ゆめみたいにきれいなさよなら
冬川 椿
第1話 I feel something for you. (君に特別な何かを感じたんだ。)
「お前さ、地元どこ?」
私のことを、時々「お前」と呼ぶきみ。そう呼ばれて嫌な気がしないのも、きみだけだった。
柔らかく心地の良い声が私の鼓膜を揺らす。その聞き心地の良い声が、嫌いじゃなかったことだけはよく覚えている。
────私たちの出会いは単純でありきたり。これはよくある話だ。彼は私と同じ大学で、同期。たまたま入学式の時に私の隣に座ったのがきみで、きみの隣に座ったのが私だったってだけ。
「福岡」
「へー!飯うまいってよく聞くとこ。結構遠くから来たんだ?」
「そー」
何この男?しつこくてチャラい、そしてウザイ。それがきみの、第一印象。長ったるくてウザったい髪の毛。垂れた人好きのするその瞳が、その長い前髪から覗いていた。
式の途中何度も立ったり座ったりお辞儀したりしたのに、崩れていないガチガチの彼の髪。きっとサラサラであったはずのそれは、見るも無惨に固められていた。
私が仲良くなれるタイプの人種とは思えない彼を目にして、私は早々に心のシャッターを下ろしていた。
「つれないじゃん」
「?」
「俺と会話する気ないっしょ?」
「!」
私の明らかに声かけないでくださいという雰囲気に気づいてるのに、この人はめげることなくしつこく話しかけてくるのか・・・。そう思えば、彼の持つ鋼のメンタルにも尊敬の意を示すことができるのかもしれない。
驚きで口を開けて固まっていると、彼はにんまりと口角を上げる。最悪だ、新しいおもちゃを見つけた時の子供がするような、恐ろしい表情を浮かべていた。
「ははっ・・・変な顔すんのな、お前」
私のことをお前と呼ぶそのチャラ男は本当に楽しそうに笑って、私の鼻を軽く摘まんだ。
「な゛に゛す゛ん゛の゛よ゛」
「へっ…変な声に変な顔、くっ…ふはっ」
式の途中だというのにこそこそと話しかけ何度も絡んでくるこの男を目の前に、私はわざとらしく溜め息を着く。
そっか、それなりにいい大学に入ったのに。こんな民度の低い陽キャに絡まれるなんて最悪だ。やっぱり浪人してでも国立に行くべきだったかな、なんて入学したてで私はこの大学を選んだことを後悔し始めていた。
「お前さ、今なんで“こんなやつ”がここに。この大学に来るんじゃなかった。って思ったろ」
「は?」
「わっかりやすいなーお前って」
じろり。彼を見遣る視線を厳しくし、私の摘まんでいたいた彼の手をサッと振り払うと、彼はより口角を吊り上げた。
「大丈夫。お前にとって、最高に楽しい4年間にしてやるよ」
ぽんぽん、と私の頭を軽く叩く彼は、やはり新しい面白い玩具を手に入れた子供のように幼い顔で笑みを浮かべている。
私は、こんな男の玩具なんかになってやるものかと、私の頭に乗る彼の手をまた振り払う。すこし強めに払ったからか、ぱちんと音がした。
「私の名前は、お前じゃない。あんた誰?」
「…俺のこと、知らないわけ?」
「あんたって随分自意識過剰!ちょっと顔がいいぐらいで、何?今日入学したばかりなんだから知ってるわけないでしょ!」
苛立ちから口調に力が入り、思ったより声が響く。
「ん゛ん゛っ」
咳払いが聞こえた方へと視線を移せば、前にいた学生がこちらを睨みつけていた。周りの学生も、何があったのかとこちらを窺うように見ている。
そんなに大きな声が出ていたのかと、私は会場に備え付けてある椅子の上で小さくなる。
入学早々、こんな男のせいで私が恥をかいた。なんて迷惑なやつだろう。自分自身も悪くはあるのだが、この時の彼の印象は当たり前に最悪だった。
「俺は、
耳元で囁く彼の声が、私の鼓膜を揺らす。擽ったさに身をよじると、彼はこう続けた。
「ねぇ、お前の名前は?」
「──・・・
ぼそり、自分の名前を名乗ると、彼はもっと身を寄せてこう囁いた。
「名前は?」
「・・・
「ふーん。香椎麗奈か」
「何よ?」
無駄にいい声で話すもんだから、こっちが恥ずかしくなってくる。こんな自意識過剰男、仲良くなる気なんて・・・さらさらないのに。
「ん。覚えた」
「別に・・・覚えなくていい」
はいはい、と私の肩を軽く叩く彼。嫌味のない、爽やかなボディタッチ。あまりにもいやらしさがなく触れてくるから、彼は私を同性だと勘違いしてるかのようにさえ感じられる。
「つれないこと言うなよー俺たち、もう友達でしょ」
「そんなつもりはないけど?」
「ひっでぇ!」
この時 私は知らなかった。この大学生活で体験する全てのことに、彼、風間聖が関わってくることに。
そして、彼が言ったように最高の4年間と言っても過言ではない思い出を、彼がくれることさえも。
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