しろばらのかいぶつ

三夏ふみ

しろばらのかいぶつ

光を失った森の中に、赤毛の怪物が住んでいました。

怪物は、その恐ろしい姿を隠すように、朝から晩まで大きな木の洞で、膝を抱えてじっとしていました。


ある朝、目を覚ますと目の前にボロを着た、雪のように白い女の子が倒れていました。

怪物がじっとその白い女の子を見ていると、すくっと起き上がり、辺りをキョロキョロ見渡すと、怪物の前までやって来て言いました。

「わたし、のどが乾いたわ。あなた、お水を持っていないかしら?」

怪物はじっと見つめたまま、返事をしません。

「お水を持っていないなら、お水を飲めるところを知らないかしら」

怪物はやはり答えません。

ただじっと見つめるだけです。

腕組みをしていた白い女の子は、木の洞に入ると怪物の、毛むくじゃらな赤い腕を掴み、ぐっと引っ張りました。

「私、お水が飲みたいの、いっしょにお水を探してちょうだい」

その力が余りにも強かったので、怪物は木の洞からぐぐっと出てしまいました。

「さて、お水を探しに行きましょう」

白い女の子は満面の笑みでそう言うと、怪物の手を引き、森の奥へと歩いて行きました。


右手で大きな木を五本数え、左手で小さな木を七本数えたその先で、湧き水を見つけた怪物と白い女の子は、葉っぱで作ったコップで水を飲むと木の洞に戻ってきました。

「次は、お掃除ね。あなたも手伝って」

辺りをキョロキョロ見渡してから、膝を抱えて座っていた怪物の背中を押し、白い女の子は言いました。

雑草を抜き、小石を拾い、枯れ木を二人で集めました。

「きれいになったわね。でも、なんだか寂しいわ。そうだ」

白い女の子はペンダントを取り出すと、中から種を三粒取り出して、木の洞の前に埋めました。

「これでいいわ。さてお水を汲みに行きましょう」

怪物と白い女の子は、右手で大きな木を五本数え、左手で小さな木を七本数えたその先へ、湧き水を汲みに出掛けました。

水を汲み終えて帰って来ると、種が一つほじくり返されていました。

「あら。これは小鳥さんかしら。何が埋まっているのか気になったのね」

掘り返された穴の周りの足跡を見て、白い女の子はコロコロと笑いました。

「そうだ。代わりにあれを植えましょう」

そう言うと大きな木に隠れていた、小さな木を植えました。

怪物は、しばらく辺りを見渡していました。


「さあ、今日も水を汲みに行きましょう」

白い女の子と怪物は、右手で大きな木を五本数え、左手で小さな木を七本数えたその先へ、湧き水を汲みにいきました。

帰って来ると、盛り上がった土が一つほじくり返されていました。

「あら。きつねさんが虫と間違えたのかしら」

穴の周りの足跡を見て女の子はまた、コロコロと笑いました。

「そうね。なら今度はこれを植えましょう」

そう言うと、大きな木の陰に隠れていた薬草を植えました。


その日、怪物は眠れませんでした。


「あら。今日は一緒に行かなくていいの?」

いつもの様に女の子が湧き水を汲みに行こうとすると、怪物は大きな手を前にして首を振り、一人で湧き水を汲みに出掛けました。

右手で数えて五本目の大きな木の所まで来ると、小鳥が一羽、巣から落ちていました。

小さく鳴く小鳥を横目に通り過ぎようとした時、女の子のコロコロした笑い声を思い出し、立ち止まりました。小鳥をじっと見つめると、すくい上げ優しく巣に戻しました。

左手で数えて七本目の小さな木の所まで来ると、キツネが木の根に絡まれて動けなくなっていました。

困り果ててうなだれるキツネを横目に通り過ぎようとした時、女の子のコロコロした笑い声を思い出しました。木の根から優しくキツネを助け出し、土を払って手当てしてやりました。

怪物は湧き水をたっぷり汲むと、木々が覆いかぶさる空を見上げました。心地よい風が吹いていました。

その風に乗って遠くから、ひづめの音が響いてきます。


木の洞まで帰ってくると、白い女の子が居ません。

女の子と一緒に作った小さな庭は荒らされ、やっと出た、小さな芽も踏みつけられていました。

怪物は汲んできた水を手から滑り落とすと、辺りを見渡しました。大きな木の影も探しましたが、どこにも女の子は居ません。

怪物は座り込んで動けません。やがて一筋の涙が頬を伝いました。

小鳥が肩に止まっても、キツネが膝にすり寄っても、リスや鹿、森の動物達が集まって来ても、怪物の涙は止まりませんでした。


女王が、馬車に乗って深い森の奥へとやって来ました。

馬車の窓から、大きな木の洞が目に止まりました。

「止まって頂戴」

従者にそう言うと馬車を降りました。

大きな木の洞にゆっくり近づくと、赤茶けた大きな岩が座っていました。

岩からは静かに水が湧き出ていました。

王女は湧き水をひとすくいして飲もうとすると、手の平から水が溢れ落ちました。

水が溺れたその先には、白いバラが一輪咲いていました。

女王は顔を上げ辺りを見渡すと、辺り一面に白いバラが咲き誇っていました。


光あふれる森の中で、白いバラに囲まれた雪のように白い女王の頬に、一筋の涙が流れ落ちました。

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しろばらのかいぶつ 三夏ふみ @BUNZI

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