マスターはグラスを拭きながら少し微笑わらって答えた。

「・・・お客様、このカクテルは恋人や気になっている意中の方といる時は注文しない方が良いカクテルなんです。

特にプロポーズした後、お相手の方がこのカクテルを頼んだら脈無しだと思ってください。」

「え?何で?」

「お客様、『ブルームーン』とは直訳でどういう意味ですか?」

「え?『青い月』でしょ?」

「そんな月、?」

「いや、

「そういうことです。」




ENDおわり







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