宇宙船が全てを地獄にする

海沈生物

第1話

 田舎は生きる地獄だ。半田舎はまだマシだが、田舎で良い所なんて「都会よりも地上の光が少ないので、夜空に輝く星が見やすい」ぐらいしかない。徒歩圏内にイオンのような巨大なショッピングモールもなければ、コンビニもスーパーもない。学校に行くために数時間はかかるし、なんとうちの村には同年代の奴が一人しかいない。


 この鬱屈とした田舎の世界で、僕とその男……室井音ムロイオンこと「イオン」は「いつかこのクソ狭い世界を一緒に抜け出そう」と幼い頃から約束していた。そして、その約束から数年後。ついに僕たちは高校進学を期にして、二人で都会の高校の寮生活をすることが決まった。


 僕たちは「やりたいことリスト」を作って向こうでやることを考えたり、あるいは「もしもどちらに彼女ができたらどうするのか」という恋愛談義に花を咲かせたりした。

 しかし、都会の高校の寮生活が始める前日のことだ。僕たちはこの田舎で唯一の良い所である「都会よりも地上の光が少ないので、夜空に輝く星が見やすい」を堪能するため、真夜中に村の郊外にある森で星空ウォッチングをしていた。


「今日は一段と輝いていて綺麗だね……その、つ、つ……星が」


 僕の語りかけに、イオンはふっと温かな笑顔を見せた。


あくた、お前なぁ……その"なんかロマンティックなことを言おうとして、普段は絶対言わないセンチメンタルな言葉を漏らす"のはやめておいた方が良いぞ。普通にキモいし」


「き、キモ……っ! さすがの相手でも、人に言って良い事と悪い事があると思うんだけど!? 殺すぞ?」


「おー怖い怖い。せっかくのお誘いということで来てやっただけのに、そんなこと言うなら、俺は殺されない内に帰ろうか…………」


「あー! 待って待って! 僕が悪かったですイオン様、まだ帰らないで帰らないで! 僕をこの"いるだけで孤独感でセンチメンタルになりまくるだだっ広い丘"にひとりぼっちで置いていかないで! ごめんて!」


 僕が立ち上がりそうになっていたイオンの裾を掴むと、彼は眉に皺を寄せ、迷惑そうな顔で座り直してくれた。ほっと息をつくと、僕は隣で欠伸をしながら空を見上げる彼の顔を見て、頬を染めた。


 「恋人」でも「家族」でもないイオンと過ごすくだらない時間が、このカス田舎においてただ唯一無二の「幸せ」だった。この満天の星だって、彼がいないで見るのならただの蛍光灯のライトと変わらない、無価値なものにしか見えなかった。口にすれば「キモい」と笑われそうだが、それでも彼の存在が本当に僕にとって「幸せ」だったのだ。


「……でもさ、俺もお前も今日までよく自殺もせずにこんな田舎で生きてこれたよな。これって、かなりすごいことじゃないか?」


「すごい……は過言じゃない? それは精神的には地獄だったけど、毎日まともなご飯を食べられるぐらいには恵まれていたし、学費だって両親がちゃんと出してくれていた。そういう点では、僕たちよりも恵まれていない人たちなんて溢れるほどいるはずだよ」


「そういう世界的な話をしているわけじゃないんだけども。……まぁ、確かにその意見も一理あるか。あの夜空に腐るほど星々があるように、俺たちのだって、世界全体から見ればで意味の無いものなのかもしれないな」


""


「人の構文を丸コピすんな、 ……っあ」


 イオンが地面に顔を打ち付け、自分のやらかしを嘆く姿に僕は腹を抱えて笑う。僕も大概だけど、イオンもたまにこういう馬鹿なやらかしをする。こういう滑稽な彼の姿が僕は一番好きだ。僕はどうか、この幸せな夜があと数日続けば良いなと祈った。 

 ちょうどその時のことだ。夜空にそのキラキラと光る「星」の内の一つが、夜空を駆けているのを見た。イオンも僕も自分の取っていた行動を止めて、その星を見る。


「あれは……流れ星か?」


「逆にそうじゃなかったら、何だと思うの?」


「うーん……核兵器とかか?」


「政治の絡むガチな話は場を冷えさせるだけだし、やめといたほうが良いよ」


「そうなのか? …………なぁ、なんかあの星、こっちに向かってきないか?」


「まさか。流れ星は大体成層圏で燃え尽きる……」


 しかし、その「星」と思われるモノは確かに僕たちの方へやってきていた。「不味い!」と気付いて二人でなんとかその場から離れようとした。だが、時すでに遅し。その「星」と思われるモノは僕たちの方へ墜落してきた。僕たちは衝撃によって僕たちの身体は簡単に投げ飛ばされると、地面に身体を叩き付けられた。そのことによる痛みから、僕は意識を失った。


