第189話 波浪が発する時

 ホリズンイリス四天王。その内訳はオーディン、そして残りの3人……いや、正しくは「4人」である。栄田が相打ちした双子のトーマスとアンナ、そしてオーディン、残りの2人である。

 トーマスとアンナは無邪気、いかなる時も活動は同じ。連携した動きに立ち向かうのは達人ですら難しい。そして今、カナが相手しているオーディン。彼は四天王の中でもとりわけ強く、また彼の辞書に「慈悲」という文字は存在しない。


 例え向かってくる相手がハエだろうとゾウだろうと、赤子であろうと大人であろうと関係ない。ただただ、強大な力で対峙して"あげる"のみ。



「喰らえ、この野郎ォォォッ!」


「……まずは受けてやろう、その決意を」


「チッ……ナメやがってえええええええ! オラアアアアアアアアアアッ!」


 カナは負けず嫌い、ましてやナメられることなど大嫌いだ。オーディンの余裕たっぷりな言動が、カナの闘争欲求を刺激する。

 人間は怒ればときに、理性や力のリミッターが外れてしまう。それは今のカナも例外でなく……その水の勢いは激しく舞い上がる。


(ほぉ、やはりニンゲンとやらは怒りで力を増すのか。だがそれは精密さとの等価交換……スキがさらに見え見えになったが……)


「どうしたジジィ? さっさとママのところに帰らしてやらぁぁぁ!」


「フン……」


 カナの本気120%のセイレーン・サイレン。オーディンは手足を全く動かすことなくその攻撃を受ける。だが、全くダメージが入った素振りは無い。


 逆にダメージを受けたのはカナの方だ。タンスの角に小指を強打したかのような、一方的な反動によるダメージ。自らが攻撃し、一切反撃も躱しもされてないのに、逆に激痛に襲われる。


「グアアアアア……! 鋼鉄のような肉体……何なんだよコイツは……!」


「オレか……二度も同じことを言わせないでくれるかな? オレ達は、お前らとは次元が違う存在だ」


「チッ、おいこの野郎……もう百発だァァァ! セイレーン・サイレンッ! このこのこのこのこのこの! このクソがああああああああッ!」


 もはや逆に、痛くない。極限状態に陥ったカナは、痛みという感情などもはやシャットアウトされていた。ただただ、全身全霊、本気で拳を叩き込む。囚人が鉄格子を何度も何度も揺らすように、頑丈な相手に全集中である。


「さっさと倒れなさいよ! この怪物があああああああああッ!」


「……連続で同じ技を繰り出そうと変わらぬッ! フンヌッ!」


「キャアアアアアアアアッ!」


 オーディンがハエを払うように腕を少し動かしただけで、カナは数メートルふっ飛ばされて電柱に激突する。一瞬、「ガハッ」と声にならないほどの吐息とともに、カナは倒れる。


(うぅ、立てないよぉ……身体が言うことを聞かない……ッ!!)


 嫌でも思い出す、あの光景。


――――――

『何だよ……普通にタックルされただけで!』


『3点入れてあとはサボりかよ!』


(どこから聞こえてくるの! 黙ってよ……黙れよ!)


『もしかして既に強い私立に入学決まってて、このチームの勝敗なんてどうでもいいんじゃない?』


(違う、違う違う違う! アタイが……自分のためだけに戦うワケがないでしょ!)

――――――


「……イは! アタ、イ……は……ッ!」


「立ち上がることすらままならぬ、か。ならばもう楽にしてやる」


「……え? 死ぬの……?」


 イヤでも受け入れるしかなかった。目の前に立つは自分の何十倍も強い存在。捨て身の攻撃ですら1ダメージすら与えられない。負けるなんて、嫌だ。だけど、それを受け入れない選択肢など……いや、カナは決意した。首の皮一枚ギリギリで繋がったこの状況で。


「……へへ、へへへへへへ。最初からこうすればよかったんだよ、アハハハハハハハハハ!」


「ぬ? 狂ったか?」


「アハハハハハ! あぁ、そうだよ、その通りさッ! どうせこの魂はもう地獄行き……ならば、最後のあがきでお前も地の底へ引きずり下ろしてやらああああああ!」


「……っ! お前も聖霊の力を!?」


「ギャハハハハハハハハ! そうだよ、その通りさ! さぁ、深淵の世界を見せてやる! 出てこい、セイレエエエエエエエンッ!」


 封じたはずの力。カナはこの土壇場で、それを解禁したのだ。それが理性によるものかは、不明である。


 激流の音が辺りを包む。豪雨、ダム、高波、そんなもの近くにないはずなのに、多量の水が暴れるその音が。それはまさに、恐怖のファンファーレであった。


「ウア……アアアアアアアアアアアアアアア!」


「ぐっ……! 目覚めおったか、ようやく! だがそんなの朝飯前よ、一瞬で塵にしてやるッ!」

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