第3話 Love is an irresistible desire to be irresistibly desired.
「香椎、一緒に飯食わね?」
「食べない」
「ヒュー相変わらずつれないねぇ?」
学食に彼が私を誘うようになってから、しばらくが経った。彼は男女問わずいつも人に囲まれていて、人気者だった。
俺ってイケメンでしょ?っていう態度は鼻につくけれど、風間聖という男はそれだけの男ではなかった。優しくて、周りの空気を読み、ちょっと面白いことも言ったりして・・・アイドルとは思えないくらい、普通の男子大学生、普通にいいやつだったのだ。
一緒にペアでフィールドワークをしてから、私の彼に対する印象はうなぎ登りに良くなった。子供や年配の方に対する対応がいいヤンキーが少女漫画では持て囃されたりする。それと同じ理論だ・・・なんて、そう私は自分に言い聞かせている。
「・・・わかったよ」
「お?」
ひとつ変わったことは、私が彼と共に時間を過ごすことを、受け入れ始めたってこと。
「だから・・・!もう、言わなくてもわかるでしょ」
「お前は相変わらずツンデレだねぇ?」
うりうりー、なんて言いながら、私のことを
「ちょっ!待てって・・・」
「・・・ほら、風間。行くんでしょ?学食」
立ち止まって振り返り素っ気なくそう伝えれば、彼は子犬のようにきらきらと瞳を垂れさせて笑うのだ。
「・・・!・・・そうこなくっちゃ!」
──その優しい顔が、私は嫌いじゃなかった。
──────────・・・
「おい、聖!お前また香椎と一緒かよ?」
「いい加減、撮られるぞー?
風間と一緒にいると、こうして
「いやぁ、俺そんな有名じゃないし?」
んな?・・・なんて言いながら椅子にかけた私の頭にポンと頭を載せる彼。
「ちょっと、またその話するわけ?」
「いやぁーだって天下のアイドル様よ?俺。まさか知らなかったなんて思わねぇじゃん」
ケタケタと楽しそうに笑いながら、なんの
男女問わず、友達とカテゴライズしてしまえば、その後は分け
「だから!・・・ごめんって前言ったよね?」
「へーへー、・・・俺はどーせ人気ないですよ」
もう、何回謝ってもこの話をしてくる彼に少しうんざりしつつも、慣れたやりとりに思わず笑みがこぼれる。こんな風に彼と仲良く食事する日が来るなんて、入学式のあの日には思いもしなかったな、なんて。
「風間、しつこい」
軽く肩をグーで殴ると、痛ぇ!と
「絶対イッたわこれ・・・骨イッたわーまじで香椎馬鹿力ー!はいっ無理死んだー!」
「うるさいよ風間!」
本当に子供みたいな風間。こんなんでアイドルやっていけんのか?なんて失礼なことを考えつつ、やれやれと肩をすくめる。
「でも、学内にもファンは絶対いるだろうから、香椎さんも気をつけなよ?」
「木村くん、ありがと。でも大丈夫だと思うけどな。だって風間とは普通の友達だし・・・」
彼は
その中で木村くんは、珍しいタイプだったし、私もあまり騒ぐタイプではなかったから自然と話す機会も多かったし、彼のことはすぐに覚えた。
「キャッ・・・木村くん・・・なんて優しい人なの!好きになっちゃうっ!」
木村くんにお礼を言っていると、横から風間が裏声でクネクネしながらそう呟く。
は?キモ。何してるんだこいつは。死んだような目で彼を見つめていると、木村くん達はプッと吹き出した。
「風間、それってもしかして私の真似なわけ?」
「もしかしなくても、そうに決まってるでしょ。どう?似てた?」
そんな気持ち悪くねぇわ、と今度は強めに肩に
「痛い!もう本気で折れたわー!香椎は俺のこと嫌いだからこんなことするんでしょー!あー肩だけじゃなくて心も折れたわーコワコワー!」
「ちょっと!そんなに痛くしてないでしょ!こっちは、あんたがアイドル業で鍛えてんの知ってんだかんな!?」
