第2話 Is there love in the air? (これって恋の始まりかな?)
──────どうしてこうなった。私の今の状況を正しく表現できる言葉があるとするならば、この言葉一択だろう。
「香椎、よろしくな」
肩をポンと叩かれ、項垂れていた顔をあげれば、相変わらず楽しそうに笑う彼。
彼がにやりと笑い、唇を歪めるの見て、私は思わず失礼なことを考えたのだった。
「あー・・・うん、」
諦めたようにそう言葉を返せば、彼は満足げに笑みを深めた。
ちょっとそうかなって思っちゃってたけど・・・やっぱりペアはこいつかよ。
──────────────────・・・
授業内で地域活性化のために何が必要なのか、近隣の人通りが多い場所を自分で選びフィールドワークに行くことになった。
1年生は座学中心だから、実際に外に出て調査できるって楽しみにしていたのだ。
今日は搾った選択肢の中から選び自分で大まかに考えた調査内容を発表し、それに近い調査の人とペアになるというペア決めの日。
「──私が考えた調査内容は以上です。ありがとうございました」
軽く頭を下げ顔を上げると、ちょうど目線の際に彼がいた。
ばちりと音がするぐらい、露骨に目が合ってしまい、私は思わず眉を顰める。
──・・・嫌な予感がする。
全員の発表が終わる頃には私は1つの可能性が浮んでおり、それを自身でいや違うと無理やり否定し掻き消していた。
私のフィールドワークのペア、“アイツ”になるのではないか、と。いや待って、本当に無理。
「似た調査と思う人達固まってーわかんない人は私のところに来なさい。こちらで振り分けます」
パン、と教授が手を叩いたのを皮切りに、学生がぞろぞろと動き出す。
仲良しグループで固まるのかと思いきや、彼らはそれぞれいつもつるんでいるグループとは違うメンバーに声をかけていた。
案外真面目な学生が多いんだな、なんて考えながら私は重たい腰をあげようとする。
「ねぇ!」
「うわぁ!・・・びっくりした、」
お尻を浮かせてすぐ、強めに声をかけられ、変な声が出てしまった。
いや声かけるタイミングよ・・・しかもこの声って・・・。じっとりと滲む汗に気づかないフリを決め込んで顔を上げれば、やはり想像通りの人物が私の目の前に立っていたのである。
「よっ」
片手を挙げて爽やかな笑顔を携えて私の元にやってきた男。忘れもしない、風間聖。勘違いチャラ男、うざい陽キャ。何かと鼻につく人間。最初から最後までボロカスな悪口しか出てこない。
彼の印象は、入学式後も私の中で最悪だった。時々授業が重なれば挨拶してくれるけど・・・なーんか鼻につくんだよね。
「なに?」
「いや、わかってんでしょ。俺と、香椎、ペア確定」
「いや確定じゃないから」
「はー?発表ちゃんと聞いてたのかよ」
しらばっくれる私に、食い下がる彼。うざいなぁと思いつつも、意外と真面目に授業に参加したいだけなのかも。なんて少しだけそう思った。
私の態度、悪すぎかな。いや・・・悪いよね。最初は断って別の人の元へ行こうかと思っていたものの、段々と申し訳なくなってきた。
彼は別に私に対して嫌な態度は取ってないのだから。こちらが勝手にチャラ男認定しただけであって、その後特段変なことをされてはいなかったのだ。そんなことを考えていたら、彼が追い打ちをかける。
「俺、フィールドワーク楽しみにしてたからちゃんと調査したいんだよね。それに、もう皆ペア決まってるみたいだし?」
「・・・うわ、ほんとだ。」
もう逃げ道はない、腹を括るしかない!そう思い、嫌がる素直な身体に鞭を打ち彼と視線を合わせた。
「そーゆーこと」
「意外と真面目なんだね、私もフィールドワーク楽しみにしてた。ちゃんとしたい」
彼の横長の瞳が柔らかく垂れて、口元も嬉しそうに緩む。
「意外と、は余計だけどな。香椎、よろしく」
笑顔で差し出された右手。なんだか握るのに抵抗があるなぁ。なんて思いながら、おずおずと手を伸ばすと、ぐっと掴まれた。
うおっ・・・!力加減・・・!馬鹿力!こいつ、チャラ男ぶってるくせに慣れてねぇな!?なんて、つい悪いことを考えてしまうのは、私がまだ彼に好感を抱けていないからだろうか。
「あー・・・うん?」
ここで冒頭のやり取りに戻る。
「1番いいレポート作ろうな!」
意外と、熱いとこあるんだ。やる気はない奴より勿論ある奴の方がいいに決まっている。
私だけが頑張ってもいい発表はできないんだから。張合いがありそうなやつで、ちょっとだけ安心した。
