第4話 Sweet nothing. (あまい囁き)


「香椎!」


 背後から名前を呼ばれ、思わず体が硬直こうちょくするのを感じた。風間の声だ、そうすぐにわかってしまう自分に嫌気がさす。

 どうしてわかってしまうかなぁ、彼だと気づかなければ、こんな思いをせずに済むのにと、心の中でぐだぐだ考えてみる。

 聞こえないふりをして前へ前へと足を進めれば、足音がどんどん近づいてくる。できるだけ早歩きをして振り切ろうとするが、男らしいごつごつとした手が肩を力強く掴む。


「なに?」


 無理やり振り返らされて、風間の顔を見上げれば、困ったように眉をハの字にしていた。

 捨て犬のような不安げな顔だった。あんなに自信家な風間にしてはめずらしい表情で、思わずごくりと生唾なまつばを飲んだ。


「何だよ、お前そんな耳悪かったっけ?」


「は?失礼ね」


 んじゃ耳くそ詰まってんのかー?なんて、いつものようにふざけている風を装って言いつつも、風間が微妙びみょうな表情をしているのに気づかないわけなかった。


「何か用?」


「いやぁ──、別にそんな大した用じゃ・・・」


 肩を掴む手の力がゆるんだのを見逃さず、すっと手を払った。


「じゃ、行くから」


 手を払い除けて彼の瞳を見れば、傷ついたように悲しげに揺れており、わけがわからないといった表情をしていた。

 そりゃあ、そうだよね。私たちは最近まで割と良好な関係を築いてきたと思うし、彼とは別に喧嘩をしたわけではない。

 風間としては、割と仲良かった友達に突然冷たくされ始めてどうしたらいいかわからない、といった感じかな。




 ──────ちゃんと風間と話したい。

 そう考えてはいたものの、何と言ったらいいかわからず彼を避け続けて1か月が経った。そろそろ何でもないから、忙しいから。・・・で済ますのは限界なのかもしれない。


「いい加減にしろよ」


「・・・、うっ」


 前を見ようと体をよじれば、今度は力強く腕を掴まれる。あとになってしまうのではないかというぐらいの馬鹿力に、思わず息が漏れる。


「俺、なんかした?」


「違うよ・・・別に風間は何も・・・」


「嘘だろ?それで──はいそうですかって引き下がるほど俺もバカじゃないんだけど」


 グッと短く切り揃えられた指の爪が私の腕に食い込む。暑くなってきたからって、こんな風に薄着をするんじゃなかったと変な後悔をしていたところだった。


「風間!香椎さん!何してんの・・・!?」


「・・・あ、っ」


 私と風間の間に入ってきて、風間の手を無理やり引きはがしてくれたのは、木村くんだった。


「・・・、木村には関係ねぇだろ」


「何言ってんの。二人とも僕の友達だし。──風間らしくないじゃん。どうしたの?」


 香椎さんの腕、血がにじんでるじゃん・・・と風間をとがめるように木村くんがそう言えば、風間も今気づいたようで、焦った顔をした。

 こんな風に風間の表情の変化を見つめるのは本当に久しぶりで、こんな時にも関わらず何だか嬉しいと感じてしまう自分がいた。

 たった1か月だ。でも、その1か月さえ本当に長く感じている自分もいて、その事実で自分でも気づかぬ内にこんなにも風間が好きになってしまっていたのだと思い知らされる。


「何でもない。でも香椎・・・ごめんな、」


「いいから、風間は香椎さん連れて保健室行ってきて」


「えっ!?いいよ、大袈裟・・・、っんむぅ」


 そんな大袈裟な怪我なんかじゃないと言いかけた唇は、続きを言うことができなかった。

 風間が私の唇を指でまんだからだ。痛くはないけれど、なんとも言えない気持ちになって思わず顔をしかめる。


「・・・女の子だし、傷にでもなったら責任取れないでしょ」


 風間が私を女の子と認識していたことに驚きながらも、木村くんに視線をずらせば、彼もそうだよ、風間には責任があるんだし行ってきなよ。なんて、そんなことを言うから。

 私は逃げ場がなくなって、うなずくしかなくって、大人しく風間についていくことにした。





 ──────────・・・


 保健室に着くまで、私たちの会話はゼロ。何度か口を開きかけては、風間のツンとした表情を見て何も言えずに口籠くちごもる。

 着く頃には、私の神経しんけいはすり減らされ、いろんな意味でへとへとだった。


「ごめんな、」


 彼がそう口を開いたのは、席を外していた保険医の代わりに私の腕の消毒を済ませ絆創膏ばんそうこうを貼り終えた時だった。


「えっ?何が?」