うっざ!風間ウザウザーモード突入してるじゃん。何なの、木村くんの前でそんなゴリラ扱いすんの。私の心の友・・・オアシス木村なのに、引かれたらどうすんのよ!やめて欲しいわマジで。
私が何したって言うんだ・・・似てないモノマネされ、ゴリラ扱いされ、その上恥もかかされて・・・。
「木村くんの前でゴリラ扱いしないでよね・・・」
ボソッと聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟くと、風間は急に無表情になった。何よ、さっきまで
もう、本当に子供なんだから。こっちがノッてあげないとすぐこれだ。嫌いじゃないから、時々は付き合ってあげるけど・・・この男は本当に世話が焼けますね。
でも、なんで木村くんと話すとこんな風に不機嫌こどもモードになるんだろう。こんな簡単に不機嫌になるんじゃ、テレビでアイドルとしてやっていけんのか?なんて思いながら、冷めたらいけないと、風間を無視して目の前のうどんを啜り始める。
ちらりと木村くん達を見遣れば、風間と私を交互に見遣り、彼らは彼らでやれやれといった様子でそれぞれ箸を進め始めた。え、まって、その呆れた雰囲気。もしかして私に対しても醸し出してる?風間だけじゃなくて私も?
「まぁ・・・香椎さん、気をつけるに越したことはないから。あんまり1人にならないようにね?」
ありがとう!と笑顔でそれを受けて、指でOKのサインをだす。まぁ、大丈夫でしょ。なんて深く考えることなく、私は残りのうどんを啜った。
──────────────────────────────・・・
・・・私が甘かった。
「げっ、」
トイレの個室から出てきた私の前には、頭の先から爪先まで綺麗な女の子達。フワフワに巻いた栗色の髪の子、綺麗なストレートの赤毛の子、それに
「香椎さん、ですよね」
初めに口を開いたのは、真ん中の巻き髪の子だった。美しい容姿に綺麗に整えられた髪。シャツにはしっかりとアイロンがかけられており、輝くようなアーモンド型の大きな瞳は長い
それはどこからどう見ても綺麗で可愛らしい、オシャレに気を抜かない素敵な女の子だった。
「そう、ですけど・・・私に何か?」
「
「──・・・は?」
思ってもみない言葉だった。私は、彼女達が言いたいのは・・・彼のことどう思ってるの?とか、私達は風間くんが好きだから協力して欲しいとか、そういった類の話かと思っていた。まさか──・・・関わるな、とまで言われるとは思わなかったのだ。
彼は確かにアイドルで、恋愛に近い感情やキラキラした夢を売る仕事をしているのかもしれない。彼は悔しいけど、この際私の好みかどうかは置いておいて・・・とてもハンサムだ。優しいし、いいやつだし、アイドルでなくたってモテると思う。
でも、それでも・・・友達になるかならないかなんて他人が決めることじゃない。彼自身が決めることではないのか。
「彼はアイドルなの。皆の聖くんなの、わかるでしょう」
──・・・だって風間 聖は、アイドルの前に、1人の人間だから。
「何それ?──アイドルは、人間じゃないの?友達も作っちゃいけないわけ?」
私の口から出た言葉は、やけに刺々としていて、彼女達を攻撃しようとするかのようだった。
ダメ。冷静に話さなきゃ。友達のことで熱くなるのは悪いことじゃない。──だけど・・・これは私の悪い
──・・・風間が、それを教えてくれたんだから。
「あなたは何も分かっていないんですね」
ストレートロングの髪を揺らし、眉を釣り上げてそう言う彼女は、本当に怒っている様子で、思わず口篭る。
「何が、言いたいんですか・・・」
ショートカットの子は、自身のスカートの
「・・・アイドルは夢を売る商売です。遊びの恋愛や、たとえ違っていても勘違いさせるような仲の異性が近くをウロチョロしてちゃ、事務所も黙っちゃいない。わからないんですか?聖くんに迷惑がかかるんです・・・!」
