第183話 共倒れ

「グッ……このままでは、ボクがここから落ちてしまうッ……! まだ負けるなんて、あってはならない……!」


「あぁ、そうかい! ゴメンだけど、アンタはそのまま地獄に挨拶に行きなッ!」


「オー、このままではボクは本当に地獄行きみたいデス。ならば……ゴアアアアアアアアッ!」


 トムは力を振り絞り、手に持った尾を登山時のピッケルのように振りかぶり、イチカの腰に突き刺す。そしてその尾に両手で捕まった状態でイチカにニヤつきながら囁く。


「こうすれば……道連れにできマス……!」


「ぐああああっ……! やっちまった、油断していた……!」


 最悪のミス。尾には最大限の注意を払うべきだと分かっていたし、兄も最期に言い残してくれたのに、ガンガン一方的に攻めることができているという慢心から、最も大切なことをおろそかにしてしまった。

 不意をつかれた、などは言い訳に過ぎない。確かにサムの発想力やコントロールなどは素晴らしいが、イチカは配熱ふぁいあなどの中距離攻撃技も習得している。いくら兄の技でキメるにしても、先に尾を処理することに集中すべきだったのだ。


「な、なんだこの感覚は……! 身体の内側から、スライムみてぇに……溶けていくような……」


「ハハハハハハハハ! 回転が遅くなってきてマスよ! さてどうする、このままボクがイチカを道連れに落ちてやってもいい! 助かりたくば、ひとまずボクを屋上に持ち上げること。できることならば、デスがねぇ!」


「うるっせぇ……! こんなもん焼き切れば……!」


 イチカは突き刺さった尾を直ちに焼き払い、全身に毒が回るのを防ごうと試みる。アスファルトを一瞬でボロボロにしてしまうほどの毒、しかもその正体は全くもって不明の謎の毒。何かは分からないが、ヤバいということは確実である。イチカは回転を止め、突き刺さった尾を握って両手に熱気を集中させる。


「グアアアアアアア……! 燃えろ、クソがああああああああッ!」


「オーウッ! 熱伝導で熱いデース……まさか意地でもボクを叩き落とそうと――」


「違ーよ、タコッ! お前は尻尾のついでだ、バーカ!」


「……全く、ユウヤのフレンズはクレイジーなのが多いネ……」


「クレイジーなのはお前だよ。よく見てみろ、自分自身をッ!」


「自分、自身を……? ホ、ホワッツ!?」


 尻尾が導火線のように作用したのか、いつの間にかサムの身体は炎に包まれ火だるま状態となっていた。イチカからすれば首の皮が1枚つながった。意図していなかったものの、サムを不意打ちすることができたのだから。


 感覚で分かる、サムが尻尾を握る力が弱まっていくのを。だが、イチカが考えついた作戦はこのままサムが手を離して落ちていくのを待つのではなく、むしろサムを利用して尻尾を処理する方法であった。イチカは翼を羽ばたかせ、脚の勢いも利用し大きく跳躍する。


「オッラアアアアアアアアア! 絶叫マシンだぜ、尻尾バーから手を離したら……いけねぇぜ!」


「……ウォ、オオオオオウッ! ボク、絶叫マシーンは苦手だというのに……オーマイガアアアアアアッ!」


「オラオラオラオラァ! 空中ブランコならぬ、空中シーソーだぜッ!」


 イチカは空高くで自らの身体をブンブンと振り回し、サムを振り落とそうと試みる。数ミリずつ、サムの拳がずり落ちていく。もうサムの体力も限界だろう。よし、今から仕掛けるぞ! イチカは決心し、自らの尾羽をサムの頭に置いて準備を完了させた。


「ウッ……! 何を、する気なのデス……!」


「……もう分かってんだろ、なぁ……ハァ、ハァ……?」


「……オーウ、イチカの顔もかなりしんどそうデスが、その状態で何をする気で?」


「ハァ、ハァ……毒が回って来やがったか、だから今……こう、するんだよおおおッ!」


 イチカは尾羽でハリセンのように強くサムの頭を引っ張く。するとサムはついに尻尾から手を離してしまい、地面へと急降下していった。さらに刺さっていた尻尾もポロリと抜け落ち、サムと一緒に重力に誘われ落ちていった。それを見て安堵したイチカもまた、空中で息絶えた鳥のように、地面に落ちていく。


(あぁ、毒が回っちまったか……あのサムとかいう奴も、多分毒に耐えながら自分の責務を全うしようとしたんだろ。ウチからすれば敵でしかないが……その覚悟の強さは、あの人を思わせる程に強かったぜ……)


 フェニックスは、一度命を終えるとき、自ら燃え尽きた後に再びそこから雛として再度生まれるという伝説がある。だがイチカはあくまでも人間、その伝説通りにいくのかは分からない。


 この前のアズハとの戦いでは、フェニックスの力で自身も復活を遂げたような記憶がある。即死攻撃から一度蘇り、ユウヤと友情の抱擁を交わしたような。


 それがもし発動するならば、やがて目を覚ませるだろう。だがそれが不可能ならば、イチカは再び天へと跳躍する。イチカの望みはまだまだ皆と共に、そして兄の遺志と共に戦い続けることであるが、現実の天秤がどちらに傾くのかは、今は神のみぞ知る。


 薄れゆく意識の中で、イチカは微かに呟いた。


「ユウ、ヤ……絶対に、負けんじゃねえぞ……」

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