「うん、時間は限られてるんだし早く行こう」
「おっけー、早速行こうぜ」
もう、ペアが決まった人達はそれぞれ調査ができそうな場所の目星を決めている。
私たちは駅や商店街が人が集まるとみて、まずは商店街から行くことにした。
さくさくと物事が決まって行く。意見をすぐ出して提案してくれる。テンポよく進む会話に私は心地良さを感じ始めていた。
────────・・・
商店街に付き、早速アンケートを取っていると彼のコミュニケーション能力の高さに驚いた。
子供からお年寄りまで、様々な回答者に合わせて話題の振り方が違う。子供に声をかける時は、腰を落とし、親御さんに飴をあげて確認してから苺みるくの飴を握らせていた。
「ありがと。おにーちゃん、おねーちゃん、ばいばい!」
そう手を振る男の子にキュンとしながら手を振り返しながら、彼をちらりと見ると、本当に優しい顔をしていて・・・意外といい所もあるのかもしれない。なんて初対面の頃とは正反対の感情を抱くようになっていた。
「わ、ばぁちゃん!危ない!」
風間くんが突然走り出したと思ったら、おばあちゃんを抱きとめていた。私も彼とおばあちゃんの傍に駆け寄り声をかける。
「け、怪我は無いですか!?」
「ああ、大丈夫だよ。すまないねぇ、足をすべらせちゃって・・・」
彼がおばあちゃんを支えながら立たせてあげるのを確認し、私は散らばった果物をかき集めて買い物袋に入れていた。
もう、結構人いるのに誰も手伝ってくれない!なんでなの・・・?
「キャ────!!!」
鼓膜が敗れるような奇声(歓声)と共に、ぐしゃりと蜜柑が踏み潰された。
え、何この子達!?どこから湧いてきたのかわからないが、気づけば女子高生達10数名に私たちは取り囲まれている。
「ちょっと──・・・!」
辺りを充満している蜜柑の甘い香りに、現実に戻された私は彼女達に文句を言おうと口を開いた。
「かっ風間 聖くんですよね!?」
「
「デビュー当時から応援してます・・・会えるなんて感激です!!」
私の声なんて聞こえてないというように彼女達は“彼”しか見ていない。目がハートになってるように見えた。
「え?ロイヤル・・・?」
聞き覚えのある名前だった。それは、私はファンでは無いものの、人気がある男性アイドルグループだったはずだ。
風間くんに目線をずらすと、彼は困ったように笑いながら「そうだよ」と返した。
「ッキャ──────!!!」
「やっぱり!!!カッコイイ!!!!」
また奇声とも歓声ともいえる声をを上げる彼女達を見て、私はまた現実に戻される。いや、蜜柑!こいつらおばあちゃんの蜜柑踏んでるから!!!
「ちょっと・・・!」
彼女達の肩を押し退けて風間くんの前に入ると、彼女達を睨みつける。すると、彼女達も誰だコイツ?と言った顔で口を開いた。
「あんた誰?」
「何?邪魔しないでよ!」
「あなた達ね、邪魔も何も…おばあちゃんが買った蜜柑踏んずけてダメにしてるんですよ。謝ったらどうですか?」
私がそう口を開くと、彼女達のハートだった目は釣り上がり、みるみる怒りの表情を顕にした。
こ、こわい・・・こんなに一瞬で表情が変わることってあるんだ・・・そう感じながら私は唇を噛み締めた。いや、ダメ。負けちゃいけない!その一心で、背筋を伸ばし彼女達から私は目をそらさずに堂々と立つ。
私は間違ったことは言っていないし、間違ってること許せないんだもん。
「はぁ?あんたに関係ないじゃん」
「ねぇ、聖くんに近づかないでよ・・・!」
言い返そうと口を開いた時、彼が私の手を引っ張り背中に隠してくれた。
「──ひゃ・・・っ」
「ねぇ、皆。ちょっと待って」
聖くんは彼女達から見えない所で、私の腕をポンポンと軽く叩いた。
「きゃっ!聖くん」
「なになにー?」
「てか、その子誰なんですかー?」
風間くんの表情は見えないけど、彼の背中はもう怒っている人の出す雰囲気を纏っていた。JK諸君よ、何故そんなに無邪気でいられるのか・・・。
気づかないのだろうか。ほぼ初対面の私でさえこの雰囲気の差に気づけるのに。どうして・・・。
「このおばあちゃん、俺の知り合いなの。そんで、俺は今大学の授業で調べ物してるの。この子はそのペア。それに、俺のこと応援してくれていて、好きならわかるでしょ。人生の先輩は敬って優しくしなきゃダメだし、悪いことしたら言うことあるんじゃない?」
「えー・・・?」