「・・・!」
風間に、迷惑がかかる。仕事や事務所にとって、・・・私との友情は不必要だし
──でも、彼はいつだって男友達と同じように私に接していた。私だってそうだ。彼といると自然体で居られた。男だとか女だとかと変に意識せずに、ただの香椎麗奈でいられたんだ。
彼の特別ではない、普通の友達。私もそう、彼は私の普通の友達。ただ、仕事がアイドルだったってだけ。友達になるだけで、迷惑なんて・・・そんなこと、どうしてこの子達に言われなきゃいけないんだろう。
「っ、・・・」
でも、そんな気持ちとは
ふわふわとカールされた髪をかきあげて、彼女は私のほうに一歩進み出た。
「あなた本当に、それでも彼と仲良くしたいんですか。相手の輝かしい将来を奪うことが、友達のすることなんですか」
「・・・そ、れは、っ」
わかった、言い返せない理由。本当はずっとわかってたはずなのにね。
最初はイケメンぶって、鼻につく男だった。初対面だった私に、俺が最高の4年間にしてやるなんて自信家どころじゃない
────・・・でも、風間はそれだけの男じゃなかった。優しくて仲間思いで、誰にでも親切、どんな相手ともすぐに仲良くなった。
転んだ子供に
仕事でどんなに疲れていても、眠たくても、授業中は眠ったり仕事以外の理由でサボったりしなかった。ちゃらんぽらんに見えて、真面目で努力家。フィールドワークの発表前の打ち合わせも、風間側から声をかけて私との約束を取り付けた。忙しいのは風間の方なのに、役割分担は必ず半分か彼が多く受け持とうとしてくれた。
どうして私は、今まで気付かないふりしていたんだろう。
「────香椎・・・」
私を呼んで、その声に振り返り視線が絡んだ瞬間、
テレビで見る彼は、何だか風間だけど風間じゃないみたい。だって、触れられなくて呼んでも返事が返ってこない。知らない人みたいで、少し怖かった。私はテレビで彼を見るのをやめた。その理由を、深く考えないようにしながら。
「私は・・・」
男女の友情はあると思っている。絶対、あるはずだ。でも、片方が相手のことを友達以上だと意識してしまえば・・・その関係は、たぶんもう友達とは言えない。
「ごめん、その通りです。私は彼と友達でいてはいけない人間です。でも、ごめんなさい・・・私は彼とちゃんと話してから、終わらせたい」
「わかってくれて、ありがとうございます・・・ごめんなさい、こんな風に辛く当たってしまって。ただ、私たちは聖くんが大好きなんです・・・それだけなんです、」
短い髪をくしゃくしゃにしながら、一生懸命彼を好きだという彼女。彼女は、風間のファンで、彼の仕事を応援したい。傍に居ようとはしないけれど、影ながら彼のことを応援している。彼のことを大切に思っているのが伝わってくる。大切だからこそ、近づかずに身を引いているのだとひしひしと感じる。
彼女と私は何が違うのだろうか、彼女達が彼の傍にいてはダメだと身を引き、私だけは傍にいていいのか。そんなのは、──おかしい。
私は、もうダメだ。この気持ちを自覚してしまったのに、風間の傍にはいられない。怖い、この思いが大きくなるのが。
恐ろしい。いつか風間を友と呼べなくなったことで、彼を傷つけてしまう日が来てしまうことが。
「──わかってくれて、ありがとう」
そう言われ私は、彼女達のことを見ることができず、くしゃくしゃの顔で頷き床のタイルをきつく見つめていた。
お礼を言うのは、こっちの方だ。私が何もわかってなかった、気づいてなかった。それをこの子達が教えてくれたのだ。
────・・・私はもう、風間の友達でいていい人間じゃないのだと。
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