 全く何のことかわからずそう聞き返せば、


「傷になるかも、じゃん」


 なんて不安げな声が返ってきた。


「・・・謝るのはこっちのほう、だよ」


 些細ささいな傷でこんなに心配して、申し訳なさそうな顔をしてくれる彼を、私は追い詰めていた。

 けるにしても、関わらないにしても、理由ぐらい話すべきだった。話そう、話したい、そう考えていた癖に何もしなかった私は、自分のことしか考えていなかった。クソだ。


「急に避けて、ごめん」


 彼の不安げな表情は、私の言葉を聞いて困った顔に変化していく。


「それで?なんで、避けてたわけ」


「それは・・・、その、」


「言って」


 有無うむを言わさないような、そんな口調だった。優しいけれど、答えなければならないとはっきりとわかる問いかけだった。

 彼のいつもは優しく垂れている瞳をちらと見遣ると、少し怒ったような顔をしている。でも、イライラしている様子はない。我慢しているんだとわかった。


「傍にいれば、迷惑になると思ったから──・・・」


「・・・誰かに、なんか言われたの?」


 優しい口調だった。伏し目がちに彼に視線を送れば、もう怖い顔はしていなくて。

 私は少し安心して、ふう、と息を吐いて続きの言葉をつむぐ。


「──ちがう、そうじゃなくて。私も一応異性だし、不必要に関わってファンの人を不安にさせたり、事務所の人に嫌がられたりするような・・・」


 いろいろ考えて、一生懸命話していたけれど、言い終わる前に風間は言葉を重ねた。


「不必要なんかじゃないでしょ」


「へっ?」


「俺とお前の関係の、どこが不必要でどこがダメなわけ?」


 ──・・・ごもっともだ。風間は私を恋愛対象としてみておらず、他の友人と同じように接してくれているだけ。

 でも、私は違う。お前って呼ばれるのも、風間だから嫌じゃない、香椎って優しく呼ばれたら、その甘い声の理由を探してしまう。

 友情は、どちらか一方でもそれ以上の感情を抱いてしまえば、それはもう純粋な友情ではない。簡単に終わってしまうのだ。なんて身勝手なのだろうか。

 でも、身勝手でもそれでも、私は彼に迷惑なんかかけたくなくて、成功の邪魔なんてしたくないから。だから・・・。


「例えば、・・・こんな風に二人で話したり、風間が男友達にするのと同じようにじゃれて私に触ってくるのも、写真を撮られでもしたらマイナスイメージでしょ?迷惑かけたくない」


「それは香椎のせいじゃないし、迷惑でも何でもないよ。それにさ、ファンは交友関係ぐらいわかってくれる、口出ししてくるのは本当のファンじゃないから」


 ────そう、風間 聖はこういう男だ。私やファン、どちらも信用しすぎている。

 アイドルじゃなかったら、こんなに悩まないで済んだのかもしれない。・・・でも、アイドルじゃなかったら、こうして出会ってこんなに仲良くなったりしなかったのかもしれないし。こんなこと、考えるものじゃないなと、頭の中で独り言ちる。


「ごめん、私が嫌だから」


 保健室の硬い椅子から腰を上げると、今度はそっと手を掴まれる。


「・・・こんなんで、俺たちの関係終わるのかよ」


 まるでカップルが別れ話をしているかのような返事に、思わず笑いそうになる。

 でも、ダメだよ。私もう・・・引き返せないぐらい風間を好きになっちゃったんだよ。

 好きな私は、きみの友達ではいられないから。でも、そんなことを本人を前にして言えるはずもなくて。


「ごめんね」


「────・・・もういい」


 するりと私の手を握っていた彼の手が離れていく。その手を名残惜し気に見つめてしまう自分に嫌気がさす。

 そう言うところだぞ私。そばにいたって、すぐにバレてそばに居られなくなった気もするけれど。でもそれでも、自分から離れるという選択をしたほうが傷は浅く済むから。















 ────────────・・・



「風間、ごめんね。」


 誰もいなくなった保健室で、私は誰に聞こえるわけでもないのにそう呟いた。

 彼が、部屋の外でその声を聴いていたなんて知るはずもなかったのだ。





 ──────────・・・


「麗奈、loyal boySのライブ、行こう!」


「──えぇ?」


 風間と話さなくなって2週間ほどが経った。共通の知人もいるし、授業も重なっているため全く顔を合わせないわけではないのだが、会話は全くと言っていいほどしておらず、目も合わない。風間の徹底ぶりには溜め息が出るほどだ。

