#37 魔王が語る、トレムリーの来歴
「それでは、拙者は仕事が残っておりますのでこれにて」
「わかりました」
トレムリーを見送ったベルクはそう言い、作業場に戻っていく。これで魔王城の中庭も奥手な女子ふたりが残され、ようやく静かになる。が、
「ちょっと様子を見に来た。何か異変は起こらなかったか?」
そう思った矢先に、ガルベナードがベルクと入れ違いになる形で中庭へやって来た。先程中庭を去っていった部下たちと異なり、その表情は真剣に仕事と向き合っているように見える――気がする。
「そうですね……しいて言えば、 先ほどトレムリーさんとベルクさんが喧嘩になりそうになって、グリージュさんが仲裁に入ったくらいですかね」
「またあんなことされたら…………困る」
マリナは先ほどの出来事をありのままに伝える。一方、グリージュの発言は相変わらず論点が合っているかどうか怪しいところだ。
「グリージュさんもそんな風に言っていますが、どうにかならないんですか?」
「そうだな――昔デネクスとトレムリーの構造を解析しようとしたことはあったが、中身が複雑すぎて手に負えなかったな。しかも途中で奴が麻酔から目を覚ましたせいで、二人揃ってゴーレム試験の餌食にされた」
マリナはガルベナードに尋ねるが、魔王から帰ってきた返答は常人ならば諦観せざるを得ないものだった。
(トレムリーさん、魔王様ですらゴーレム試験に使ってしまうのですね……)
……なお、世間知らずなマリナとしては諦めよりも感嘆のほうが上回った模様。いずれにせよ、トレムリーの行動が常軌を逸していることに変わりはない。
「とはいえ、トレムリーはあれだけ人間に近い動きを実現できているから、彼女の作り主も相当な技術者だと推測できる」
ガルベナードは続けて説明する。
「ただ、その作り主でも人間が持つようなモラルや学習能力をトレムリーに組み込むだけの技術力はなかったらしい。おかげでこっちは奴に会うたび無理難題に付き合わされる始末だ」
トレムリーについて話しているうちに、ガルベナードはだんだん呆れ顔になっていく。その表情を見るに、トレムリーには普段から手を焼いていることがうかがえる。
「モラルがない…………残念な子…………」
「お前はもう少しモラルを学習しろ。元が生物なんだから伸びしろ位あるだろ」
そしてグリージュには別ベクトルで手を焼かされている魔王だが、それでもトレムリーよりは数倍マシな模様。
「その作り主さんにどうにかしてもらえれば、全部解決するんじゃないですか?」
「それは難しいだろうな。なにしろトレムリーが勝手に城に住み着いてから人間の寿命より長い年月が過ぎているから、所在なんか分かったもんじゃない」
マリナが解決案を出してみるが、実現できる見込みもなく破綻してしまう。そんな風にガルベナードがトレムリーのことを話していると、
「やっほー、って今度はもふおの代わりにガッちゃんがいるじゃん。なんかトリィの悪口が聞こえた気がしたけど、トリィの計画は誰にも邪魔させないよ~?」
噂をすれば何とやら、当の本人であるトレムリーが中庭にやってきて話に割り込んでくる。彼女は数体のゴーレムを後ろに引き連れており、どうやら先ほど運びきれなかったエビルヴァインの茎を回収しにやって来たようだ。
「邪魔するも何も、お前に計画なんかを立てるだけの賢さがあるとは俺も知らなかったぞ。逆に俺に手伝えることがあったら言ってみろ」
「ここに積み上がってる植物を材料にして、新しいゴーレムさんを作るんだー。あっでも、レディに失礼なことを言うガッちゃんには手伝わせてあーげないっ」
トレムリーはそう言うなり、エビルヴァインの茎を抱えながらガルベナードにあっかんべーの顔を向ける。そうして彼女はゴーレムと共に素材を手に中庭を去っていった。どうやら上司の言葉ですっかりへそを曲げてしまったらしい。
「城主様の、デリカシー足らず…………」
口をとがらせたまま出ていったトレムリーを見送りひと安心と思いきや、今度はグリージュが爆弾発言をこぼす。
「少なくともお前よりは足りているつもりだ。というかグリージュは一体どっちの味方なんだ」
「うーん…………中立…………?」
「お前は本当に言葉の意味を分かっているのか?」
ガルベナードは訝しげにグリージュの顔を見上げながら問い詰める。部下からの返答は相変わらず意味不明で、いずれにも偏らず中正の立場を取っているようには見えない。
「そもそもトレムリーさんが魔軍六座をやめたら、魔王軍も少しはまともになるのではないのでしょうか? なんなら魔王様の権限でやめさせることも――」
「そんなことをしたら、トレムリーはきっとゴーレムの大軍をけしかけてくるぞ」
マリナが再び解決案を出してみるが、今度は魔王軍への損害が大きくなりそうだったため却下される。そもそもグリージュも魔軍六座としてどうなのかと言われそうだが、一応トレムリーよりはマシという認識らしい。
「まあ、これは俺が魔軍六座に加える時点で奴の本性を見抜けなかった落ち度でもある。当時は魔王軍も人手不足で、トレムリーの魔軍六座加入も人数合わせみたいな側面があったしな」
ガルベナードは腕を組んで過去を振り返る。どうやら魔王にも若さ故の過ちというものがあったようだ。
「魔王軍も色々あるんですね……」
「組織なんてどこもそんなもんだろ……と、雑談はこのくらいにして俺は仕事に戻る。何かあったら報告してくれ」
ガルベナードはそう締めくくり、中庭を後にする。マリナとグリージュの二人きりとなった魔王城の中庭には今度こそ真の静寂が訪れ、穏やかな時間が流れるのだった。
魔王城の天井から降ってきた聖女、魔王軍にて預かり中。 雛菊優樹 @Yuuki-daisy
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