第29話 大人の思考
まだ昼間だと言うのに、カフェ・てらすには『CLOSE』と記された看板が立てられていた。
しかし店内には明かりがついており、人の気配がある。
その正体は店長の正汽コウタロウと津田キッペイだった。
「……あぁ、分かったよ。2人ともご苦労様。気をつけて帰ってきてね」
コウタロウは電話を切り、大きくため息をついた。
「キッペイ、世直し断頭台は2人に処分された。君の思惑通りね」
コウタロウはキッペイを睨みつけながら、依頼の成功を報告する。
キッペイは彼から視線を逸らすように煙草の煙をゆっくりと吐いた。
「……ここは禁煙なんだが」
「客はいないだろう。貸切なんだ、硬いこと言うな。
さてと、あとは
今回の依頼料、弾んでおくよ」
「キッペイ、僕の部下は君のせいで人を殺すことになった。
なにか思うことは無いのか?」
「お互い仕事だろう?引き受けたのはお前だ。
確保ではなく、処分を選んだのは彼らだ。俺は仕事を提示したに過ぎない」
「そういうことじゃない!罪の意識は無いのかと言ってるんだっ!!」
「罪の意識だ?この仕事を始めた時から罪も、いずれ俺に降りかかる罰も最初から覚悟の上に決まってんだろうがっ!
お前は国のために戦う機関を組織した。
その結果起こる様々な不条理、不都合から逃げてるのはお前だろっ!
綺麗事で解決出来ることなんざねぇんだ。いい加減、現実に目を向けろっ!!」
キッペイはコウタロウの胸ぐらを掴み、声を荒らげた。
その手は震えている。
「……僕のやり方は君たちとは違う。綺麗事や理想が叶うのならそれに越したことはない。
君こそ短絡的な道を最善と思い込み、思考を止めているんじゃないのか」
コウタロウはキッペイの腕をつかみ返した。その手には、物凄い力が込められている。
キッペイは思わず、痛みに顔を
「……やめだ。一方通行だ、俺たちの言い分は。
進む道は違うんだからな」
「神の威光を得てしまったが故に、この国はその力を我が物顔で使ってしまっている。
人々が正しく神異を使う。その目的はも僕も君も同じだろう」
コウタロウは、スーツのシワを手で直しながら諭す様にキッペイに語りかけた。
キッペイは2本目の煙草に火をつける。
「……断頭台は死に場所を求めていた。駒としては世話になったからな。
最期の願いくらい叶えてやっても、 罰は当たらんだろう。
ヒトナリも分かっているはずだ。
生きる事ではなく、死ぬことに意味を見出すやつがいることも」
「……イクミくんがその優しさを理解することは難しいだろうね。
僕たちに依頼した目的は、イクミくんとヒトナリくんの成長かい?
だとしたら、公安所属の人間っていうのは随分お優しいんだね」
「それ、断頭台にも言われたよ。
コーヒーのおかわりをくれ。俺の手首を握った代金はでかいぞ?」
「僕のコーヒーが
「それで済んでいるんだ、感謝しやがれ。お前はやっぱ民間の方が向いてるよ。
警察のヤツら、ろくに美味いコーヒーもいれられねぇんだ」
二人の男は互いの言い分を皮肉という形で手打ちにした。
「……ったく、気に食わねぇことは、ヒトナリもイクミちゃんも俺を一切責めないんだ。
依頼をしたのは俺だ。世直し断頭台を焚き付けたのも俺だ。
でも、アイツらは何も言わねぇ。
オレからしてみれば子供のアイツらが、俺を責めねぇのが気に食わねぇ」
「……なんだ、君も罪の意識があるじゃないか」
「ふん……強がってみたけどなぁ。俺は人間なんだよ。
人間だから、俺の依頼で人殺す子供なんざ見たくねぇんだ。
それが国からの勅命だったとしてもな」
「……」
「コウタロウ。あの依頼はお前の忠誠心が試されていたんだ。
受けなかったらお前がテロリストになっていた」
「分かっているさ。僕はまだヒトナリくんのためにも、イクミくんのためにも、カフェ・てらすを潰すわけには行かない。
だから、受けたんだ」
「アイツらを焚き付けるために“確保”の選択も用意したが、実際確保なんて選択は出来ないんだ。
仮に2人がヤツを確保をしていたら、断頭台は俺の手で処分していた。
もちろん国の命令に抜け道を勝手に作った俺も処分されるだろうがな。
悔しいことに、優秀なんだよ日本の警察ってやつは。
お前には悪いが、正直処分してもらって俺は感謝してるんだ。
俺はまだ死ねない」
「なら、テロリストになりたくないから依頼を受けた僕も同じだ」
2人は互いにため息をつく。
共に自由に動けない身だからこそ、分かり合えることもあるのだ。
「俺たち大人のツケをアイツらに払わせるのは心苦しいな」
「……全くだよ。だが、この後悔すら僕たちは明かしてはいけないんだ。
僕たちは背負い続けなければならない」
「じゃあ、まだ当分下ろせそうにないな。
せいぜい、あの2人のために動きやすい道だけは作らねぇとな」
「あぁ……やり方は真逆だけどね」
歪な関係の2人は己の罪に目を向ける。
酷くきな臭い隠し事は毒のように彼らを縛り付ける。
だが、今は降ろすことは許せなかった。
例えヒトナリとイクミに辛い思いをさせても、彼らに恨まれたとしても。
来るべき日まで罪悪感を背負うことが、コウタロウとキッペイの罪だった。
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