 おそらくあの会話で、私はかなり彼を傷つけてしまった。彼を一人の男友達としてではなくアイドルとして扱った。それは風間が望むものではなかっただろう。

 それに、彼は私を庇ってくれたのに私はその差し出された手を振り払ったのだ。嫌われて当然、私たちの関係は終わったのだ。


「何でよ、同じ大学に聖くんいるんでしょ?同じ大学の知り合いの勇姿ゆうし、見たいでしょ!」


 他校に通う友達のミッフィーこと香坂 深冬こうさか みふゆは、loyal boySの熱心なオタクで、私が風間と知り合ったと知ると自分のことのように喜び大興奮していた。

 しかし、「紹介して」「サインお願い」などと息巻くことはなく、もしも私が推しと自然に出会えたら、麗奈みたいに友達になれないかなぁーなんて可愛い妄想で満足するファンの鏡のようなオタクだ。しつこく紹介してと言うような友達じゃなくてよかったと、会う度に思う。


「見たい、ことには見たいけど・・・見たくない自分もいるというか、」


「なに変なこと言ってるのー?チケット余っちゃうのヤじゃん。それに行くなら友達と行きたい!興味ないわけじゃないんだから行こうよ!」


「う、うーーーん」


「行こうよっねっ!お願い!」


 もごもごと曖昧あいまいな言葉を連ねていれば、いつのまにか2人で行くモード。まぁ、アイドルな彼を生で見たこと勿論はない。私は好奇心と友人からの押しには勝てず、風間のライブに行くことを決意した。


「わかったよ、行く」


「わーーい!」



 ──────────・・・



「き、来てしまった・・・」


 行くと決まれば、ライブまでの日数はあっという間に過ぎていき、いつの間にか当日になっていた。

 ミッフィーと会場入りした私は、借りたペンライトを折れんばかりに握り締めていた。


「ちょっと、麗奈ガチガチじゃん!大丈夫?」


「だいじょうぶ、じゃないかも」


「ひぇーー同級生がいてもこんなに緊張するなら私どんな顔するべきなの!?」


 小声でふざけるミッフィーに、安心感を覚えている自分がいた。

 思わず──ふふ、と唇から空気が漏れる。すると、会場のアナウンスがライブ開始を知らせた。




 彼らの紹介映像がスクリーンいっぱいに映され、会場の期待感が膨らみ、熱をはらんでいるのを感じた。

 3,2,1とカウントダウンが終わり、舞台の真ん中から、飛び出るように出てきた彼。瞬間、悲鳴にも近い歓声かんせいで会場がいっぱいになった。


 ──────・・・嗚呼、彼だ。「皆、来てくれてありがとう!一緒に盛り上がろうな!」なんて会場の端から端まで走って、ファンをあおる風間。ほんの1、2か月前まで隣で笑いあっていた彼が、こんなにも遠い。

 この距離が当たり前な人なのに、勝手に切なさを感じて瞳にうっすらと涙がにじむのを感じた。

 ペンライト、付けなきゃ。彼らが歌い始めて、その輝きに圧倒されながらもそんなことを考えて、私はミッフィーに教えてもらった彼の色にペンライトを染めた。

 すると、彼がちらりと私を見た気がした。

 でもここには何千人、いやもっと彼らのファンがいるのだかから、見えて気づくはずない。ファンサービスで視線を送った先に、ピンク色が見えたからこちらを見たような気がしただけだ。


