第30話 欲張りな理想

 世直し断頭台の処分から数日、ヒトナリとイクミは未だあの依頼の結果にに囚われていた。

 許可が降りての事だとしても、民間の矜恃を破ったイクミとヒトナリは重く背に覆い被さる何があった。

 それは恐らく、自らの意志を持って行った殺人と、その選択肢を委ねてしまった罪から来るものだろう。


 特にイクミは仕事にも身が入らず、現在進行形で勤務中なのに店の外で意味無くスマートフォンをいじり、上の空だ。

 何気なくスクロールするSNSには、2人の警視長が汚職によって捕まったニュースが映っていた。

 頭に入らない情報に虚無を覚え、彼女はスマートフォンを閉じ、空を仰ぐ。

 澄んだ秋晴れの空が彼女にはとても眩しいものに思えていた。


「……天気いいなぁ」


「なに黄昏てやがる。仕事中だぞ」


「うおわぁ!?ビックリした!急に話しかけんな」


「サボってんじゃねぇよバカ。負担が増えるだろバカ」


「はぁー!?おまっ、民間だとアタシのが先輩だかんな!?」


「じゃー先輩が働かないで、後輩にばっか働かせてんじゃねぇーよ」


「……ごめん」


 ヒトナリは普段の覇気が無いイクミに対して、バツの悪い顔を見せた。

 ヒトナリは彼女に処分の手伝いをさせてしまったことを未だ後悔している。

 自分に力があれば、世直し断頭台に同情せず確保していれば、協力を願いでなければ。

 この依頼には様々な選択肢があった。その選択を間違った訳では無い。

 だが先に立つ後悔など無いことも事実で、現にヒトナリは自分の選択に疑念と不愉快な気持ちを抱いていた。


「そんな顔すんなよ。俺が悪者みたいじゃないか」


「……ごめん」


「だからその『ごめん』っていうのをやめろって言ってんだよ!

 あーもう!めんどくせぇな。この際だからはっきり言うぞ!

 手前ェが17のガキだろうが関係なくはっきり言うぞ!」


 ヒトナリは苛立ちを隠すことなくハッキリとした物言いをする。

 俯いていたイクミも声に驚き、思わず彼の方へ目を向けた。


「殺人許可証を行使したのも、世直し断頭台を処分したのも全部俺だ!

 手前ェがくれた選択肢を俺が勝手に選んだだけだ!

 手前ェの手は汚れてねぇ!!」


「でも、アタシは間接的に殺人に関わったんだ」


「でもじゃねェし、殺してもねェ。

 周りがどうこう言おうが、手前ェの行動は依頼を達成する結果に繋がった。それだけだ。

 だからイクミは世直し断頭台を殺したんじゃねェ!」


「詭弁だよ……物は言いよう。アタシは奴を殺したんだっ!」


「だァーもうっ!何言っても分からねェ女だなァ!!本当は言いたくねぇけど、言う気も無かったんだけど、恥ずかしいから1回しか言わねぇ!」


 ヒトナリは1度大きく呼吸し、イクミを真っ直ぐ見つめた。

 そして大声で言った。


「手前ェがあそこで動かなかったら俺は殺されてた。手前ェは俺を護ったんだ。

 イクミ、ありがとう」


 イクミはハッとした様に硬直する。

 自分の行動が他者を殺した。その1点にばかり気を取られていた。

 だがその反面、ヒトナリの命を救う行動でもあったのだ。“処分”という結果に囚われていた。

 ヒトナリの言葉に、イクミの心の枷が砕かれていく。

 今まで閉じ込めておいた感情は濁流の様に涙となって現れる。


「ごめん、ごめんなさい……!アタシにもっと力があればっ……!踏み込む勇気があればっヒトナリにだけ背負わせることは無かったのにっ……!!」


「だからァ!ごめんじゃねぇーんだよ!!

『どういたしまして』とかっ!『感謝の言葉を言えるんだ』とかっ!もっとイクミらしくいてくれ!!

 なんか恥ずかしいんだよっ!!」


「うんっ……!うん!ありがとう、ありがとう……」


 イクミの嗚咽と涙は止まらない。人を慰めることに慣れていないヒトナリは、それはもう同様して焦りまくった。

 道行く人々に好機の目に晒されることが余計に彼を動揺させる。


「もぉー2人とも!まだ仕事ちゅ――なんでイクミくんそんな泣いてるの!?

