第三里 妖怪の喰らうモノ

 井戸を垂直に駆け下りる足音が三つ、そして地下通路へと柔らかに着地する。


「すみません、近藤こんどうさん。逃げられました」

「珍しいな。宗一郎が逃すだなんて」


 着くなりしゃがみ込み、髷を光らせて通路を調べ始めた笑顔の若者は山南やまなみ仙助せんすけ


「ダッセぇ」


 鼻で笑いながら沖田の顔を覗き込んだのは原田はらだ十之助とおのすけ

 だが沖田は相手にもせず涼しい顔。


「井戸を覗き込んだとき切られた腕が見えた。それで逃げられたってこたぁ、トカゲの怪混けまじりか?」


 井戸の上を見上げ、井戸端へ立つ白裃へ合図を送ったのは近藤理英りえい

 彼らを率いる白衛士しろえじ四番隊隊長である。


「近藤さん、ありゃぁ怪混じりなんてもんじゃないですよ。本物の妖怪です」

「興味深いね。で、宗一郎、切り落とした腕はどこへ?」


 山南が、宗一郎の向いていた方の通路を調べつつ背中越しに尋ねる。


「切り落としてすぐ腕も本体も影となって消えました」

「ダッセぇ」

「山南、俺たちはこのまま迷遂路めいとろを進みながら探すぞ。井戸を通る度に豊三とよぞうたちに御霊伝ごりょうでんを頼む」

「承知した」

「十之助、御霊灯ごりょうとうはお前に頼む」

「しょーちっ!」


 原田の髷が光り、代わりに山南の髷は光を失う。

 沖田はようやく刀を鞘へと戻し、四人は地下通路――迷遂路を、足早に歩き始めた。




 四人の白衛士が居る場所からはかなり離れた暗い迷遂路を、微かな足音だけが飛ぶように進んでいた。

 一丈半約4.5m間隔に、ヒタリ、ヒタリ、と暗闇の中を迷うこともなく。

 やがて影は足早に歩く男に追いつき、止まった。


「久地咲か。精神がすり減っているな」

「目黒さん、そんなことまで分かるんだ……で、ミナミきゅんは無事?」


 目黒が抱えている神名海へと咲が手を伸ばす。

 その手へ、目黒も彼自身の手を重ねる。


(沼神名海は私に対して恐怖を覚えているため眠らせている。この方が効率よく移動できる)

「なにこれ?」

(『波』によるアクセスは受信としても送信としても使用できる)

「もしかして、あなたの頭に直接語りかけてるってやつ?」

(結果としては間違いではない)

(じゃあ、ワタシがこうやって頭の中で考えたことも伝わる?)

(触れている間しか使えないが)

(そっか、この地下通路では声が響くものね)

(久地咲が裸足で走って来たのも同じ理由であると推測する)

(ありがと。ミナミきゅん、私が抱えるわ)


 目黒は咲へ神名海を渡した。

 咲は愛おしそうに神名海を抱きしめる。

 そしてコートの中から更に腕を一本だけ出し、目黒の手を握った。


(これで会話したまま歩けるね)

(賛同する)

(それにしてもあー、ミナミきゅん、キュンキュン来るっ!)

(久地咲の精神がわずかに回復した)

(そう。ちょっとバトったら疲れちゃって。白い着物の若い子……シロエジのオキタソーイチローちゃんって言ってたかな。チョー強かったの。分身残して脱出したんだけど、数分と保たずに切られてね)

(この腕も分身か? 細胞分裂ではないようだ)

(んー。それはよくわからない。ワタシが分身出せるようになったのだって口裂け女は三姉妹って噂が出てからだし)

(いずれは詳しく調査したいが今は先へ進もう。まだ遠いが追ってくる気配を感じる)


 目黒は再び歩き出す。

 灯りを相変わらず点けぬままで。

 咲も神名海を抱えたまま、その隣を一緒に歩く。


白衛士しろえじというのは徳川家第二十二代当主、徳川家長いえなが直属の侍のようだ)

(え? 誰から聞いたの?)

(私の中に侵入してきた御霊力士、品川に『波』でアクセスした際に拾えた情報の中にあった)

(便利ね……って、ちょっと待って。徳川家って、江戸時代? ワタシら過去に連れて来られたってこと?)

(暦関連の情報は拾えていないが、江戸時代は1868年10月23日、第十五代征夷大将軍徳川慶喜の代で終了している。徳川家自体は徳川家広がつい先日、第十九代当主を襲名したばかりのはず)

(目黒さん、なんでそんな詳しいの?)

(大きな影響力を持つ人間は全て観察対象だ。過去の為政者の子孫や関係者も含まれる)

(それも母船とやらの命令?)

(……そこは不明瞭だ)

(ふーん。ところで目黒さん、これ、どこに向かっているの?)

(こちらの方から大量の精神エネルギーを感じる。そのほとんどが女性かつ高揚しているようだ)

(どういうこと?)

(この世界についての情報を集めたい。友好的に情報交換が可能となる確率を考慮した。その先、落とし穴がある)

(だよね? この地下通路、けっこう罠とか行き止まりとかあるよね? 目黒さんの黒目、闇の中でも目が見えるの?)

(見えない。通路の形状については『波』の反射で判断している)

(へー。便利ねぇ)

(久地咲は、闇の中でも視界を確保できているのか?)

(見えるっていうよりは分かるに近いかな? ワタシはきっと闇の中から生まれたんだわって感じ)

(その理屈は理解に時間がかかる)


 その後はしばらく無言で歩き続ける二人。


(あっ)

(まだ理解は完了していない)

(そうじゃなくて。人の声が聞こえてきたの)

(近づいている)

(伝わってくるこのテンション懐かしみがある)

(それならば久地咲はどのような集団だと推測する?)

