第3話
季節は巡り
担任が
景虎は今なお行方不明者として捜索が続いている。彼が失踪したことが皆に知れ渡ると学校や周辺地域では大きな話題となったが、卒業式を迎える頃には、もうほとぼりが冷めていた。
景虎、みんなあんたのことは話題にしなくなったよ。これに懲りたらもう思い上がりなんてしないことだね。香奈美は小さくほくそ笑んだ。
吹奏楽部が「蛍の光」を演奏し始めると卒業生の退場が始まった。
いつだったか景虎が言っていた気がする。よく店の閉店間際に流れる曲は「蛍の光」に聞こえるがあれは「別れのワルツ」という曲なんだと。
香奈美はなんとなくこのタイトルが気に入っていた。景虎が聴かせてくれた「別れのワルツ」を思い出しながら吹奏楽部の「蛍の光」と違うところを探してみたが全然分からなかった。
最後のホームルームも終わり、クラスメイトは別れを惜しんで教室に居座っていたが香奈美は特に思い残すことはなかった。クラスに友達はいないし、親友ももういない。父と母に一人になりたいと言い、担任がクラス全員に一つずつ贈った花束を持ってため池へ向かった。
恐らく高校生活の大半をここで過ごしたのだろう。あの日以来、ここには来ないようにしていた。きっとここに来るのももう最後だろう。感慨深い思いで香奈美はため池の景色を目に焼き付け、匂いを嗅いだ。
景色がいい訳でもない。水も濁ってる。それでもここでの思い出は大事なものだった。
「卒業おめでとうございます」
突然背後から声をかけられる。振り返ると輝夜がいた。
「ああ、ありがと。よく分かったね、ここにいるって」
「ここはお兄ちゃんの思い出の場所ですから」
そう言うと、輝夜も池の景色に目を移した。
「確かに。私とあいつには、ここしかなかったからね」
香奈美は大袈裟に笑うと再び池を向く。
「全部終わったね。これで良かったんだよ。きっと」
「……はい」
輝夜は弱々しく答える。心なしか泣いているようにも聞こえた。
「一つ聞いてもいいですか?」
輝夜がおずおずと尋ねる。
「うん、いいよ」
「香奈美さんはやっぱり……お兄ちゃんが好きだったんですよね?」
輝夜は躊躇いがちに尋ねた。なんと答えたらいいか分からず香奈美は聞こえない振りをした。
「……」
香奈美がそのまま無言でいると背後で、ごめんなさい、という言葉と共に輝夜が立ち去る気配がした。
思い返せば景虎に好きと言ったことはなかった。本当に彼のことを好きだったならあの日だって、何の抵抗もなく言えたのだろう。やはり景虎に恋愛感情なんてなかったんだ。それとも私が奥手過ぎたのだろうか。だったとしたらなんて情けないのだろう。
やるせなくなって香奈美は茫然と空を見上げた。すると景虎がこっちを見ている気がした。それはかつての穏やかな景虎だった。話が面白くてまだここが居心地の良かった場所だった頃の名残を感じる。
「あんたがそっちにいる訳ないだろ」
空に写った景虎の顔を振り払うと香奈美は視線を池へと戻し、優しく微笑んだ。
「やるよ」
そう言うと香奈美は花束を思い切り池に投げ入れた。
じゃあな、景虎。大好きだったよ。
別れのワルツ カフェオレ @cafe443
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