#36 三者激突?! 中庭論争

「グリージュさん、おはようございます」

「見たことない顔…………初めま、して…………?」

「マリナです。この間魔王様から紹介がありましたよね?」


 昼食を食べるにはまだ早い時間の魔王城。デネクスから暇を出された(というより、一緒にいられると都合が悪いから遠回しに追い出された)マリナは、城の中庭へと足を運んでいた。大聖堂ではこの時間帯にいつも聖職者たちとクランドル正教の聖典を精読していたのだが、魔王城に聖典などないため暇を持て余していた。


「マリナ…………城主様の、愛人…………?」

「違いますって。そもそも聖女は女神クラディアに選ばれた人間なので恋愛は御法度なんです。私が魔王様の愛人になるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ませんからね」


 グリージュの頓珍漢な返答に対して、マリナは苦笑いを浮かべながら説明する。魔族領の上空は相変わらず瘴気の雲に覆われ、人間どころか魔物すら近寄ってくる気配がない。


「恋愛で天地が逆さになるなら、仕方ない…………」

(うまく話が伝わっていませんが、これ以上は説明しても効果がなさそうですね……)


 そんな中庭にも、マリナが前回訪れた時から変化した部分があった。いつも中庭を見守っているグリージュの横に、トゲのついた植物の茎が山のように積み上がっていたのである。


「ところで、そこに積み上がっているロープのようなものは何でしょう? 置いてある理由なども見当がつかないのですが……」


 先日アルメーネが駆除してきたエビルヴァインの茎だが、マリナは別行動を取っていたので知らないのも無理はない。


「分からない…………誰かの、手品…………?」


 ……作業に協力していたはずのグリージュが知らないのはさすがに問題な気もするが。

 そんな中、


「やっほー、ヒマだから遊びに来たよ――ってマリリンじゃん! トリィが来る時はいつもジュリしかいないからビックリしたよぉ」


 マリナがやって来たものとは反対側の扉からトレムリーが現れ、こちらに話しかけてくる。しかし、


「ジュリとマリリン…………もしかして、侵入者…………?」

「侵入者じゃなーい! そこのしゃべる木とニンゲンのことだもん!」


 グリージュの返答は相変わらずで、トレムリーの機嫌を損ねてしまう。どうやらグリージュはトレムリーのあだ名を自分と認識できていないようだ。


「あーあ、せっかくトリィがカワイイあだ名を考えてあげたっていうのに、それが自分のことだと気づいてすらいないなんて、ジュリの恩知らずー。マリリンもそう思うよね?」

「えっ……そ、それは……」


 ご機嫌斜めのトレムリーから唐突に問いを投げかけられ、マリナは戸惑う。トレムリーは味方を増やしたいようだが、ここで彼女の肩を持ってしまうとグリージュに嫌われてしまうかもしれない。そんな葛藤の中、マリナが返事に困っていたその時。


「失礼しますぞ」

「ベルクさん……!」


 長方形に加工された木材を抱えたベルクが、朗らかな様子で中庭へと入ってきた。マリナからすれば渡りに船といったところであり、こちらの見方になってくれるだろうと思った彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「これはこれは、マリナ殿にトレムリー殿。何やら揉め事があったように見えましたが、拙者に解決できることはございますかな?」

「ねえ聞いてよー、ジュリってばトリィが考えたあだ名を自分のことだと認識してくれないの。もふおもヒドイと思うでしょ?」

「それはなかなか難しい問題ですなぁ。しかし――」


 トレムリーの言い分に対して、ベルクは運んできた木材を地面に下ろしながらやんわりと答える。これで揉め事もおさまるだろうとマリナが一息ついた次の瞬間、


「拙者はトレムリー殿に『もふお』と呼ぶことを許可した覚えはありませんぞ? グリージュ殿の『ジュリ』ならまだしも、もふおは拙者の名前と全く共通点が見出せませぬ故、いざ呼ばれても反応できないことがあるのです」


 ベルクはそう言い、表面上は笑顔を保ちながらも眼光を鋭く光らせ、格闘ゲームよろしく構えを取る。どうやら彼はトレムリーが自分のことを「もふお」と呼ぶことに納得いかないようで、中庭の空気も先ほどとは一変する。


「いーじゃん、もふもふなんだからもふお。気に入らないならゴーレムさん達の試験に付き合ってもらうよ~?」


 トレムリーのほうも自身が用いるあだ名については一歩も譲る気はなく、両手で印を結んで魔法の発動準備に入る。彼女の足元には魔法陣が展開され、不思議な光を放っている。


「……トレムリー殿が実力行使するというならば、拙者も全力で抵抗しますぞ。女子おなごだからと手加減するつもりはありませんので、お覚悟を」


 一触即発。普通の人間が入り込んでしまえば命はないといった状況。マリナからしてみればどうしようもない窮地を救ったのは、


「ふたりとも、ケンカはよくない…………」


 と、言い合いになっていた二人をツタで拘束したグリージュだった。彼女は捕まえた二人を持ち上げ、再び衝突が起きないよう空中で引き離す。高い所が苦手なベルクのほうを控えめに持ち上げているのは、彼女なりの配慮なのだろうか。


「つ、ついカッなってしまって面目ない……」

「うえぇ、わかったから早く降ろしてよぉ~。そこの山積みになってるやつも片付けるからさぁ」


 ふたりの謝罪の言葉を聞いて、グリージュはツタをほどいて同僚たちを地面に下ろす。解放されたトレムリーは早速配下のゴーレムを召喚し、山積みになったエビルヴァインの茎を中庭の外まで運ばせて姿を消していった。


 魔王軍は幹部たちの絶妙な力関係の下で成り立っている――その事実を、今回の一幕を見てマリナは悟るのであった。

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