「えーじゃないでしょ。そんなに物分りの悪い女の子達なの?俺のファンは可愛くて優しい子達しかいないはずだけど?」
彼の背の影から彼女達を覗き見ると、不満げだった表情が一気に綻ぶのが見えた。な、なんて男だ・・・。
「きゃっ可愛いだって!」
「おばあちゃん、ゴメンナサーイ!」
「蜜柑弁償した方がいいかな?」
態度が一変した彼女達に目を白黒させながら瞬きをしていると、私が背中を摩っていたおばあちゃんは優しい声で返事をし、笑いかけた。
「いいんだよぉー私が落としてしまったんだし、お嬢ちゃんたちはわざとじゃないんだろう?」
「おばあちゃん優しい!さすが聖くんの知り合いだね!」
「コラ。俺の知り合いじゃなくても、優しくしてよね。可愛くて優しい、いいファンでいろよ」
彼が指を指して注意をすると、雰囲気がより朗らかになった。すごい、どうしてこの人はこんなに簡単に場の雰囲気を変えることができるのだろうか。
「はぁーい!」
「わかりましたっ」
じゃあねと彼が手を振ると、素直に彼女達は帰って行く。彼女達が消えた後、私は自己反省が止まらなかった。
私の注意の仕方では、こうはならなかった。あの子たちが悪いことをしたから注意することは間違ってない。後悔もしていない。
でも、もっと言い方があったはずだ。私があのまま対応を続けていたら・・・きっともっと揉めて、彼女達はおばあちゃんに謝罪もせずに私達が言い合いになっていたかもしれない。
それを彼は瞬時に判断して、私を物理的に後ろに下げた。私も彼女達も頭に血が上っているのがわかっていたから、怒っている雰囲気は出てたけれど、笑顔でちゃんと対応していた。すごい・・・なんでそんなことできるの。
それよりも、ロイヤルボーイズ?アイドル?ファン・・・どういうことなんだろう。頭の中がぐるぐると回るようだった。
「いきなり囲まれてビックリしたよな?ごめんね。おばあちゃん。気をつけて帰ってな」
にっこり笑って彼がおばあちゃんの肩を撫でる。私はおばあちゃんに集めた果物が入った買い物袋を渡す。
「気をつけてくださいね。お家まで帰れそうですか?」
「大丈夫大丈夫、邪魔して悪かったねー」
おばあちゃんもニッコリと笑い返してくれ、笑顔で去っていった。いいことをして気分がいいはずなのに、私の心は晴れなかった。
「どうしたんだよ。そんな・・・モヤモヤしてますーって顔してさ?」
「私の対応悪かったなって反省が止まんない」
「いや、あれは俺が巻き込んだようなもんだだし気にしないでよ。ごめんな?」
「そう、後はあの子たちが話してたのは何?あんた・・・芸能人・・・なの?」
そう尋ねると、彼は困ったような、ちょっと不満そうな顔をして頬を掻いた。
「いやぁ・・・俺って思ってたより有名じゃなかったんだな・・・」
あはははーと能天気に笑う彼にイラッとして、思わず彼の頬を抓った。
「いでで・・・なにひゅんの、?」
「いやあんたがちゃんと質問に答えないからよ!」
パシッと私の手を掴み、自分から引っぺがした彼は、ニヤッと笑いながら答えた。
「そーだよ、俺って有名アイドルだもん」
「は、は────────ん!?」
何だよその返事、なんて言いながらクスッと笑う彼を見ながら、私の脳内は「?」でいっぱいになっていた。どうしてアイドルがこの大学に?いや、昨今アイドルが全員中卒や高卒なのが当たり前な時代ではなくなってきたけれど。
テレビに出るような忙しい人が、フィールドワーク真面目にやって授業に出て・・・って何だか信じられない。そして何より、そのアイドル様が私に声をかけてきていたなんて、なんなんだこの状況、なんなんだこの状態。
「俺がアイドルだから、友達やめたい?」
「は?そんなことな・・・ってか元々友達じゃねぇだろーが!」
ぺしんと頭をはたくが彼のワックスガチガチの髪はピクリともしなかった。何なんだ!このハードヘアも!口頭でも心の中でもツッコミを入れながら、私の口からフッと笑い声が漏れた。
「はは!もう友達だろー?認めろよ、照れ屋さん?」
私が友達でもいいかな、なんて思い始めていたことを知ってか知らずか、彼は本当に楽しそうに笑った。不意に視線が絡むと、私は呼吸の仕方を忘れたかのようにヒュッと息を飲む。
彼は、入学式の日に見た────・・・自分だけの面白い玩具を見つけた無邪気な子供ような、そんな恐ろしさを感じさせる瞳をしていたから。
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