第186話 義経千本桜

「キミ達のジャンプと! 私の必殺技によるかち上げ! 爆発的な初速に爆発的な強制的加速、吹っ飛びなさい、太陽のど真ん中までッ!」


「ミ、ミスった!」

「し、しまった!」


 栄田はトーマスとアンナを空高く持ち上げる。相手が本当に「神」だとして、見た目に反して数十、数百年、あるいは数千年生きているとしても、この地上で長い期間歩き続けているのは栄田である。神の住まいはきっと異次元あるいは雲の上、もしくは遠い宇宙の彼方……地上戦に慣れているのは明らかに「人間」である。


(2人とも意表を突かれてパニックになっている……やはり意識や考えを共有している可能性は高い! となれば片方だけでもパニックに陥れることができれば……!)


 栄田は作戦を固めた。それは何も複雑なものではなく、ただただ力押しするのみ。空中という重力と空気抵抗が強く身体を支配する世界で、地上からの攻撃から逃れるのは容易いことではない。これは脳筋プレーなんかではない、栄田の長年の「ことわり」によるものだ!


 栄田は標準をトーマスとアンナのちょうど間に定める。一呼吸おき、目を閉じて精神を統一させる。思い浮かぶは激しい自身の特訓、メイやタケトシなど、様々な人物との出会い。そして大学を破壊されながらも、必死に抗う勇気あるユウヤ達の顔。


(私の「春」は毎日が大嵐……特訓して特訓して、そしてまた特訓する毎日。でもそれが……まさにッ! 今日この時に活きてくれたならばそれでよしッ!)


「これが人間の勇気、私の人生、守るべき未来への盾ッ! 参ります……"義経千本桜"ァァァァァッ!」


 栄田の身体からものすごい熱気が放たれる。痛い、苦しい、辛い。全身の血が沸騰し、骨と肉が焦げるような感覚。大地の遥か下、マントルやコアと身体がどんどん一体化し、共鳴していく。


「グアアアアアアアアアッ! これが……これこそがッ! 私のッ……想いだあああああああああ!」


 まるでその光景は荒れ狂う桜吹雪。無数の「花びら」が竜巻に巻き込まれたかのように舞い上がり、激しく昇っていく。トーマスとアンナ、2人に向かって。


「キミ達の企みは……よく分かりませんが……」


「うわっ、なんだコレ!?」

「キャッ、なによコレ!?」


「私から言えることは……ただ1つのみ……!」


「なんだか熱いぞ!?」

「なんだか熱いよ!?」


「好きなようにさせるワケが……ないでしょうがッ!」


 激しく燃え上がる無数の花びらはトーマスとアンナを包み込み、彼らを焼いて、切り裂いて……ありとあらゆる「痛み」を与え続ける。

 これぞ栄田の禁じ手、「義経千本桜」。自らの寿命と引き換えに、地球のエネルギーを借りながら凄まじい威力を一度に解き放つ。その威力はプールの水を一瞬で蒸発させるのも容易い程だ。


「う、うわああああああああ! 熱いよ、アンナ!」

「き、きゃああああああああ! ヤバいよ、トーマス!」


「フヘヘヘ、ヘヘ、へへへへへへへへ! どうやらお仕置きが……効いているようですねぇ! まだまだいきますよ……"三本の矢"、10連発ゥゥッ!」


 栄田はもはや正気ではない。生命の境地に立たされ、野生の、ホモ・サピエンスとしての血のままに動いている。仮に魔法を手にした野獣がいるならば、まさにこのようであるのだろう。


「迎え撃て、追撃せよッ……オラアアアアアアアッ!」


 猛撃を受けながら落下してくるトーマスとアンナに、再び鋭い水の矢が突き刺さる。この生命と引き換えにしても、奴らを撃破するのは自らの義務である。栄田にこの考えを曲げるつもりは決して無い。


 だが、相手は「神」を名乗る人物。ただただ、人類に一方的に負けるはずもなく……。


「……それならボク達もやるしかないね」

「……それなら私達も反撃しちゃおうね」


 トーマスとアンナは何やら、2人で手印をあれこれと組み始めた。まるであやとりをするように、その形をほいほいと自在に変えていく。


「これぞ神の裁き」

「これこそ人への刑罰」


「「煌めけ、"イチバンボシ"」」


「あ、あの輝きはッ……!」


 まるで流れ星が煌めいたかのように。一筋の光球が栄田に降りてくる。


「カウンターをする余裕もないッ……ならば……せめて道連れにッ……!」


 栄田は再び精神を統一する。この技は1回使用するだけで心身に凄まじい負担をかける、ましてや連続で使おうものなら、その先に待ち受ける因果など誰もが理解できる。だが、栄田にそれ以外の選択肢は残されていない。


「……義経、千本桜ッ! 砕け散れェェェッ! オッリャアアアアアアアアアア!」


「おい、またかよ! アイツ正気か!?」

「ま、またあの技!? 自傷行為どころじゃないよ!?」


「お子さん達……大人の、本気を超えた本気、それを超えた本気ってやつですよ……ハァァァァァァッ!」

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