閉幕
「おや、皆様こんな所に来て、どうなさいました? 」
黒幕がいたのは最初の探索時に見つけていた厳重にロックがかけられている、一番外に繋がる出口の可能性が高いと目星をつけていた扉の前だった。
「あなたの方こそ、こんな所で何をしているんですか。周りにはその扉以外に何も無いというのに。」
「痛いところを突きますね。では白状しましょう。皆様が私を探しているような気がしたんです。」
否笠らは全員で顔を見合わせる。
「そうです。我々はあなたを探していました。……聴いていただけますよね。私たちの罪の告白を。」
黒幕は大層驚いたような顔をした。
「……随分と早くに罪を自覚出来たんですね。勿論、お聴きしますよ。」
全員、覚悟を決めた眼差しで黒幕を見つめる。
『無意識のうちに周りに迷惑をかける』無自覚の罪とは、こういうことだ。今なら、確信を持って告白できる。
「さぁ、お聞かせください。皆様の罪を。」
否笠はそっと目を瞑り、深呼吸をする。そして、先陣を切った。
「私は、道徳と倫理を重んじる価値観以外はありえないとし、全否定しました。更に、自分の価値観は全人類が共通して持つべきだと思い込み、他人に押し付けました。そして、迷惑をかけました。」
間髪入れずに未村も続く。一生懸命に言葉を連ねていく。
「私は、いつまで経ってもありもしない夢ばかり見て、正義のヒーローになりたいなんて言って、現実を見なかった。……現実と向き合わなかった。それで、周りの人を困らせて迷惑をかけた。」
未村の後を追うように、でも自分のペースを乱さず非鈴も続く。
「自分は、自分の意見を主張せず他人に合わせたり、他人に考える事を押し付けてばかりいた。自分の力で考える事をやめて、全部人任せにした。周りが嫌そうな顔してたのにも、見て見ぬふりをした。だから自分は、皆に迷惑をかけた。」
そして最後に不破が強く言いきった。
「俺は、実際は自分一人で何でも出来るわけ無いのに、一人で何でも出来るって思い込んだ。そして、周りとの協力を怠って、結局一人で空回りしてた。周りに、迷惑をかけた。」
否笠は黒幕に告げる。
「我々は、自らの無自覚の罪を自覚し、その罪の重さに気付きました。このような過ちを二度と犯さないと誓います。だから、我々を解放してください! 」
お願いします! と全員が頭を下げる。黒幕が何も言わず静寂に包まれたため、四人は不安になったが、しばらくすると黒幕は大きく拍手をした。驚いて四人が顔を上げると、黒幕は穏やかな笑顔をしていた。
「おめでとうございます。全員が自らの無自覚の罪を自覚し、告白することに成功しました。」
「ということは……。」
「皆様は更生したと見なし、この扉を解放して差し上げましょう。──でもその前に、私の朗読を聞いていただけませんか? 」
歓喜の声を上げようとした四人は、突然の黒幕の申し入れに愕然とした。あまりにも拍子抜けしていた。
「なんでお前の頼みなんかを聞かないといけないんだよ。さっさとこの扉を開けろ! 」
不破はすぐさまその申し入れを断る。しかし黒幕は余裕の態度のまま不破に言い放った。
「良いんですか、そんなこと言って。この扉をコントロール出来るのは私一人だけ。この扉を解放するかしないかも、私の気分次第です。言ってる意味、わかりますよね。」
ほぼ拒否権の無い申し入れだったようだ。不破は黒幕の発言の意味を理解し、小さく舌打ちをした。黒幕はどこから出てきたのかわからない本を開いて、ゆっくりと語りかける。
「それでは、ご静聴のほどよろしくお願いします。」
* * *
むかしむかしある所に、一人の男がいました。男は無意識のうちに周りに迷惑をかける人たちが大嫌いで、その人たちのせいで世界の平和が乱されていると考えました。そこで男は、その人たちを「無自覚の罪を犯した罪人」として刑務所に閉じ込めていきました。では罪人はどんな人たちなのでしょうか。罪人の心の中の世界を覗いてみましょう。