 それから、何時間経っただろうか。身体が大分動くようになってくると、僕は何よりも真っ先に、イオンの姿を探した。頭から血が流れているような気がしたが、そんなことはどうでも良かった。それよりも、イオンの無事を確かめたかった。どうか、生きていてほしい。どうか、いつものように「あー死ぬかと思った。芥、大丈夫か?」と鹿みたいに温かな笑顔を見せてほしい。


 しかし、現実というものは時として残酷なものである。巨大な石の下で、彼は頭から血を流しながら倒れていた。僕は急いで駆け寄ると、何度も「おい! おい!」と身体を揺らして呼びかけた。それでも、返事をする様子はない。


「なんで……なんで……だよ……僕を一人にして、こんなクソったれた田舎に置いていくのかよ。なぁ……なぁ! 都会の高校で、一緒にバカみたいに幸せな日常を送る未来はどうなったんだよ! なぁ! なんで……」


 イオンの胸元に顔を埋め、どうしようもない「死」という現実から逃避する。しかし感じるのは、彼の心臓がもう動いていないという冷めた現実だけである。どれだけ逃避しても、僕は「死」から逃れることができない。頭ではそのことを理解していた。


 それでも、僕は受け入れることができなかった。突然「星」と思われるモノが降ってきて、それでイオンだけ死ぬなんて。理不尽な「現実」があって良いわけがない。どうか、どうか蘇ってほしい。僕の命など、もういらないから。


 そう祈った時だ。墜ちてきた星……いや「宇宙船」の中から、僕と同じくらいのサイズの謎の生物が出てきた。二足歩行の「それ」は、本来人間であるのなら「手」と「足」がある部分にブヨブヨとした触手を付けていた。その生物はまさに「異星人」とでも呼ぶべきものだった。


「お前は……誰、だ?」


「識別名というのなら"繧ソ繧ウ繧ソ繧ウ-99"なんですが……まぁシンプルに”異星人”で大丈夫です。面倒なので」


「……えっ、喋れるのか」


「この星の生き物より高度な文明を持っていますからね。……それにしても、酷く狼狽した表情をしていますが、どうかなされたんですか?」


 その異星人は「ニコッ」と笑いかけてきた。その笑顔はイオンのものとは異なって、とても冷ややかな笑みだった。その冷たさは僕にイオンの温かい笑顔を思い出させて、僕の心を曇らせた。


「僕の友達が、お前の……お前の乗っていた星のせいで死んだんだよ。お前が墜ちてきたせいで」


「それは……大変悪いことをしました。ですが、そういうことなら簡単です。お詫びと言ってはなんですが、今から俺の手で貴方の大切な彼を蘇生してあげます」


「ほ……本当か!? 本当に、本当なのか!」


「わざわざ、嘘をついて恨まれるようなことはしません。ですが、一つだけ条件があります。のです。そうすれば、この人間を蘇生することができます」


「……譲る、って。生贄になれ、とかではないんですか」


「そういうことですね。つまり、貴方の人生を俺が引き継ぐというです。ちょうどこの異星人の肉体では、この星で活動をしにくいと迷っていた所だったのでね。……もちろん、無理強いはしません。嫌だというのなら、俺は引き下がります。どうでしょうか? この契約を受けますか、断りますか?」


 僕はその契約をどうするか迷った。それは僕の命を失うのが怖い、というわけではない。命など、イオンのためなら惜しくはない。しかし、仮に僕の身体をこいつに乗っ取らせた場合、イオンは僕じゃない僕と「これから」を過ごすことになる。あの温かい笑顔も、くだらないやり取りも、僕がもらえるべき全てが彼に対して向けられるのだ。その素晴らしい「価値」も分からないような、この異星人に。


 そもそも、この異星人があの「宇宙船」をイオンにぶつけなければ、イオンは死ぬことがなかったのだ。それなのに、どうしてそんな奴に僕の人生を捧げなければならないのか。僕は憤りを感じていた。僕は殺意を感じていた。そんな地獄せかいになる選択肢を選びたくなかった。

 しかし、そうしなければ彼はもう骸となり、僕は彼の……「親友」のいない地獄せかいを孤独に生きなければいけないのだ。どちらの地獄せかいを選んでも、僕には地獄でしかなかった。それでも、どちらかを選ぶ必要があった。選ばなければきっと、僕はその「価値」を一生失うことになると思ったから。その価値が世界という単位から見れば「無価値」なものであったとしても、それでも、僕にとっては一生を賭ける「価値」があるものだったから。


「……決めました」


「それでは、どうしますか? どちらの選択を選びますか?」


 深呼吸をする。僕は、僕の「価値」があると信じる選択じごくを迷わない。


「僕は———」

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