 ちょっ!ヒトナリくん女の子泣かせるのはダメだって!」


 2人の遅い帰りに呆れたコウタロウは、目の前の突然の光景に驚きを隠せない。

 長年共にいる彼でさえ、イクミの号泣する姿は久方ぶりだった。


「いやっ!?コウタロウさんっ!!違うんです!!励まそうと思ったんです!!」


「こーちゃぁん!!ヒトナリがぁぁ」


「えー……励ましてる様には思えないんだけど」


「イクミっ!手前ェは泣くだけじゃなくて、ちゃんと理由を言えっ!!」


 程なくしてイクミが落ち着きを取り戻すと、コウタロウの誤解を解くために経緯を話した。

 コウタロウもまた、この依頼を受けたことに後悔をしていたのだ。


「民間に処分の依頼が来ることはまず無い。

 むしろ、人を殺さずとも神異の力が使える、ということに重きを置いて所属している人間が殆どなんだ。

 人間はね、他者の死と他人の殺人にはそこまで抵抗を抱かない。

 恐れるべきは、自分の手で行う殺人だ。当たり前だけどね。

 君たちにその業を背負わせてしまったのは僕の責任だ。

 この言葉はすぐにでも言うべきだった。

 本当に申し訳ない」


 コウタロウは深々と頭を下げた。


「実はね、キッペイの依頼を最初は断ろうかと思っていたんだ。

 今更言うのも遅いがね。

 だが、彼と掲げた理想を優先してしまった」


「こーちゃんに理想なんてあったの?」


「理想がなければ、カフェ・てらすは立ち上げてないさ」


「その理想っていうのは?」


「神から授かった威光、神異を人に正しく使ってもらうことだ。

 他者の善性に頼り、意思が介入するこの理想を体現するのは不可能に近い。

 それでも神異を持ってしまったが故に、間違った道を歩む人を止めたい。

 そして、正しい道へ歩み直してもらいたい。

 それが僕の欲張りな理想だ」


 コウタロウの言葉は本気だった。彼の掲げる理想は、子供に読み聞かせる絵本のハッピーエンドの様な綺麗事だった。

 それでも、その綺麗事を実現しようと本気で思っている。

 ヒトナリとイクミにその気持ちは伝わった。


「じゃあ、そのためにもイクサバは止めないとですね。

 アイツの神異を授ける力に人生を狂わされた奴もいるだろ」


「ヒトナリ……今止めるって」


「あー、いや復讐したいって気持ちは変わらねぇ。刀を渡されようが、俺のことがお気に入りだろうが関係無ェ。

 アイツは俺の仲間を殺した。その事実は変わらねェ」


「じゃあ、どうするんだい?」


「欲張りな理想を掲げるコウタロウさんが聞きますか?

 簡単ですよ。

 イクサバを捕まえる。んで、イクサバに全部吐かせる。

 最後に、イクサバをぶっ殺す。

 俺の復讐もォ、アイツの力で増える神異使いもォ一気に片付く寸法ってワケ!!天才、藤實ヒトナリここにアリってねェ!」


 イクミは思わず吹き出してしまった。

 春夏冬ケンを確保して得た絆も、世直し断頭台を処分した罪の共有も全て確かだ。

 ヒトナリとイクミの間には確かに仲間としての関係性が出来ていた。

 だが、ヒトナリにとって復讐は復讐なのだ。

 それはイクミには許し難い。しかし、出会った頃から何一つブレない彼が羨ましいのも確かだ。

 むしろ彼女の感情が憧れに近かった。


「何が可笑しいんだよ。天才的な閃だっただろうが」


「じゃあ、その時はアタシが全力で止めてあげる!

 覚悟しとけよー!」


 イクミは笑顔だった。

 だがヒトナリを止めるという強い意志がある。

 ヒトナリもまた歪な笑顔で応えた。


「やってみろよ!そんときゃ手加減してやる。大人だからな」


「はぁぁぁぁ!?吠えずらかくんじゃねぇぞぉ!!

 アタシだってなんか理想見つけてやんだかんなっ!?

 2人だけ持ってて蚊帳の外っぽいの寂しいぃんだよぉぉぉ!!」


「それは関係ねェだろうがァァァ!!

 でもゆっくり時間をかけて見つけやがれェェェ!!」


「はいはい、2人とも顔怖いからやめなさい。

 僕たちは、イクサバを捕らえるという目的までは一緒なんだ。それまでは力を合わせよう。

 僕も全力で力になる。

 ……ヒトナリくん、イクミくん。僕たちはイクサバを捕らえる。

 誰よりも先に。これは依頼でも何でもない。

 僕たちの為に奴を捕まえよう。いいかい?」


 ヒトナリとイクミは、コウタロウの真っ直ぐな視線を受け止める。

 イクサバの正体も能力も未だ全貌が見えない。彼を捕まえることは苦難の連続であることだけが分かっている。

 痛みを伴うこともあるだろう。理不尽が待ち受けていることもあるだろう。

 だが、2人の返答は決まっていた。

 ヒトナリとイクミもまた、コウタロウを真っ直ぐ見つめ返し答えた。


『了解!!』


2人の声は秋晴れの空によく響いた。

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偽史神異1999 415(アズマジュウゴ) @AzumaJugo

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