元気な少女の心の中は白銀の雪が降り積もっている平原の世界でした。この世界の雪は少女の夢に対する思いが強くなるほど沢山降り積もっていきます。少女の将来の夢は「正義のヒーロー」になること。その夢を叶えるべく、毎日雪に埋もれかけている人がいないかパトロールをしていました。しかし少女は夢を見過ぎたためにずっと深い雪の中で埋もれている人を助けることが出来ませんでした。それどころか、叶わない夢を追い続けて無意識のうちに人を生き埋めにしてしまいました。こうして少女は『幻想への逃避』を犯した罪人として刑務所に入れられました。
怒りん坊な少年の心の中は冷たいみぞれが降っている一本道の世界でした。この世界では少年の大切な人が一本道のうんと遠くの方にいて、少年はその人がいる方へずっと走り続けています。少年は幼い頃にその人を亡くしてから「自分一人で何でも出来るようになろう」と思うようになりました。しかしそれはいつしか「自分一人で何でも出来る」という思い込みに変わり、他人との協力を怠るようになりました。その時からこの世界ではみぞれが激しく降っていて、無意識のうちに少年のうんと後ろの方にいた周囲の人々の身体を冷やし続けてしまいました。こうして少年は『自己の誇張』を犯した罪人として刑務所に入れられました。
中性的な少女の心の中は濃く深い霧が漂う何もない世界でした。この世界は少女と周囲の人々の姿しかありません。母親は、少女が自分の意見を主張すると必ずそれを否定する人でした。なので少女は自分の意見を主張せず、霧の中に葬っていました。それをする度に霧はどんどん濃くなり、気がついた時には人々の姿も自分自身の姿も見えなくなりました。その時には、少女は自分が何をしたいかさえもわからなくなっていました。そして少女は考える事をやめ、無意識のうちに周囲の人々が自分のせいで苦しむ顔を霧に隠して見ない振りをしてしまいました。こうして少女は『思考の放棄』を犯した罪人として刑務所に入れられました。
真面目な少女の心の中は大粒のひょうが降り注ぐ交差点の世界でした。この世界の中心で、少女は行き交う人々に道徳と倫理を重んじる価値観を唱え続けています。少女は道徳と倫理を重んじない人は人間じゃないと思い込み、道徳と倫理に反する行動をとる人々を許せませんでした。その強い思いは大粒のひょうに姿を変えて、道徳と倫理に反した人々をめがけて降り注ぎました。ひょうに打たれた人々はもがき苦しみながら倒れ、無意識のうちに人々を蝕んでしまいました。こうして少女は『価値観の排他』を犯した罪人として刑務所に入れられました。
罪人は、無意識のうちに周りに迷惑をかけて人々を苦しめてきました。だから皆、罪人のことを酷く憎んでいました。早くいなくなれば良いのにと思っていました。しかし人々に苦しみを与える罪人を刑務所に閉じ込めたことで、人々は苦しみから解放されて大喜びしました。そして人々は幸せになりました。こうして世界は平和に一歩近づいたとさ。めでたしめでたし。
* * *
パタリ、と音を立て本は閉じられた。黒幕は無表情になって罪人を見つめる。
「では、皆様に問います。……皆様は本当に、外に出ることを心から望みますか? 」
機械のように単調で冷たい声で黒幕は罪人に問いかけた。
「はぁ? 何を今更。早くここから出たいに決まってんだろ。お前らだってそうだよな。」
「当然。自分たちは外に出るために頑張ってきたんだから、外に出たくないわけがない。」
「そうだよ! 私たちは皆外に出たいに決まってるじゃん。ね、否笠。」
各々が呆れたように吐き捨てる。そして未村は同意を求めるように否笠の方を見た。そこで未村は目を疑った。今まで自分たちをまとめて、引っ張ってきてくれた否笠がその場で崩れ落ちて放心していたのだ。未村と非鈴が否笠に寄り添い声をかける。否笠は生気を失ったまま呟く。
「私は、取り返しのつかないことをしてしまいました……。こんな私が、外に出て、明るい人生を送るなんて、この世界が許してはくれません……。」
未村は直感的に否笠の様子が危険だと悟った。未村は否笠の肩を揺さぶりながら言い聞かせる。
「何言ってるの否笠! もう罪を告白して反省したんでしょ。 一緒にもう二度と同じ過ちを犯さないって誓ったよね。だから外に出ても良いんだよ! 」
「未村さんは私に生き地獄を味わせたいんですか! 道徳と倫理を重んじろと他人に強要しておきながら自分は周りの人を苦しめて。自分自身が一番道徳と倫理に反した行動をしていたのだから、周りは私のことを快く迎え入れてくれるはずがないんです。許してくれるはずがないんです。私は、どうやって生きていけば良いんですか……。」
