第28話 断頭台VS不死身

ヒトナリとイクミにコウタロウから新たな連絡が入ったのは、ヒトナリが治療された日の夜だった。

彼から送られた追加の情報には、世直し断頭台の新しい位置情報と、現れる時刻が記載されていた。


時間は明日の昼。

位置情報に記された場所は、人も住み着かない瓦礫の跡地だった。

その場所は過去に崩れかけのビルが立っていたが、大雨による地盤沈下によって完全に倒壊したらしい。

近辺には小さなアパートがあり、そこに暮らしていた人々が何人も犠牲になったとネットの記事には記されていた。

詳しく調べると、人工的な爆破の跡があり、人為的な事故と糾弾する記事もあった。

どちらにせよ、ビルもアパートももう無い。

そこに有るのは、長い月日によって錆び付いた瓦礫と、人の手が介入せず自然のままに伸びきった林だけだ。


ヒトナリとイクミは指定された場所で世直し断頭台を待っていた。

互いに時間は守るタイプのため、約束の時刻までまだ5分もある。

未だ世直し断頭台の影は見えない。


「ヒトナリ、今更なんだけど……すんっごい今更なんだけど」


「何だよ」


「えっ?本当に言っていいの?聞いて後悔しない?」


「しない。だから何だ」


「えっ?いいの?本当に?マジで後悔するかもしれないよ?それでもいいの?」


「だから何っ!勿体ぶってないで早く言えよ!」


「いやさぁ……この情報自体が罠って可能性あったなーって」


「いや、それはないだろ」


「根拠は?」


ヒトナリは少し考える。

世直し断頭台と刀を交えたあの時、圧倒的な実力さを前に敗北を味わったが、何故か死ぬ気はしなかった。

それは何故か。


「……世直し断頭台は亡霊だからだ」


「何言ってんの?アイツ生きてんじゃん」


「お前も戦いが始まれば直ぐに分かるさ」


ニヘラ、とヒトナリに笑いかけられたイクミは何処か疎外感を感じた。

彼女は直感的に、直接戦ったからこそ分かる意味だとそれを理解していたからだ。イクミにもそういうことはある。

鬼一きいちハジメがまさしくそうだった。

彼との争いで、彼の怒りや不満、そして復讐心を理解出来るのは、ハジメ本人とイクミ自身だけだ。

結局のところ人同士がぶつかり合う時、そこで生まれる感情を理解出来るのは当人同士でしかない。


「……ムカつく。アタシだって分かってんだよ。

その意味が戦わないと分からないことだってさ」


「……来たぞ」


風が突然ピタリと止む。先程まで揺れていた草の擦れ合うカサカサという音も消え、辺りを静寂が包み込んだ。

まるで2人の目の前に現れた無音の男を、この場所が待ちわびていたかのように。


「貴様ら……来るのが早いな。少し待たせたか?」


世直し断頭台は鬼の面を付けていた。


「いや、時間通りだ。気にするな。その面もよく似合ってるぜ?

