第190話 越えられない壁
――――――
『……なぁ、無理やり儀式を行ったチーム・ウェザーのこと、どう思う?』
『……アタイにとってのヒーローだった』
『え?』
『昔、絶望していたアタイに居場所を与えてくれた。その力があれば、色々な人を幸せにし、色々なヤツらに仕返しができると思った』
『ポワソ……』
『中途半端に綺麗事ばかり投げかけるのでなく、実際に、具体的に手を差し伸べてくれた存在。 ここが社会的に見て悪だとしても、アタイはアタイを実際に助けてくれた、その“悪”を尊敬してきた』
『そっか……』
『……だけどね。今となっては、自ら輝けてるのか、ただ利用されてるのかが……わからなくて……!』
『……オレ、幼少期に親に捨てられたらしいんだ。この家はオレを拾ってくれた人の家。まぁ、実質オレの親だな』
『……』
『もちろん本当の親のことはほとんど覚えてない、いや全部忘れてしまってる。ただ、たまに本当の親戚らしきヤツらが夢に出て罵声を浴びせるんだ。『お前は失敗作』って』
『そっか、そんなことがあったんだ』
『だからこそ! オレはこうやって今、ポワソのこと、見捨てられずにいるんだと思う!』
(……鳥岡、ユウヤ……アンタって人はよく分かんねぇよ。なぜ手を差し伸べられるのか、あまり理解できない。でも、それに応えないなんて選択肢、無いに決まってるよね……)
――――――
ハイになった
「ハァ、ハァ……潰ス、アアアアアアアアアアアッ!」
「理性は2〜3パーセントほど残っておる、というところか。だがそんな雑な動きじゃ――」
不覚……。もはや聖霊に全てを託したカナの動きは、常人のそれを遥かに上回っていた。走る速度は音速並、その形相はまるで狼、そしてその攻撃はマリアナ海溝の水圧のように重く、全てを潰す勢いでオーディンに突き刺さる。
「グアアアッ……! 少しはやるではないか……この、生き恥野郎があッ!」
「グアアアア……マレ……黙レエエエエエエエッ! マリアナ……バイシクル……シュートォォォッ!」
「チッ……グングニル・タイフーンッ!」
水の球と風の槍、2つの必殺技がぶつかり合う。その水圧はもはやブラックホール、すべてを潰さんとする勢いで飛んでいく。対する風は宇宙そのものを貫かんとする勢いで飛んでいく。カナもオーディンも、自分の技が当然勝つと信じている。
「潰セ、壊セ、ヤッチマエ……アハハハハハハハハハハハハハ!」
「フン……ずいぶん自身に満ち溢れているようだな! だがな若造、特別に年季という大きな壁を見せてやろう」
「ウルセェ……追加ノ、モウ一発ダアアアアア!」
「……威力を2倍にしたって同じだってのに」
カナはさらに技を解き放ち、風の槍を押し返そうと試みる。もしオーディンからの技を押し返すことに成功すれば、大ダメージをあたえることができるかもしれない。
「勝ツノハ、コノアタイダッ! クタバレ、コノ野郎ォォォォ!」
「……やれやれ。ならば現実を教えてやるか」
「ナ、何ダトッ!?」
オーディンは突然息をスゥゥと吸い込み、大声と共にそれを解き放った。ただの吐息ではない、その威力はまるで台風のよう……技同士のつばぜり合いは、一気にオーディン側が優位になる。
「コ、コンナ……ハズガッ……!」
「現実を見ろ、小娘……そもそもこちらは全力の半分も出しておらぬ。そんな力で勝負を挑んできたことだけは褒めてやろう」
「ウ、ウルサイ……! マダ負ケルト決マッタワケデハ……! マリアナ・バイシクル――」
「だから無駄だと言っているだろう! 学習能力が無いのか、違うだろッ! さっさと運命を受け入れることだな、少しでも理性が残っているうちに……」
「ソ、ソンナ……ギャアアアアアアアアアア!」
負けず嫌いのカナ。それでも現実は残酷で、常に上には上がいるものだ。逆に下には下が存在するが、カナは常に頂上に立つことを目指して生きてきた。だが、種族の壁というのはあまりにも高く、険しく、決して乗り越えられない結界が貼られているものだ。
チーターを追い越すことができないように、チョウチンアンコウよりも深く潜水できないように、ハヤブサのように空を駆け回れないように、ゾウのような怪力を持てないように。逆に言えば、どの生物も人間という存在を知能において超越することはできない。
だが、今目の前にいるのはそれとは相対する存在。人間であるのか、ないのか。神を自称するそれすら不明瞭な存在は、これまで見てきたどの生き物よりも強く、恐ろしくい存在であった。
オーディンは最後、カナにメッセージを残した。憐れむような目を添えて、彼女がやられるのを見届けると、どこかへと飛び去っていった。
「……さらば、勇気ある弱者よ。せめてもの礼儀として。次はお前の友人の首を刈り取り……地獄で再開させてやることにしよう」
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