頭を抱え震えている否笠の姿は今まで見たこと無いくらいに弱々しかった。なんとか否笠を立ち直らせようと不破は一生懸命言葉を探すが、上手く見つからない。未村もこの現状にどうすればいいのかわからなくなりパニックになっている。だがこの状況下でただ一人、冷静に発言することが出来る人物がいた。
「否笠は否笠らしく、真面目に生きたらいいじゃん。」
非鈴はそっと立ち上がり腕を組む。そして声をだいにして否笠に自分の思いを伝えた。
「たしかに否笠は周りから良く思われてないかもしれない。不快に思われてるかもしれない。でもそれが何? 持ち前の真面目さでなんとかしてしまえばいいじゃん。自分も否笠のこと気に食わないって思った時は沢山あった。それはきっと未村も不破もそう。でも自分たちは常に前を歩いてくれる否笠の真面目さがあったからずっとついてこられた。」
否笠は目を丸くして非鈴を見上げる。
「道徳と倫理を何よりも重んじて、自分の意見をハッキリ言って、率先して場を仕切って。否笠はこんなに沢山凄いことが出来るんだよ。そんな否笠のこと許してくれない人がいるはずないんだよ。自分は、もう他人に道徳と倫理を大事にしろって押し付けるのはダメだけど、それ以外は今まで通りの否笠で良いと思う! 」
非鈴は一生懸命に主張した。これは紛れもない非鈴自身の思いだった。彼女は見つけられなくなったはずの自分の思いを見つけて、言葉にできるようになったのだ。非鈴の著しい変化に不破と未村と否笠は非常に驚いた。また、黒幕も営業スマイルが崩れて、少し驚いているようだった。未村と不破は顔を見合わせて非鈴に続くように否笠に励ましの言葉を送る。
「……そうだよ。否笠は良いところをを沢山持ってる。だから皆が許してくれないわけがないよ! 」
「そもそも、罪を告白して更生したって黒幕に認められてるんだから、とりあえずでも外に出ればいいんだよ。案外すんなり受け入れてもらえるかもしれないだろ。」
否笠は三人からの言葉を、励ましを噛み締める。無責任で根拠の薄い主張だったが、弱った心を立ち直らせるには十分すぎる優しさだった。否笠はその目に光を取り戻し、三人に向き直った。そして、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。皆さんのおかげで目が覚めました。」
丁寧に礼をした否笠は黒幕の方へ体を向ける。
「私はもう迷いません。私は心から外に出ることを望みます。そして、この思いは二度と揺らぎません! 」
黒幕に向かって叫んだ否笠は黒幕を強く睨みつける。他の三人も怒りを宿した瞳で黒幕を見つめる。しかし黒幕は営業スマイルでこう言った。
「そんな怖い顔で見ないでくださいよ。本当に外に出たいと言うなら、ちゃんとこの扉を開放しますよ。」
「え、ブラック、それって本当? 」
「もとよりそのつもりでした。先程の朗読は私の遊びのようなものですし。それよりも皆様、早く扉の前へ。」
黒幕が扉の前に来るよう罪人に促す。言われるがまま四人は扉の前に立ち、重厚な扉を見上げる。
黒幕は四人の背後に回り、穏やかな声で言った。
「……更生、おめでとうございます。」
その瞬間、いくつもの機械音と鈍い音とともに扉がゆっくりと開き始めた。溢れる眩しい光に否笠は思わず目を瞑りそうになる。しかし、溢れる外の光を、希望の光を、この目にしっかりと焼き付けて、今後の自分への戒めにしようと思った。扉がどんどん開かれる。期待と安心が心の中を満たし始める。──生まれ変わった自分で、輝かしい未来を生きていこう。否笠はそう心に誓った。そして、扉は完全に開かれた。
「────え? 」
しかし扉の向こう側は自分たちが想像していたものとは全く異なる景色だった。そこはとても薄暗く、錆びれたボロボロの檻がずっと奥まで並んでいる。それは牢屋を彷彿とさせる風景だった。更に、鼻を刺すような腐敗臭が漂っており、強い不快感をもたらしていく。
「なんだよこれ、外に出られるんじゃなかったのかよ。」