で、この場所を指定したのは手前ェか?世直し断頭台」


「いや、俺ではないな。そいつにはある意味感謝をしているが」


「……?」


「……知らないのなら良い。あちらも知られたくないはずだ」


「別にそこまで俺も興味は無ェ……。どんな思惑があれど、手前ェと俺は斬り合うだけだからよ」


「ふっ……違いない。に楽しませてくれ。

俺は復讐も、大義も何一つ残っちゃぁいない。だから、斬り合おう」


イクミはヒトナリの言っていた“亡霊”という言葉の意味を理解した。

それと同時に、ヒトナリが“確保”という選択肢を端から取るつもりが無いことを理解してしまった。


「ヒトナリ、アイツは……」


「……俺は、奴が少しでも……ほんの少しでも生きる為に戦ってるのなら“確保”するつもりだった。

でもなァ、奴の刀には生気がねぇ……。を求めてる奴は救えねェ」


ヒトナリは、世直し断頭台に同情をしていた。

あまりある殺しのセンスを持つこの男が、死に場所を求めている。

そこに至ってしまったのは、奴が死ぬべき時に死ねなかったから。

ヒトナリに武士道は分からない。だが死ぬべき時に死ねず、生きたまま地獄をさまよい続けることは、あまりにも酷だと思った。


「俺はこれから殺す。世直し断頭台をこの手で殺す。

……イクミ、やっぱり俺に手を貸すな」


「えっ?」


「手前ェの心は汚しちゃいけねぇ。短い付き合いだが、俺にもそれくらい分かる。

復讐を止める人間はな、過去に同じ経験をしてる奴だけだ」


「っ!?」


イクミはヒトナリに自身の過去を話したことは無い。

だが彼の言う通り、彼女も復讐に身を焼かれたことは事実だった。

彼女の復讐の果ては、あまりにも空虚で後悔に満ちた現実が残っているだけだった。

だからこそ、イクミは他者の復讐を止める。

瞬間的に得ることの出来る高揚感と満足感は、空になった後の人生を保証しない。

つまり以外何も残らないのだ。

彼女はそれを知っている。


「イクミに何があったかは分から無ェし、知る気も無ェ……。

でもなぁ、止める側にたった人間が、復讐の後始末こんなもんに付き合う必要は無ェ。

そういうチンケでしょうもないことはなァ……今、復讐に心を燃やしてる奴の仕事だァ。

いずれ破滅することが分かっててもォ、それに必死こいて縋りついてる弱虫がやりゃあいいんだ

だから、イクミ。手前ェはこんな小物の相手しなくていいっ!!」


「……」


イクミは自分の行動と意思が綺麗事でしかないと理解していた。

それでも、現状を納得することは出来ず俯いた。

彼女の様子を見たヒトナリは、おもむろに自分の親指を噛みちぎった。

肉は破れ、血液が滴り落ち地面に赤い染みを作る。


殺人許可証マーダーライセンス承認」


ヒトナリは胸元から1枚の書状を取り出し、血判した。


「津田さんよォ……この1枚は重いぜ」


死合の舞台は今整った。

殺人許可証に印を押したヒトナリは、現時刻を持って彼の殺人は法に許された裁きへ認められる。

対する世直し断頭台は死に場所を求めど、その裁きを甘んじて受け入れるつもりは無い。

津田キッペイの命に従い、人斬りとして最期の相手に敬意を払う。


「……さぁ待ってやったんだ。楽しませろよ“不死身ゾンビ野郎”」


「時代錯誤の“亡霊”には成仏してもらわ無ェとなァァァ!!」


2人は同時に抜刀しぶつかり合う。

互いに目の前の敵を刀ごと斬り倒さんと、技術と力をぶつけ合う。

奇しくもその姿は、彼らが初めて刃を交えた時と同じだった。


「……貴様、この短期間で強くなってるな。俺の力の逃げ道を塞いできやがる」


「手前ェにぶった斬られたおかげでよォ!!俺ァお目々パッチリだぜェェ!!

だよなぁ!黒無骨くろぶこつゥゥゥゥ!!」


ヒトナリの熱意に呼応する様に刀の重みが増す。硬度を無視してへし折ろうとする剛力に、世直し断頭台は思わず距離を取った。


「死に場所を求めたんじゃねぇのかァ!?