(推し活中のテンションだよこれ)

(推し活とは、精神の安定や充足をもたらす対象に関わる行動で合っているか?)

(そうね。あと、一部の妖怪に取っては食事でもあるわ)

(興味深い)

(妖怪ってね、二種類いるの。人を精神的に食べるのと、物理的に食べるのと)

(精神的に食べる方法について詳しく知りたい)

(人ってね、感情を高ぶらせると口から魂の欠片を出すのよ。だから昔の妖怪の手口としては、ビックリさせたり怖がらせたりってのが多かったわけ)

(『寿命が縮む』という表現があるが、実際に魂の一部が欠けているのか)

(うーん。多分、目黒さんが想像しているよりずっとずっとちょびっとだよ。ほら、気持ちを込めた言葉には言霊ことだまが宿るって言うでしょ。感情豊かな人なんて四六時中、言霊に自分の魂の一部を乗せているようなものだから)

(理解には及んでいないが把握した)

(人間同士だって魂のやり取りしてるのよ。気持ちを込めて頑張れって伝えたら、自分の魂の一部を言霊に乗せて相手へと届けて、相手は少しだけ魂が増えるから)

(言霊を用いたコミュニケーションでは、互いに精神的な食事を摂取していることになるのか?)

(だいたい合ってる。でね、恐怖とか怒りとかで人の口から出た魂は荒霊あらひって言うんだけどね、パワーは出るけどあまり美味しくないの。逆にね、親しみとか喜びとかが口から出た和霊にぎひはとっても美味しいのね)

(荒霊と和霊……是非とも母船へ送るべき情報……という思考が最初に浮かんだ。母船というのは私にとってとても大切な存在だったようだ)

(早く思い出せるといいね)

(私もそれを望む。今までの情報を総合すると、口裂け女は人を精神的に食べ、しかも主に和霊を選択するということか?)

(うん。それで推し活なの。誰かを一生懸命応援している人たちの中に混ざるとね、人間にとっての美味しいケーキバイキングみたいな感じ……最初はそんなだったんだけどね、今じゃワタシ自身も推し活にハマってるの。人間と一緒になって。そんな状態なのに、突然もう二度と推しに会えないかもしれない状況に無理やり連れ出されちゃったら……)

(『波』で荒霊を感知した……合っているか?)

(ビンゴ。だからワタシも絶対に帰りたいのよ)


 咲は立ち止まり、その場で垂直に軽く跳ねた。

 着地のときにはもう足音が変わっている。裸足からヒールの音へと。


(身だしなみ、整えなくちゃね)


 そこから十間約18mほど先の角を曲がると、さらに半町約55m先の曲がり角から灯りが漏れているのが見えた。

 漏れ聞こえる喧騒もかなりの大きさである。


(興奮が伝わってくる)


 悠然と距離を詰め、角を曲がり、三人の姿が灯りの範囲へと入ると、灯りの正体がわかった。

 それは生首だった。

 綺麗に結われた髷が煌々こうこうと輝いている男の生首を乗せた獄門台が三つ、丁字路の中央に立てられ、各生首の髷からそれぞれの通路へ向けて光が放たれている。

 丁字路の突き当りには大きな両開きの木製扉があり、扉の両端には着物姿の男が二人、控えている。


(どうしよう、目黒さん。ちょっと血生臭い気配するんだけど)

(どの生首にも精神を感じないが、頭髪部分より『波』に似た力は感じる)


「おい、あんたら!」


 男が一人、三人のもとへと近づいてきた。

 手には六尺約1.8m棒を持っている。


「あんたら、演目に合わせて洋装で来るなんざぁ気合入ってるねぇ」






■ 主な登場人物


・目黒

 「英雄召喚」された黒目のみの男。自身に関する記憶はほぼないが「母船」へ帰るという目的はかろうじて覚えている。

 『波』という能力を持ち、記憶や思考へアクセスしたり影響を及ぼしたりできる。


九地くち さき

 「英雄召喚」された口裂け女。赤いコートに赤いヒール、長い黒髪に、口元を覆う不自然に大きなマスク。

 刀ほどある大きな鋏を隠し持つ。身体能力が異常に高い。分身を作ることもできる。元の場所へ戻りたい。


ぬま 神名海みなみ

 「英雄召喚」されたハーフっぽい美少年。愛創あいそう学園初等部四年D組。怖がり。

 外へ出られない母の世話をしている。元の場所へ戻りたい。


白衛士しろえじ

 徳川家第二十二代当主、徳川家長いえなが直属の侍。純白裃の男たち百八名。


沖田おきた 宗一郎そういちろう

 白衛士四番隊隊士。狂犬の二つ名を持ち、御霊剣技「白牙しらきば」を使う。


山南やまなみ 仙助せんすけ

 白衛士四番隊隊士。笑顔の若者。


原田はらだ 十之助とおのすけ

 白衛士四番隊隊士。「ダッセぇ」が口癖。


近藤こんどう 理英りえい

 白衛士四番隊隊長。地下から三人を追う。


豊三とよぞう

 白衛士四番隊隊士。他数名の隊士と共に地上から三人を追う。


・御霊力士

 謎の職業。今回の英雄召喚にて人柱としてその身を捧げたのは、品川しながわ原宿はらじゅく大塚おおつか御徒町おかちまちの四名。品川は目黒の中に、他の三人は久地咲の中に入っている。

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お江戸人外珍道中 だんぞう @panda_bancho

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