「────、うそ」


 ぽそりと、思わず呟いてしまう。彼は、何度も何度もこちらに視線を送っていた。

 アイドルってこんなにファンを見てくれるものなのか。そう思うほどに。


「え、聖くんなんかこっちに結構視線送ってくれてない?」


「思った!遠いのにねー?関係者でも来てるのかな」


 私の近くにいた他のファンたちが、こそこそと話し始めていた。歌の邪魔をするほどではない声色だったが、私にはしっかり聞こえてしまって・・・。

 思わず顔を下に下げてしまう。彼が、まるでこちらに気づいているような仕草をするから。

 ──────期待、してしまうじゃないか。風間がこの何千人、何万人の中から私を見つけて、そして気にかけてくれているのではないかと。


 それからも、何度も何度も彼と視線が絡み合っているような錯覚さっかくおちいっては、その期待を振り払うようにそのパフォーマンスに集中する。彼の歌やそのポテンシャルの高さに驚かされた。

 ファンの子たちが何度も何度も、彼の名を呼ぶのが聞こえる。彼は歌いながら、自分のファンたちに手を振り、うちわに書かれたポーズを決めたり、ウインクや投げキッスなどのファンサービスを重ねていた。

 彼の努力やファンへの対応を見ていると惚れ惚れとする一方で、私なんかが好きになっていい人じゃなかったのだと一気に気持ちが沈んでしまう。

 ただただ、自分と同じ学校の人がこんなにも輝いていて、何万人ものファン達を幸せにしているという事実を喜べる私であれたらどれだけよかっただろうかと、そんな喜びと反省の狭間はざまで揺れ動きながら彼を、彼だけを見つめていた。









 ──────────・・・


 最後のアンコール曲も終わり、ファンたちの中でもうこのライブも終わってしまうんだなと、寂しい雰囲気が流れ始めたころだった。

 舞台から退場する寸前、風間が振り返りこちらを見た。私は、再びこちらを見ているような錯覚を引き起こしていた。


「今日はさんきゅ!一緒に帰りたいし、いつもの駅近の公園で待ってろよ!」


 その言葉を聞いた会場のファンたちは、彼らが登場したときに負けない悲鳴とも歓声ともつかない声をあげ、彼らを送り出した。

 メンバーの中間なかまさんや西江にしえくんに小突かれながら手を振る彼を見ていて、わかってしまった。大学近くの駅近の公園。それは、皆で学校帰りに遊んだ公園だった。

 「大人でも楽しいね!」なんて笑いながら、皆で滑り台をすべったり、ブランコを漕いだりと遊んだ場所。彼が言っているのは、きっとその場所だ。

 ──でも、私の勘違いかもしれない。・・・それでも、たとえ勘違いでも、いいと思った。風間に、会いたい。私と彼は、立場が違う。私の存在は邪魔かもしれない。それでも、それでもいいと、彼が言ってくれたなら。

 ダメでしょうか、そばに居たら。決して今後二人きりで会ったりしないから、皆でまた馬鹿みたいにはしゃいで、一緒に授業を受けて、学食を食べて、大変なレポートは助け合いながら・・・そんな普通の大学生活を送ったら、ダメですか。


 ぐるぐると頭の中で彼との思い出、今日のライブでの言葉を反芻しながら私は公園へと向かった。

 私が頭の中をぐちゃぐちゃにしながら帰り支度をしているとき、ミッフィーは何も聞かないでいてくれた。

 その優しさに感謝しながら、私は彼女に別れを告げ大学の最寄り駅で下車した。











 ──────────・・・



 冷えた硬いブランコの座席に腰を下ろし、公園の時計を見ながら揺ら揺らと緩くぐ。

 時計の針は22時を指しており、女子大生が一人で公園にいるには少し危ない時間になってきた。ライブ終了から、かれこれ2時間ほどが経っていた。


「──・・・来るわけ、ないよね、」


 スマホで時刻表を開き、自分の家まで行くバスが付くまでにどれぐらいかかるのかを計算し始める。

 こんなところで、風間を待って馬鹿みたい。あの台詞だってただのファンサービスで、目線が何度もあった気がするのだって、全て私の勘違いで思い上がりだって。ちゃんと現実を見ないとね。


「お待たせ」


 もう帰ったかと思っちゃった、なんておどけた声が聞こえて振り返れば、彼。風間 聖がいた。


「──・・・えっ?何で・・・」


「何でって、約束したでしょ。一緒に帰りたいからいつもの駅近の公園でって、」


 よく見れば、しっかりセットされていたはずの髪はだらりと垂れていて、額にはうっすらと汗がにじんでいた。少し息が上がっているように見える彼は、私の隣のブランコに腰かけ、ふぅ、と深い息をついた。急いできたのかもしれない。


