星の散歩

@aoi-kerorinn

第1話 星の観測者

「むかしむかし、あるところに、一匹の猫がいました。」

「猫は、本とお歌が好きで、一人でいることが嫌いではなかったけど、ずっと一人でいるのはちょっとだけ、…ちょっとだけ、寂しかったみたいです。」

「ある日、猫は空から声が聞こえました。」

「その日から、猫はお星様とお話しするようになりました。」

「来る日も、来る日も、猫はお星様とお話ししました。」

「ある日、お星様は言いました。」

『…君は、星になりたいかい?』

「猫はとってもよろこびました。」

「自分も星になれば、ずっとずっと、仲良しのお星様としゃべれるのです。」

「もしかしたら、他のお星様のお話も聞けるかもしれないのです。」

『私、星になりたい!』

「そういうと、お星様は、少しだけ悲しそうな声で、分かった、と呟きました。」

「そうして猫は、お星様になりました。」

「それから、いろんなお星様と出会って、いろんなお話をしました。」

「猫は、とっても満足でした。」

「…けれど、あの時、自分がまだ、一匹の猫だったとき、優しく話しかけてくれた、あのお星様とだけは」

「―――あれから一度も話せていないのです。」






「セナ。次の仕事をお願いしたくて」

柔らかな声が聞こえる。

椅子に掛けるのは長く、美しい髪を持ち、まるで、優しさが溢れてくるかのような雰囲気の女性だった。

「承知いたしました。次の世界は?」

私は跪き、頭を垂れる。

そうしなければいけない決まりなど無い、けれど、体が勝手に動くのだ。

「ありがとう、セナ。今度の世界は、地球、というところ。知ってる?」

地球。

知らない響きだ。

けれど不思議と、口になじむ気がした。

「申し訳ありませんが、存じ上げません」

「そう…。では、よろしくお願いしますね」

「承りました」

私はそう返事をして、部屋を後にする。


それから私は、しばらく準備を整え、地球、という星に向かった。

向かう、といっても歩いたりするわけじゃない。

転移。

それが私たち『観測者』の授かった能力。

世界から、世界へ、渡ることの出来る力。

「…灰色」

それが最初に抱いた感想だった。

辺り一面はほとんど砂で埋め尽くされている。

かろうじて生命の気配はあるものの、大きな生命体の反応は感じられない。

「過酷なとこ…?」

すぐにはこの世界の概要はつかめそうにない。

私はとりあえず歩くことにした。

歩いている途中でいろんなものを見つけた。

やけに硬い地面、高い建物のような跡、一定の間隔で分けられた土地。

次第に私も気づいた。

「ここはきっと…文明が滅んだ、あと」

整備された街、生命を営んだ跡。

ここにかつて多くの生命がいて、高度な文明を築いていたのだと想像するのは簡単だった。

けれど、疑問がある。

これほどの高度な文明が滅んだ理由は一体何なのだろうか。

災害?疫病?

だがそれだけでこれほどの文明が滅ぶのだろうか。

外部からの侵略?

だが、今までの痕跡に全く異なる文明の跡は見られない。

一体、何があったのだろうか。

そんなことを考えながら、私は歩く。


どれだけ歩いただろうか。

次第に景色は変わり、灰色から、ほんの少しだけ、緑や黄色に色づいてきた。

街を抜けたここは、どこだろうか。

かつての森か、山か。

かすかに水の音が聞こえる。

きっとこの水が、ここに住む生命を生きながらえさせているのだろうか。

音に向かって進む。

すると、声が聞こえた。

「君はもしかして、人間?」

声が聞こえるが、視界には誰もいない。

少し驚いたが、とりあえず返事をしてみた。

「違うよ、私はこの世界の住人じゃない」

私たちは『観測者』。

この宇宙には、様々な世界があって、様々な生き物がいる。

世界はつながっていないけれど、宇宙はつながっている。

けれど世界は、いつか滅んで、無くなってしまう。

お母様は、それが少し、悲しいらしい。

だから私たちを、いろんな世界から資格を持ったものを『観測者』として迎え入れ、世界の記録を残すのだ。

私たちは世界を渡る力をもらい、色んな世界に旅をする。

そこで出会った色んなものを、理解し、記録し、覚えておく。

それが私たち『観測者』の仕事。

だから今の私の仕事は、この地球という世界について、理解すること。


「人間じゃないんだ! 残念!」

声は少し驚いた声でそう言った。

「君は人間が好きなの?」

私は声に問いかける。

「うん! おじいちゃんが言ってたんだ! 人間は凄いんだ、って!」

声は嬉しそうに話す。

「そうなんだ。君は人間に詳しいんだね」

この声に聞けば、この世界についてもっと知れるかもしれない。

「ううん、僕じゃないよ! おじいちゃんがすっごく詳しいんだ!」

「おじいさんに会える?」

「会えるよ! 付いてきて!」

そう言うと声が聞こえなくなる。

「待って、君はどこにいるの?」

「ええ、気づいてないの!?」

「ごめんね? どこにいるの?」

「ここだよ、ここ! 君の目の前!」

目の前?