そう、扉の向こう側は外に繋がっていなかったのだ。あまりに予想外すぎる展開に動揺する否笠たちの後ろから黒幕が口を開いた。
「ようこそ懲罰房へ。皆様を脱獄を企てたとして懲罰房行きとします。」
「どういうことか説明してください! 」
「…………お忘れですか? 皆様は無期懲役を下されているのですよ。」
顔を青白くしていく否笠たちに冷たい笑みを向けて、黒幕は言い放った。
「──刑期を終えるまで出られないのが『刑務所』ですよ。」
否笠は気付いてしまった。黒幕はこの扉が外に繋がる出口だと一言も言っていなかったことに。ふと黒幕の顔を見ると、目に光を無くした、悲しそうな表情をしていたのであった────。
木製の時計の音が静かに鳴り響く。がらんどうになった大広間に残されたのは、ただ一人暗い顔をする黒幕の姿だけだった。黒幕は誰もいない大広間に独り言を漏らしていく。
「今回のプロジェクトの罪人は、過去最短で全員が罪を自覚し、告白することに成功した。無自覚の罪は激しい思い込みから生まれる。そしてその思い込みでさえも無意識的に生まれる。本人はそれが正しいと、良い事だと本気で信じているからこそ、無自覚の罪は重罪なのだ。その無意識の思い込みを自覚することは容易ではない。それを短時間で成し遂げた彼らは素晴らしい人々だと言えるだろう。」
まるで誰かに語っているような、抑揚のある独り言だった。大広間内をコツコツと歩き回り、手振りをつけて、表情をコロコロ変えていた。
「──しかし今回もまた、罪人を解放することが出来なかった。……口先だけなら簡単だが、行動に移すのは難しい。それが人間というもの。私は人間は変わろうと思えば変われるものだと思えない。人間を信用出来ない。だからこそ罪を告白出来ても解放することが出来ない。……これもまた激しい思い込みだと自覚していながら、やめることが出来ない。本当は、私の方が凶悪な罪人なのかもしれない。」
独り言の内容に合わせて表情や動きを変えていく。それは意図的に行っているのではなく、完全に黒幕の無意識であった。しかし本人は全く気にせず独り言を続けていく。
「さて、今回のプロジェクトも失敗してしまったことですし、これを朗読して締めくくってしまいましょうか。」
そう言って、黒幕は一冊の本を開いた。
* * *
謎に包まれた男の心の中は大きな雷があちこちに落ちる森の世界でした。この世界で男は雷を操ることが出来、邪魔な草木に雷を落として焼き払って、森の平和の実現を目指しています。男は世界の平和が乱されているのは周囲の人間に迷惑をかけていながら自分の行いの悪質さに気付いていない者が存在するからだと思っています。そこで、その人たちを「無自覚の罪を犯した罪人」として刑務所に閉じ込めて消すことにしました。悪い草木に雷を落とし焼き払う事で男はどんどん森の平和に近づいていると思い込んでいました。しかし正義を行使して落とした雷は必要以上に草木を焼き払い、無意識のうちに緑豊かな平和とは程遠い森を作ってしまいました。こうして男は『正義の過信』を犯した罪人に成り果てました。
* * *
本を閉じ、誰もいない大広間に向けて礼をする。
「本当はもう少し続きがありますが、また今度にしましょう。この話は実に滑稽で何度読んでも飽きません。特に、男がこの後自分も罪人になっていることに気付いたのに、無意識のうちに矛盾した行動ばかりして自分で勝手に混乱する場面が非常に面白いです。」
誰も返事をしない。何も反応しない。しかし黒幕はお構い無しに独り言を呟き続ける。
「さぁ、切り替えていきましょう。さっさと犯罪者を消していきましょう。これが私に与えられた大切な使命です。」
腕を大きく広げ、誰もいない大広間の中で自分の存在感を限りなく主張する。そして黒幕は、強い決意を持った声で大広間に独り言を言い残した。
「────全ては、世界をより良くするために。」
『自分を消してくれる人を探すこと』
これが、私に与えられた大切な使命なのです。
そして、雷に打たれ続ける人間たちを救うのです。
今度こそ、人間を変えるのです。
さぁ、プロジェクトを始めましょう。
無自覚の罪 望永創 @hajime_0
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