「だって、どれだけ人がいたかわかってる?私に言ったって確証なんて、」


「・・・関係ないよ」


「えっ?」


 思わず彼の方を見遣れば、当たり前でしょ?といった自信満々の表情をした、いつもの鼻につくイケメン、風間 聖がそこにはいた。

 何万人ものファン達を魅了してきた完璧な笑顔。その笑顔で見つめられながら、こんなことを言われたら誰だって彼に恋に落ちるだろう。


「──何千人、何万人いたって、俺はお前を見つけるよ」


「風間・・・」


 びっくりして、それ以上の言葉が出てこなかった。私は、彼の名前を呼ぶだけで精いっぱいで。

 彼の額の汗を、自分のハンカチで拭ってやれば、私がずっとずっと見たかった蕩けそうな甘い表情で私の頬を撫でた。

 風間が、まるで私を恋人にすように扱うから、そんな台詞で私を追い詰めるから。胸の高鳴りに聞こえないふりをして、ぎゅっと目を瞑った。


「さんきゅ、」


「う、ん・・・」


 うまい言葉が出ずに、頷くことしかできない私を見ても、彼は穏やかで優しい顔のまま。

 数か月ぶりに間近で見る彼は、あまりにもかっこよくて、そんな顔で、見つめられるだけで死んじゃいそうなのに、それなのに・・・


「香椎」


 そんな甘く、私を呼ぶから────・・・私はもう、何も言えなくなってしまう。

 恥ずかしくなって俯いてしまった私の髪を、さらさらとほぐすように触る彼に、肩が震えてしまう。


「こっち、見てよ・・・」


 そんな風に、切ない声で話しかけるから。私はもう、もう、ぐちゃぐちゃに溶けてなくなってしまいそうだと思った。


「な、に、?」


 勇気を振り絞って視線を彼に映せば、さっきまで自信に満ち溢れていた彼の表情は餌をもらえない子犬のように悲しみと切なさに満ちており、私はグッと唇を噛み締めた。


「俺と話すのダメなの、もうやめる?」


「え、っ」


「・・・まだ、だめなわけ?」


 ずるいよ風間。好きな相手にそんな風に悲しいです、辛いですって顔をされて、NOと言える人間が居るなら連れてきてほしいぐらいだ。


「風間、わかってやってるでしょ?」


「聖!」


「は?」


 いきなり自分の名前を叫ぶ風間に、思わず声が出てしまう。何が言いたいってんだこいつはといった怪訝けげんな瞳で彼を見つめれば、彼は少し意地悪な表情で言葉を続けた。


「俺、麗奈のせいで結構傷ついたんだよね?」


「──うっ、・・・名前、」


 ぐりぐりっ、と私のつむじを指でドリブルしながら、じゃあどうすればいいかわかるでしょ?と首を傾げる彼を、恨めしく思いながら、わかったと頷いた。ここでYES以外の選択肢なんてないに等しいのだから。


「──・・・聖、ごめんね」


「いいよ。麗奈のこと、もう怒ってないし、許す」


 ぎゅっと、横から抱き着いてきた彼を、振りほどくことなんてできないけれど。

 せめてもの反抗に、私は頭を捻りながら言葉を紡いだ。


「これは、異性の友達にしちゃダメなやつでしょ」


「今だけは、ダメじゃない」


屁理屈へりくつ・・・」


 屁理屈でいいから、大人しくしててよ。そんなことを言いながら、抱きしめる腕に力を籠める彼に、ギブギブ!と痛みを訴えたものの、全く効果がなく──・・・

 顔を上げてみると、彼の表情はなんだかとっても晴れやかで、嬉しそうで。

 私のうめき声を聞きながら、はははっと笑い声をあげる彼を見て、離してなんかもう言えなかった。







 ────・・・聖。聖が、好きだ。

 彼の友情を裏切ることになるから、彼を困らせてしまうから、絶対に言えないけれど。

 でも、いつか終わるその日まで。そばに、居たいな。一緒に居させてほしいな。

 彼がそれを望んでくれる限り、私は彼の最高の友達であることを誓おう。彼の肩越しに見える、煌めく星々を見ながら、私はそんなこと独り言ちていた。





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