私は目を凝らす。

すると顔の前で小さな何かがパタパタと羽ばたいているのに気がついた。

それはこちらを見ている。

「もしかして…きみ?」

「そう! ぼく! ついてきて!」

そう言って小さな生き物は先に進んでいく。

私は彼を見失わないようについて行った。


少し歩くと、大きな木に空いた小さな穴の中に彼は入っていった。

「おじいちゃん! 人間みたいな変なのがいた! おじいちゃんのお話聞きたいって!」

「これこれ、人間はもうおらんよ。どれどれ…? ……ふむ、これはこれは、まるで人間そっくりじゃな。はじめまして、かわいらしいお嬢さん」

穴の中から、案内してくれた彼より、ほんの少しだけ大きな、同じような形の生き物が出てきた。

彼の声は歳老いていたいたが、どこか芯のある、強い声だった。

「はじめまして。君は人間に詳しい?」

「…おぬしはどうして人間について知りたいんじゃ?」

生き物はそう聞いてきた。

どうして。

「それは…仕事だから」

私は『観測者』、この星の記録を残すのが仕事。

けど多分、そうじゃない。

私の理由。

「…知りたいから。色んな事を、知りたいから」

「ほっほっほ。そうかそうか。知りたいやつには、教えてやらんといかんなあ」

何故か年老いた声は嬉しそうに言った。


そうして老人は教えてくれた。

この世界にはかつて、人間という種族が沢山住んでいたこと。

彼らは驚くべき速度で成長し、文明を作り、数を増やし、力をつけた。

気づけば、この星で最も多く、最も強い生命は、人間だった。

けれど、彼らは自分たちで争い、滅んだこと。

高度すぎた文明は、つけすぎた力は、自分たちに向けるには大きすぎた。

かつては人間の他にも、多くの生命がこの世界に住んでいたけれど、人間の争いに巻き込まれて、彼らもほとんどが滅んだこと。

そうして今は、残り少ない生命が、人間のいなくなった自然の中でゆっくりと生きていること。


「自分で作って、自分で壊した?」

「そうじゃな。彼らはあまりに賢く、あまりに愚かな生き物じゃった」

「人間は…嫌い?」

私はこの世界の住人がどう思っているのか気になった。

「それがそうでも…ないんじゃよ」

帰ってきたのは意外な答えだった。

「勿論、自分たちで好き放題やって、挙げ句の果てには世界を巻き込んで滅ぶなんて、甚だ迷惑な奴らじゃよ」

「ならなんで」

「けどなあ、儂は、彼らが新しいものを作るのを見るのが、好きじゃった。儂らとは、体も、頭も、生き方も、本当に何もかもが違う。けれど彼らも、あれで以外と弱いんじゃよ。それこそ自分たちで争ったらすぐに死んでしまうくらいに、な。だからこそ彼らは、人間は、一つ一つ、地道に、コツコツと、時には手を取り合い、一歩ずつ、ゆっくりと、されど確実に、前へと進んでいくんじゃ。そのあり方だけは、どうしても、嫌いになれんかったよ」

彼はどこか遠くを見つめながら、昔に思いをはせるように、そう言った。

「人間て不思議だね」

「じゃろ? はっはっは、面白いんじゃよ、彼らは」

彼は本当に楽しそうに話す。


「さて、聞きたいことはこのくらいでいいのかな?」

「うん。ありがとう」

私はぺこり、と彼に頭を下げた。

「ほっほっほ、どういたしまして。なら最後に、儂からも一つ、質問してもよいかな?」

「いいよ、お礼。何が知りたいの?」

あまり仕事に触れる情報を漏らしてはいけないのだが、質問次第で、少しくらいなら構わないだろう。

それに、おそらく、この世界は…。

私たち『観測者』が派遣される意味。

それを考えれば、派遣された世界がどういう状態か考えるのは、そう難しいことではない。

それに何より、私は、この気の良い彼と、もう少し話していたいと、そう思った。

「その仕事は、楽しいかい?」

そう、彼は言った。

どんな質問が来るかと考えていたので、私は少しびっくりした。

「…うん。この仕事は、私の『知りたい』を、満たしてくれる」

「そうかそうか! それは良かった!」

「質問、それでいいの?」

「もちろん。…充分じゃよ」

「変なの?」

彼はとても満足そうにそう言ったから、私はそれ以上何も言わなかった。

「そうだ、君の名前は?」

「儂の名前? …蝶々、じゃよ」

名前を聞かれると思ってなかったのか、彼は間が空いてから、そう言った。

「以外と可愛い名前だね」

「ほっほっほ」

「それじゃあ、私、いくね?」

「…そうか。元気でな。よければこの世界を、楽しんでいってくれ」

「わかった。ありがとう、蝶々さん」




「ねえねえ、おじいちゃん?」

「ん、どうした?」

「さっき何で嘘ついたの? 確か僕たちって蝶々じゃなくて…」

「ほっほっほ。いいんじゃよ。儂らの名前なんて人間が勝手につけただけじゃしな。せっかくお話しになるんじゃ、綺麗な方で覚えてもらった方が、読む人も楽しいじゃろう?」

「僕たちお話になるの!?」

「さて、どうじゃろうな…。お嬢さんが見て、感じて、残したい、と思ったことの中に儂らがいたら…嬉しいのう」

「あれ? おじいちゃんかなしいの?」

「いいや、嬉しいんじゃよ…。元気でな、セナ」




別れを告げて、私は歩き出した。

私はまだこの世界に来たばっかりだ。

人間のことも、よく知らない。

けど、彼と話している内に、この世界についてもっと知りたいと思った。

だから私は進むんだ。

もっと、もっと、この世界のことを知って、記録に残そう。

こんな生き物がいて、こんなことがあって、こんな場所があったって。

いつかどこかで、私の知らない誰かがこの記録を読んで、この世界を好きになってくれたら嬉しいと、そう思うから。

そのために私は、この世界を知ろう。

いつか誰かに、この物語を届けるために。

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