素直に斬られやがれ」


「貴様と違い、俺は豪の剣ではないのだ。付き合うギリは無い」


「じゃあ次は手前ェの土俵で負かしてやるよォォォォ!!」


世直し断頭台は、ヒトナリの力任せの初太刀を持ち前の速度で体を捻って避けた。

柔軟性を活かし、崩れた体制から不規則な剣撃をヒトナリに浴びせる。


たが、この攻撃をヒトナリは全神経の気の向くままに躱した。

過去の彼であれば、無数の切り傷を受けていただろう。


彼の予測は世直し断頭台と同じ“先の先の先の先”に至っていた。


世直し断頭台が“殺しの才能ギフト”を所持しているとすれば、ヒトナリは“学びの才能”だろう。


未だ両者の肉体に致命的な傷は付いていない。


「どうした、亡霊が怖いのか?俺は死にたがりだぞ?」


「それは死にたがりの目じゃ無ェなァ!」


世直し断頭台の眼には光が産まれていた。

消えかけたはずの殺しを楽しむ本能が彼に舞い戻っていた。

先で待っている家族には悪いが今を楽しませてくれ、という歪な活力が、彼の技をより殺傷力の高い一撃へ変化させる。


「まだ速くなんのかよォ!?」


ヒトナリは際限を知らない速度と、多方向から繰り出される変態的な攻撃に思わず悪態を叫ぶ。

世直し断頭台はもはや無音で無かった。彼の動き全てにら鼓動の様な爆音が伴っているのだ。

世直し断頭台は今この瞬間を生きている。


“静”と“動”の戦いは、“動”と“動”の戦いへ移行していた。


「速ェ!速ェけど見切ってるぜェ!!」


「なら、これはどうだ」


世直し断頭台は斬り合いの最中、瞬時に構えを変える。

一瞬の納刀。明らかな隙を作る世直し断頭台に、ヒトナリは攻撃できなかった。全神経が危険信号を放っていたからだ。

ヒトナリは直感的に理解する。次の瞬間に自分は絶命するかもしれない、と。



――それは音を置き去りにする志向の突きだった。

切っ先の狙いは、ヒトナリの喉元。

先程までの変幻自在による多方面の攻撃ではなく、超破壊力で穿く精密な点の攻撃は、確実に相手を死に至らしめる。


だが、彼の攻撃は外れていた。

厳密に言えば外れたのだ。


「なにっ……!?」


世直し断頭台の手には刀が無い。それどころか、握っていた指先に力が入らない。

刀はヒトナリの頬をかすり、彼の後方で地面に突き刺さっていた。


「……恐怖の大王・弾ノストラダムス・バレット


彼女は自分の手を銃に見立てて、世直し断頭台の手の甲に神経麻痺を打ち込んだのだ。


本来彼女は触れなくては、この力を発動することが出来ない。

彼女もまた、2人の決闘に触発され成長した1人だったのだ。

その攻撃の有効距離は僅か5メートル。


世直し断頭台の一瞬納刀を彼女は見逃さなかった。

冷静な彼ならば、どれだけイクミが気配を消していても、気付くだろう。

だが、彼の音速の突きは集中力が伴う。彼女にそれを割く余裕は無かった。


結果、世直し断頭台の刀は手から抜け、ヒトナリの命を救ったのである。


「イクミっ!?」


「ヒトナリ……どちらを選択してもアタシは文句を言わない。

だから……アタシにも背負わせろ」


イクミはそう言い残し、意識を失う。その一撃は、世直し断頭台への“処分”に対する覚悟の証だった。


「ここまでか……」


ヒトナリは世直し断頭台の因果を断ち切るが如く、強烈な一閃をもって彼の腹部を斬り裂いた。

大量の血飛沫が飛び散り、はらわたが圧迫から解放される。


「ゴプゥ……!!」


彼の口から血液が溢れ出した。

皮膚、筋肉、臓器その全てに到達した傷は、彼を確実な死へと誘う。


「亡霊ェ、成仏の時間だ。念仏代わりの斬り合いは粋だっただろうゥ?」


「2人で来るとは、聞いてなかったぞ……。

いや、意識が避けないほど……俺は、夢中になっていたんだな……」


世直し断頭台は、掠れる声でヒトナリに問いかけた。


「俺もイクミが助けてくれるなんて思わなかったよ……。

手前ェの底は、今の俺には分からなかった。

斬り合いは手前ぇの勝ちだよ。悔しいけどな」


世直し断頭台はヒトナリの解答に、ニヤリと笑うと1度大きく咳き込み、血溜まりに沈みこんだ。




――まだ辛うじて意識のある彼の目の前には懐かしい人たちがいた。


「あ、あぁ……待っててくれたんだな。

遅くなって、すまない……」


それは彼の家族だった。当時と変わらない姿をしている彼らに導かれ、光へと歩む。

その先は地獄か天国か。それは世直し断頭台にしか分からないのだろう。


「……何笑って死んでやがる」


ヒトナリの前には、笑みを浮かべ事切れる男の姿があった。

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